感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第19回 個人事業主(フリーランス)への発注のキャンセル・取引停止は可能?その注意点とは
キャリア
2020.05.11
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
個人事業主(フリーランス)への発注のキャンセル・取引停止は可能?その注意点とは
(弁護士 大川恒星)
【Q19】
弊社は、人手不足等を理由に、取引先からの仕事の一部を個人事業主(フリーランス)の方に業務委託する方式で、十数年やってきました。今般、ウイルス等感染症が原因で、取引先からの売上げが激減し、仕事のキャンセルが相次ぎ、新規の依頼も大幅に減少しています。できれば、納期がまだ来ていないので、個人事業主の方に委託済みの仕事をキャンセルしたいと考えています。どのように対応すべきでしょうか。また、当面の間、個人事業主の方に新規の仕事の依頼をできる状況でもありません。何らかの補償を行う必要はあるでしょうか。
【A】
委託済みの仕事のキャンセルの場合と、今後の取引解消の場面に分けてポイントを解説していきます。
委託済みの仕事のキャンセルの場合
委託済みの仕事については、業務委託契約の成立後に中途解約できるのか、また、中途解約できるとして、金銭的負担等の条件を伴うのか、という問題として整理することができます。
①契約書の中途解約条項の有無、②下請法の適用の有無、③労働契約の該当性の有無をそれぞれチェックして対応することになります。
(1) 契約書の中途解約条項の有無
(A) 契約書に中途解約条項がある場合
個人事業主の方と締結した契約書があれば、まずは、それを確認しましょう。中途解約条項(「甲及び乙は、本契約の有効期間中であっても、相手方に対して解約希望日の〇か月前までに書面をもって通知することにより本契約を解約することができるものとする」等の規定です)があれば、その定めに従って解約権を行使することができます。中途解約までに完成した仕事の対価や委託先に生じた費用の精算についても、契約書に従って判断することになります。
ただし、中途解約条項はあるものの、これらの対価・費用の精算について契約書に何ら明記されていない場合には、この点について契約当事者のいずれがリスクを負担する予定であったのかを、ケースバイケースで判断することになります。もっとも、すでに一定の成果物が生じ、また、委託先に費用が生じている場合には、中途解約によって一方的に委託先にリスクを押しつけることは通常予定されていないと考えられます。契約書には、「本契約に定めのない事項、又は、本契約の解釈について疑義が生じた場合は、甲及び乙は、本契約の趣旨に従い、誠意をもって協議し、解決するものとする」等の誠実協議条項が設けられている場合も多いため、委託先との話合いで解決すべきでしょう。何らかの合意をした場合には、事後の紛争予防のため、それを書面に残すようにしましょう。
(B) 契約書に中途解約条項がない場合
中途解約条項がない場合、一方的に中途解約することはできないと考えるべきでしょう。上記の誠実協議条項が設けられている場合にはそれに従い、このような条項がなくとも、対価・費用の精算も含めて、委託先との話合いで解決すべきでしょう。
なお、細かい話にはなりますが、契約書に中途解約条項を設けないことにより、中途解約できないとすることが当事者の意思でなければ、民法の規定を根拠に中途解約することができるか否かを検討する必要があります。
民法上、「業務委託契約」という典型契約は存在しません。通常、請負契約(民632条)または委任契約(同法643条。法律行為でない事務の委託の場合は準委任契約(同法655条))のいずれかの典型契約であると考えられます。前者は、仕事の完成を約束するものです(たとえば、マイホームの建築を住宅メーカーに依頼する場合がこれにあたります)。後者は、仕事の完成を約束するものではありません。受託者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって、委任事務を処理することを約束します(たとえば、病院との診療契約がこれにあたります)。請負契約の場合、仕事の完成前であれば、注文者はいつでも中途解約することは可能ですが、その場合、損害(仕事の完成によって請負人が得られたはず利益等)を賠償しなければなりません(同法641条)。また、委任契約・準委任契約の場合も、当事者はいつでも中途解約は可能ですが、相手方に不利な時期に中途解約したときは、やむを得ない事由がない限り、損害(解除が不利益な時期であったことから生ずる損害)を賠償しなければなりません(同法651条)。ウイルス等感染症という外部的要因が発端とはいえ、取引先からの売上げの激減を委託先に一方的に転嫁することはできず、「やむを得ない事由」にはあたらないと考えられます。
(C) 契約書がなかった場合
そもそも、契約書がなかった場合(立証は困難になるとはいえ、口頭合意も法的には有効ですので、より正確にいえば、中途解約に関する口頭合意もない場合)、民法の適用を受けますので、上記の(B)で述べたことがここでも当てはまります。
(2) 下請法の適用の有無
下請取引では、親事業者が、下請事業者よりも優位な立場を地用して、一方的な都合で下請代金の支払いを遅らせるなどして、下請事業者が不利な扱いを受けている場合が少なくありません。そこで、下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」といいます)は、下請事業者の利益を保護するため、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独占禁止法」といいます)を補完する法律として製造業からサービス業まで幅広い分野において適用対象となる下請取引(親事業者・下請事業者の資本金区分と取引内容で適用対象を限定しています)を示し、親事業者の禁止行為を定めています。
詳細については、公正取引委員会のホームページを確認してください。下請法についてイラスト付きでわかりやすく解説されています。
本問の取引が、下請法で規制される下請取引に該当する場合、下請事業者の責に帰すべき理由がないのに、下請事業者の給付の受領を拒むことは、「受領拒否」として禁止されています(下請法4条1項1号。ただし、「役務提供委託」は除きます)。受領拒否とは、下請事業者の給付の全部または一部を納期に受け取らないことであり、納期を延期することまたは発注を取り消すことにより発注時に定められた納期に下請事業者の給付の全部または一部を受け取らない場合も原則として受領拒否に含まれるとされています(下請代金支払遅延等防止法に関する運用基準)。したがって、本問では、(下請事業者である)個人事業主の方の責に帰すべき事由はないと考えられますので、委託済みの仕事をキャンセルすることは、受領拒否として下請法上禁止されています。また、委託済みの仕事のキャンセルは、「不当な給付内容の変更」(下請法4条2項4号。受領拒否と異なり、役務提供委託は除外されていません)にあたるとして、必要な費用を親事業者が負担するなどにより、下請事業者の利益を不当に害しないと認められる場合でない限り、下請法違反となります(公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト(令和元年11月版)」82頁によれば、発注取消し(契約の解除)も「給付内容の変更」に該当するとされています)。
なお、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、経済産業省は、令和2年3月10日、納期遅れへの対応、適正なコスト負担、迅速・柔軟な支払いの実施、発注の取消し・変更への対応について「一層の配慮」をするように親事業者に要請を出しました。契約書の文言に従って杓子定規に対応するのではなく、また、下請法の適用の有無に関係なく、まずは、下請事業者と十分な協議を行い、合意のうえで対応することが望ましいでしょう。
(3) 労働契約の該当性の有無
これは応用問題ですが、労働契約の該当性の有無についても留意しましょう。
本問の取引が、実態は、業務委託契約の名を借りた「労働契約」であった場合、労働法上の保護が及ぶことになります。したがって、たとえば、一定の業務が行われたにもかかわらず、一切の対価を支払わない場合や、その対価が(地域別)最低賃金額に満たない場合には、最低賃金法4条違反となり、委託主(使用者)は、最低賃金額の支払義務を負います。
個別的労働関係法(労働基準法、労働契約法、労働安全衛生法、最低賃金法等)の適用対象である「労働者」の該当性の有無は、実態として使用者の指揮命令の下で労働し、かつ、「賃金」を支払われていると認められるか否かによって決まります(労基9条、労契2条1項)。具体的には、①仕事の依頼、業務の指示等に対する諾否の自由の有無、②業務の内容および遂行方法に対する指揮命令の有無、③勤務場所・時間についての指定・管理の有無、④労務提供の代替可能性の有無、⑤報酬の労働対償性、⑥事業者性の有無(機械や器具の所有や負担関係や報酬の額等)、⑦専属性の程度、⑧公租公課の負担(源泉徴収や社会保険料の控除の有無)の諸要素を総合的に考慮して判断されます。
あくまでも実態に即して判断されますので、「業務委託契約書」というタイトルで契約書を交わしていたというだけでは、「労働者」の該当性が否定されるわけではないことに留意しましょう。
今後の取引解消の場面
(1) 原 則
今後の取引解消の場面であれば、原則的な考え方としては、いかなる理由であれ、新規の取引をしないことは、委託主の自由です。したがって、新規の取引をせずに、今後の取引を解消したとしても、原則、委託主に法的責任は発生しません。
(2) 相当程度の期間、継続して同種の取引を行っている場合
一方で、従前、相当程度の期間、継続して同種の取引を行っている場合には、別途検討が必要になります。この場合、当事者間で「取引基本契約」を交わしている場合が一般的です。取引基本契約とは、契約当事者間において、継続的に売買や製造等の委託を行う場合に、個々の発注時にそのつど取引条件を定める手間を省き、取引をスムーズに進めるために、基本的な取引条件を定めたものであり、この基本的な取引条件に従って、個々の発注がなされることになります(個々の発注によって成立する契約を「個別契約」といいます)。
契約期間の長短や契約の更新回数に加えて、一方当事者が取引継続を前提に多額の設備投資を行っていたなどの事情に照らして、継続的契約の解消が制限される場合があります。すなわち、取引基本契約上は、中途解約や、契約期間が定められている場合に期間満了による更新拒絶がいずれも可能であったとしても、それらの行為が制限されて、「やむを得ない事由」や「一定の補償」や「一定の予告期間の付与」等が求められる場合があります(過去の裁判例や学説によって認められてきた「継続的契約の法理」とよばれる考え方です、いまだ統一的な解釈が難しいところです)。
本問の場合、十数年個人事業主の方に業務委託する方式でやっていたとのことですので、ケースバイケースの判断にはなるものの、継続的契約の法理の保護が及ぶ可能性があります。この場合、ウイルス等感染症に基づく取引先からの売上げの激減が「やむを得ない事由」にあたるとしても、一定の補償や一定の予告期間の付与がなければ、中途解約や更新拒絶が違法であるとして、無効になったり、損害賠償の対象になったりすることはあり得ます。
まずは、個人事業主の方と協議し、合意のうえで対応することが望ましいでしょう。やむを得ず、最終的には一方的な対応を行わざるを得ない場合にも、一定の補償や一定の予告期間の付与をするなど、個人事業主の方の負担をなるべく軽減する措置を講じたうえで、中途解約や更新拒絶の判断を行うことが紛争予防の観点からは望ましいといえます。
(3) 「優越的地位の濫用」にあたる場合
なお、今後の取引解消はそれ自体、通常、下請法上の禁止行為の各類型にあたらないと考えられます。もっとも、本問の場合に即して考えると、個人事業主の方が取引継続を前提に多額の設備投資や原材料の購入等をすでに行っていたなどの事情が認められる場合には、今後の取引を一方的に解消することは、独占禁止法上禁止される「優越的地位の濫用」(自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対し、その地位を利用して、正常な商慣習に照らし不当に不利益を与える行為)に該当する可能性は否定できません。独占禁止法上の観点からも、個人事業主の方と協議し、合意のうえで対応することを原則とすべきであり、最終的には一方的な対応を行わざるを得ない場合にも、上記と同様、個人事業主の方の負担をなるべく軽減する措置を講じるべきでしょう。
(4) 労働契約にあたる場合
さらに、本問の取引が実際には労働契約であった場合には、今後の取引解消は、労働契約上の解雇に相当する行為として労働法上の保護が及び、制限される場合があります(労働契約法16条には、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と規定されています)。