感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第10回 緊急事態宣言が出された場合、企業がとるべき対応とは?
キャリア
2021.01.12
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
※2021年1月7日時点の内容となります。今後の新型インフルエンザ等対策特別措置法等の改正に伴い、内容が異なる場合がありますのでご注意ください。
緊急事態宣言が出された場合、企業がとるべき対応とは?
(弁護士 渡邊 徹)
【Q10】
「緊急事態宣言」が出された場合、企業としてはどのような対応をとったらよいでしょうか。
具体的には、
① 会社を休業にする必要がありますか。その場合の賃金補償はどうなるのでしょうか。
② 感染が怖いので通勤しないと言う従業員を強制的に就労させることはできますか。
③ ほとんどの従業員はテレワークで対応できているのですが、一部の従業員についてどうしても会社に通勤してもらう必要があります。会社負担にするので、近隣のホテルに宿泊して出勤するよう命じることはできますか。
④ 緊急事態宣言によって交通手段が遮断・制限された場合、そのために出社できない従業員については休業手当も不要という理解でよろしいでしょうか。
【A】
まず、「緊急事態宣言」の根拠法令である新型インフルエンザ等対策特別措置法に即して解説します。その次に、上記4つの設問「①会社休業の必要性 賃金補償、②通勤を拒む従業員への対応、③会社負担による近隣ホテルを利用する出勤、④交通手段の遮断・制限により出社できない従業員への休業補償」のそれぞれのケースについて説明します。
1. 新型インフルエンザ等対策特別措置法における「緊急事態宣言」
2020年4月7日に7都道府県を対象区域として発令され、その後全国が対象地域となった「緊急事態宣言」なるものは、新型インフルエンザ等対策特別措置法を根拠としています。なお、第201回国会(常会)における改正で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)も対象とされました(2020年3月13日成立)。
同法によると、政府対策本部長は、要件に該当する場合、期間、区域、概要とともに、緊急事態宣言をすることができます(同法32条)。この場合、特定都道府県知事は、住民に対して、外出しないよう「要請」したり、学校や特定施設の使用制限、停止要請等を「要請」したりすることができます(同法45条)。また、臨時の医療施設利用のため、所有者の同意なく土地利用したり(同法49条2項)、医薬品の売り渡しを求めたりする(同法47条)等、一部は強制力をもって対応することが可能となります。
つまり、現時点でわが国において発動できる「緊急事態宣言」は、海外で出されているいわゆる「非常事態宣言」「ロックダウン」のような強制力の強いものではなく、住民の生活に対してはあくまで「要請」レベルにとどまる点は変更ありません。この点は、日本が、敗戦の教訓から、いかなる場合においても国家権力が強大化しないように配慮している結果であるといえるでしょう。したがって、企業の労務管理上の対応について、原則として、直接的強制的な影響はないように思われます。
2. 緊急事態宣言が出された場合の各設問への対応
とはいえ、①から④の設問のような場合はどのように考えるべきでしょうか。
(1) 会社休業の必要性 賃金補償(【Q10】質問①)
一般の会社に対して、直接的に国や自治体が休業や停止を命ずることはできません。法律に基づき、利用停止や制限を求められた施設等についても、あくまで協力要請にすぎませんので、原則として、会社の判断で休業にしたと解され、従業員を休業させる場合には、休業手当(労働基準法26条)の支払いを要する場合がほとんどでしょう。
他方で、状況によっては「不可抗力」といいうるケースも生じるでしょうし、その場合には休業手当も不要ですが、先述のとおり、不可抗力か否かは、「当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断」することになります(厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)・令和2年11月13日時点版」4・問5参照)。
(2) 通勤を拒む従業員への対応(【Q10】質問②)
本来的には、労働契約上、従業員には労務提供義務がありますので、就労すべきとの業務命令には従う必要があり、正当な理由なくして拒否すると懲戒処分の対象となります。
とはいえ、ご承知のとおり、企業は、従業員の生命、身体の安全を守る安全配慮義務を負っています。また、たとえば新型コロナウイルス(SARS-CoV2)は感染力も強く、無症状の者が感染を引き起こす場合があることや、医療崩壊のおそれも取り沙汰されているような状況があれば、「感染が怖い」という従業員の申出は、単なるわがままととらえることはできないでしょう。
従業員は、労働契約とはいえ、どこまで危険な業務を遂行する義務を負うのか。この点、非常に古い判例ですが、電電公社千代田丸事件(最高裁判所昭和43年12月24日判決・最高裁判所民事判例集22巻13号3050頁)が参考になります。これは、日韓両国の関係悪化、緊張状態の状況下において、日韓海底線修理のための朝鮮海峡への出動命令に対して、拒否した従業員に対する解雇が争われた事件ですが、当該解雇は無効となりました。この際、最高裁判所は、安全措置を講じてもそれが十全であるといえず、避けがたい危険性があるのであれば、その危険性の度合いが必ずしも大ではないとしても、従業員はその意に反して義務の強制を余儀なくされるものと断じがたい、等と判断しました。
軍事的緊張中の話と感染症の蔓延を同列に扱えるのか、という疑義はあるでしょうが、少なくとも、業務命令が万能であるわけではありません。高齢者と同居している等、感染リスクへの配慮も人によって異なります。したがって、原則的に、職場での感染を最大限防止する措置をとりつつ、出社を躊躇する従業員については、できる限り他の従業員がテレワークを実施している中で出勤してもらうことについて同意を得るべきでしょう(なお、自主的に休む従業員への賃金補償は原則不要である点は前記厚生労働省Q&A4・問4のとおりです)。
(3) 会社負担による近隣ホテルを利用する出勤(【Q10】質問③)
そもそも緊急事態宣言時に近隣のホテルが稼働しているのか疑問ですが、それは措いて、近隣のホテルに宿泊させる、という点は、あくまで「要請」「お願い」レベルでは可能であり、やはり業務命令として強制することはできません。
というのは、従業員は職場での労務の提供義務があるものの、原則として私生活上の行為までは会社から制限されるいわれはないからです。また、言うまでもなく、育児や介護をしている従業員には、帰宅すべき事情も大きく強制できるはずもありません。
いずれにせよ、緊急事態ですし、従業員が了解するなら問題ありませんので、あくまで要請レベルで対応いただき、了解しない従業員にどのような事情で了解できないのか確認し、そこに配慮するなどの措置を検討するよりほかありません。
(4) 交通手段の遮断・制限により出社できない従業員への休業補償(【Q10】質問④)
感染症予防法では、「都道府県知事が、一類感染症のまん延を防止するため緊急の必要があると認める場合であって、消毒により難いときは、政令で定める基準に従い、72時間以内の期間を定めて、当該感染症の患者がいる場所その他当該感染症の病原体に汚染され、又は汚染された疑いがある場所の交通を制限し、又は遮断することができる」(同法33条)との定めがあります。2020年3月27日の政令改正で、新型コロナウイルスも「四種病原体等」に含まれましたので、「緊急事態宣言」の有無にかかわらず、感染症の蔓延によって交通手段の遮断・制限がなされる場合が想定できます。
ただし、たとえば公共交通機関が緊急事態宣言を受けて自主的な判断により運休した場合等を含み、公共交通機関が制限される事態に陥ったとしても、前記(1)で述べたとおり、基本的には労務提供義務を従業員が果たせるかどうか、あるいは不可抗力といえるかどうかで判断することになりますので、一律に休業手当は不要とはいいがたいでしょう。他方で、実際上タクシーや自家用車も含めて勤務ができない、という事態(つまり不可抗力だといえるような状況にあれば)、賃金支払いを不要と解することができる場合もあるように思います。
【情報一覧】新型肺炎・新型コロナウイルス関連(ぎょうせいオンライン)
新型コロナウイルスの感染拡大は、行政や教育、税務をはじめ、さまざまな分野に深刻な影響をもたらしています。ご自身や大切な方の安全を確保し、感染拡大のリスクと向き合うには正しい情報を知り、冷静な判断をすることが大切です。ここでは、自治体職員や教職員などの方に役立つウェブサイトや、小社発信の新型肺炎・新型コロナウイルス関連の記事などをまとめてご紹介します。
ぎょうせいオンラインの記事へ
■ウェブ連載「感染症リスクと労務対応」が待望の書籍化■
弁護士法人淀屋橋・山上合同、『Q&A 感染症リスクと企業労務対応』
(ぎょうせい、2020年7月刊。A5・200ページ・定価2,000+税)
企業側の労働事件を扱う弁護士が35のQ&Aで分かりやすくまとめています。本連載の内容を一部増補・加筆し、新型コロナ、インフルエンザ、SARS、麻疹、結核など従業員が感染症に罹患したときのリスクを「見える化」し、あるべき対応を解説しています。新型コロナの感染拡大によって生じた労務対応を経て、今後感染症が拡大した際、企業としてどのような対応が求められるのかが分かる1冊となっています!
本書のご購入はコチラから。
https://shop.gyosei.jp/products/detail/10395