感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第26回 在宅勤務における就労時間の変更について
キャリア
2020.06.15
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
在宅勤務における就労時間の変更について
(弁護士 堀内 聡)
【Q26】
ウイルス等感染症対策のため、在宅勤務させる従業員について、Wi-Fi環境が悪く20時以降でないと作業ができないとのことでした。この場合、就労時間を変更して深夜勤務をさせてもよいでしょうか。
【A】
従業員からの申出により始業時間の変更が求められていますので、企業がこの申出に応じるという形で、合意が可能であると考えられます。その際の考え方や注意点について詳しく解説します。
就労時間の変更の可否
従業員が業務に従事すべき労働時間(所定労働時間)は、就業規則や雇用契約書に定められており、雇用契約の一内容を構成しています。
したがって、就労時間を変更することは、雇用契約の内容の変更にあたるため、原則として、従業員との合意が必要となります。
多くの企業においては、就業規則において、始業・終業時間を変更することができる旨を定めていますので、かかる規程に即して、始業・終業時間を変更することになります。
就業規則に始業・終業時間の変更に関する定めがない場合、従業員と個別に合意する必要がありますが、本問の場合、従業員からの申出により始業時間の変更が求められていますので、企業がこの申出に応じるという形で、合意が可能であると考えられます。
深夜勤務に伴う割増賃金
始業時間を20時にした場合、所定労働時間が8時間であれば、休憩1時間を考慮すると、終業時間は翌日5時となり、必然的に、深夜の時間帯に勤務することになります。
労働基準法37条4項は、22時から5時までの深夜の時間帯に労働した場合、25%以上の深夜割増賃金を支払わなければならない旨を定めています。この規定は強行法規ですので、合意によって排除することはできません。
したがって、従業員との合意により始業時間を20時以降とした場合、22時からの労働に対しては、25%以上の深夜割増賃金を支払うことが必要です。
深夜勤務の時間外労働の取扱い
20時に始業して翌朝5時を迎えた後に、さらに時間外労働(残業)を行う場合の取扱いがどうなるのかについても問題となります。
この点、「継続勤務が二暦日にわたる場合には、たとえ暦日を異にする場合でも一勤務として取り扱い、当該勤務は始業時刻の属する日の労働として、当該日の1日の労働とする」(昭和63年1月1日基発1号・婦発1号)とされています。
したがって、20時からの連続勤務で翌朝5時を過ぎて残業する場合、午前5時以降は、法定時間外労働として、(深夜割増ではなく)25%以上の時間外割増賃金が発生します。
深夜勤務時間中に法定休日となる場合の取扱い
20時から始業して深夜0時を回った後の日が法定休日である場合、法定休日かどうかは、暦日(深夜0時から24時まで)で判断されますので、当該0時以降の労働は法定休日労働になります。
平成6年5月31日基発331号通達は、「法定休日である日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が休日労働となる。したがって、法定休日の前日の勤務が延長されて法定休日に及んだ場合及び法定休日の勤務が延長されて翌日に及んだ場合のいずれの場合においても、法定休日の日の午前0時から午後12時までの時間帯に労働した部分が3割5分以上の割増賃金の支払を要する休日労働となる」としています。
したがって、法定休日の労働時間は時間外割増の25%ではなく法定休日労働の35%の割増賃金が発生します。
企業の対応
このように、始業時間を20時以降に変更することは可能であるものの、実際には、深夜の時間帯の勤務が連続すると生活リズムが乱れることになり健康への影響も心配されます。
Wi-Fi環境の問題であれば、従業員と協議して、たとえばモバイルルータを貸与する、Wi-Fi環境整備のための費用を会社が負担する等の方法で、できる限り、通常の勤務時間に勤務してもらうほうが望ましいと考えられます。
ウイルス感染症の急速な拡大による一時的な措置としてはやむを得ない側面もあるかもしれませんが、持続的な勤務のために幅広い方策を検討する必要があるでしょう。