感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第20回 ウイルス等感染症の拡大防止のために、健康診断の延期は可能?
キャリア
2020.05.12
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
ウイルス等感染症の拡大防止のために、健康診断の延期は可能?
(弁護士 下川拓朗)
【Q20】
ウイルス等感染症の拡大防止のため、労働安全衛生法に基づく健康診断の実施を延期するといった対応は可能でしょうか。
【A】
現時点では、一般健康診断に限っては、令和2年6月末日以降に、健康診断の実施を延期してもよいことになりますが、今後の感染症一般に敷衍できるかどうかはわかりません。以下、詳しく解説していきます。
定期健康診断・特殊健康診断
事業者は、労働者の健康を管理し、快適な職場環境の形成を促進するため、①労働者に対する定期的な一般健康診断(労安66条1項)と、②一定の有害業務に従事する労働者に対する医師による特殊健康診断(同条2項)ないし歯科医師による特殊健康診断(同条3項)を実施しなければなりません。なお、ここで、一般健康診断は、一般労働者につき雇入れ時(労安則43条)および定期(年1回。同期則44条)のことをいいます。
そして、都道府県労働局長は、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、労働衛生指導医の意見に基づき、事業者に対し、臨時の健康診断の実施等を指示することができます(労安66条4項)。事業者は、これらの健康診断の結果を受診した労働者に遅滞なく通知しなければならず(同法66条の6、労安則51条の4)、健康診断個人票として5年間保管しなければならないとされています(同法66条の3)。
なお、一般健康診断の実施義務を怠った場合には、事業者には罰則があります(労安120条1号)。
以上のような健康診断を確実に実施し、労働者の健康管理を十分ならしめるために、労働安全衛生法は、労働者に対しても、健康診断の受診義務を課しています(同法66条5項。ただし、罰則はありません)。
もっとも、ウイルス等感染症が蔓延している状況においては、集団的統一的に健康診断を実施することが、かえってウイルス等感染症への感染リスクを高める可能性がある点で、労働者の健康を害することになりかねません。また、医療機関が極端に繁忙であったり、感染を防止する措置を要したりと通常の健康診断を実施するには支障が生じる場合があります。
一般健康診断の延期
この点、令和2年2月25日に厚生労働省の新型コロナウイルス対策推進本部が策定した「ウイルス等感染症対策の基本方針」では、一般的な状況における感染経路は飛沫感染、接触感染であり、空気感染は起きていないと考えられるとしたうえで、閉鎖空間において近距離で多くの人と会話する等の一定の環境下であれば、咳やくしゃみ等がなくても感染を拡大するリスクがあることが示されています。この点を踏まえ、厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年4月28日時点版」において、一般健康診断(労安66条1項)のみ実施時期を令和2年6月末までの間、延期することとして差し支えないとされています(6・問2)。
したがって、現時点では、一般健康診断に限っては、令和2年6月末日以降に、健康診断の実施を延期してもよいことになりますが、今後の感染症一般に敷衍できるかどうかはわかりませんし、あくまで臨時的一時的な措置といえますので、同様の事態が将来的に起きた場合には、厚生労働省からの通知等に留意する必要があると考えます。
特殊健康診断の延期の可否
労働安全衛生規則43条に基づく雇入れ時の健康診断、同規則44条に基づく定期健康診断、同規則45条に基づく特定業務従事者の健康診断など労働安全衛生法66条1項に基づく一般健康診断については、上記のとおりですが、その他の労働安全衛生法に基づく特殊健康診断等の取扱いは、「がんその他の重度の健康障害の早期発見等を目的として行うものであるため、法令に基づく頻度で実施いただく必要があり、そのためには、新型コロナウイル感染症のまん延防止の観点から、健康診断実施機関において、健康診断の会場の換気の徹底、これらの健康診断の受診者又は実施者が触れる可能性のある物品・機器等の消毒の実施、1回の健康診断の実施人数を制限するなどにより、いわゆる“三つの密”を避けて十分な感染防止対策を講じていただく必要があります」とされ、従前どおり法令に基づく頻度で実施する必要があります。ただし、「十分な感染防止対策を講じた健康診断実施機関での実施が困難である場合には、特殊健康診断等の実施時期を令和2年6月末までの間、延期することとして差し支えありません」とされています(厚生労働省Q&A6・問2)
また、この取扱いは、ウイルス等感染症の状況を踏まえた令和2年6月末までに限られた対応となりますので、注意が必要です。