感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第1回 給料や休業補償に関する疑問

キャリア

2020.03.13

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

新型コロナウイルスに関連する給料や休業補償の疑問(ケース別) 

(弁護士 渡邊 徹)

【Q1-1】 
新型コロナウイルス(以下単に「ウイルス」といいます)関係で以下の対応をした場合、それぞれ給料や休業補償はどうなりますか。

 ① 従業員がウイルスに感染して休業する場合

 ② 従業員に微熱が続き、ウイルスの疑いがあるため休業する場合

 ③ 会社として、集団感染を避けるために一斉休業する場合

【A】
まず、基本的な考え方について説明します。

 基本的には、雇用契約における合意内容の問題ですので、就業規則(賃金規程)等の定めがどのようになっているのかが優先されます。

 ただし、労働基準法では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされており(同法26条)、この定めは就業規則等の規定によっても排除できません。また、ここでいう「使用者の責に帰すべき事由」とは、使用者に故意・過失がある場合はもちろん、経営者として不可抗力を主張できないすべての場合を指す、とされており、広範に該当する解釈がとられています。ここでいう「不可抗力」による場合とは、原因が事業の外部により発生した場合や事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故等が該当するとされています。不可抗力に該当すると判断されれば、会社に賃金も休業補償も支払義務はありません(もちろん、労働者に有利な別の定めがあればそれによるべきですし、定めがなくても労働者に有利に解釈して支払うことは全く禁じられていません)。なお、業務に起因する疾病で休業する場合は原則として100%の休業補償がなされます。

 以上を前提に検討することになります。

1.従業員がウイルスに感染して休業する場合(①)

 今回のウイルス感染は、厚生労働省から感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、「感染症予防法」といいます)に基づく指定感染症(同法6条8項)に指定されています。したがって、まず就業規則上、同法に基づく感染症に罹患した場合には就業禁止をする定めがある場合には、会社は就労させないことが可能となります。

ウイルスに感染していることが明らかな場合、就業規則等に賃金または休業手当を支払う旨の規定がなければ、一般的には労務の提供が可能な場合には該当しないと考えられ、賃金も休業手当も支払う必要はありません。この点、厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け。3月11日版)の4・問2では、「都道府県知事が行う就業制限により」という制限が付されています。この点、都道府県知事が当該個人に就労制限を通知するか否かで判断が分かれることになりますが、国全体で感染拡大を要請されている昨今の状況に鑑み、就業制限がない場合においても、実務上「労務の提供ができない」、あるいは労務の提供を受けてはいけない状況にあると判断して、賃金の支払義務がないと解することが可能だと考えます。もっとも、ウイルスの感染原因が業務に起因するなどの特別な場合(たとえば医療従事者等)には、別の考慮を要することになり、労働災害として100%の休業補償がなされることになるでしょう。

2.従業員に微熱が続き、ウイルスの疑いがあるため休業する場合(②)

 まず、就業規則等において、規定上、その場合でも賃金の支払義務があると認められる場合には、休業中にも賃金の支払いを行う必要があります。

 就業規則等で定めがない場合には、前述厚生労働省のQ&A(企業の方向け。3月11日版)4・問3によると、まず、「帰国者・接触者相談センター」に相談し、すすめられた医療機関を受診することになります。その間、会社が自主的な判断で当該従業員を休業させる場合には、一般的に「使用者の責に帰すべき事由による休業」(労働基準法26条)に該当し、休業手当を支払う必要があります。他方で、従業員が自主的に休んでいる場合には、「使用者の責に帰すべき事由」とはいえませんので、通常の病欠等と同様、就業規則等に則った対応で足ります。

 ただ、実際は会社から命じているのか、自発的に休業しているのか判断が難しい場合もあるでしょう。その場合は労使が協議して決めることが望ましいですが、従業員が勤務可能と言って就労しに来た場合に勤務させることができるかといえば、時節柄難しいのではないかと思います。そう考えると少なくとも休業手当の支給を検討せざるを得ないでしょう。

3.会社として、集団感染を避けるために一斉休業する場合(③)

 その場合にはたして「不可抗力」によるといえるかどうかの判断は困難かと思われます。一般論としては、「当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し、判断する必要がある」(前掲厚生労働省Q&A(企業の方向け。3月11日版)4・問5とされています。

 そうすると、まず業種(不特定多数が集団で集まることが想定される業態)や規模、さらには現状だと地域や自治体等からの要請の有無等によって判断が異なる可能性があります。弁護士によってもその立場により回答がさまざまだと思われます(100%の賃金支払いを要するとの立場から不可抗力であると判断する場合まで)。

 この点、一般論では、「不可抗力」と判断される場合は相当に限定的とならざるを得ないでしょう。さらに、緊急事態であるという現状に鑑み、会社としては、助成金や融資措置等国の支援も踏まえて、最低でも法に基づく休業補償の支払いを前提に、検討することが強く求められます。

給料・休業補償の疑問(学校休業・海外出張に関連するもの)

【Q1-2】
ウイルス関係で以下の対応をした場合、それぞれ給料や休業補償はどうなりますか。

 ④ 学校が休業になり、子どもが自宅にいるため勤務ができない場合
 ⑤ 海外出張者が政府の要請により2週間自宅待機をしている場合

【A】
1.学校が休業になり、子どもが自宅にいるため勤務ができない場合(④)

 以下は、就業規則等に何らの定めがないことを前提とします。

 一般論でいえば、勤務ができない事情は個人的なものといえ、賃金はもちろん、休業手当の支払いも不要である、と考えることになりそうです。この点、厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け。3月11日版)の4・問9では、助成金の紹介以外、一切触れられていないのは、一概に休業手当が必要であるとはいえないからだと考えられます。

 ただし、今回のウイルス感染防止による一斉休校の要請は極めて異例であり、各自治体の判断によるわけですから、一概に個人的な事情と解することができるかは疑問の余地が大いにあるでしょう。

 少なくとも、欠勤扱いとして各種不利益を従業員に一律に課すのは適切ではないと思われ、無給休暇の付与が最低ラインの方策だと考えられます。さらには、後述する助成金(小学校等の臨時休業に伴う保護者の休暇取得支援)の活用等によって、特別有給休暇を付与することが適切だといえるでしょう。

 いずれにせよ、今回の非常事態において生じる各種不利益を労使でどのように分担して乗り切るか、という問題ですので、法律論のみならず、誰がどの程度我慢することで対応するかを検討することが要請されます。そして、労使関係でいえば、労働者の生活の基盤となる賃金等の確保がやはり重要ですので、会社として事業が立ち行かなくなるような場合を除けば、なるべく労働者保護に資するよう積極的に対応して乗り切ることが望まれます。

2.海外出張者が政府の要請により2週間自宅待機をしている場合(⑤)

 以下は、就業規則等に何らの定めがないことを前提とします。

 政府は、2020年3月5日、中国や韓国からの入国者に対し、感染の有無にかかわらず、2週間の待機を要請することを決めました。報道によると、この対応には日本国籍者も対象になるようですが、その根拠は、従前からウイルス対策で用いられていた出入国管理及び難民認定法(出入国管理法)5条1項14号とされています(もっとも、同条項は外国人が対象となっており、日本国籍の方にも適用できる根拠が現時点では明確ではありません)。

 いずれにせよ、この要請によって中国、韓国から帰国した従業員について、待機を要請されている期間の賃金・休業手当はどうなるのでしょうか。

 まず、会社の業務で海外出張していた従業員に関しては、この要請により自宅待機せざるを得ない事情はもっぱら使用者で負担すべきものといえます。したがって、休業補償はもちろん、特別の有給休暇を付与するなどの対応が必要であると考えられます。

 他方で、全く個人的な海外旅行等から帰国した従業員に関しては、法律的に考えると、「使用者の責に帰すべき事由」とは一般的に判断しがたく、賃金も休業補償も不要であるとの結論も一応可能だと考えられます。

 なお、この場合の賃金や休業手当についても前掲厚生労働省の「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け。3月11日版)には言及されていません。おそらく休業手当を支払う場合も無給の場合も、労使双方に大きな影響が生じる要請ですので、今後、何らかの助成措置等がなされるように思われます。

 

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(ぎょうせい、2020年7月刊。A5・200ページ・定価2,000+税)

企業側の労働事件を扱う弁護士が35のQ&Aで分かりやすくまとめています。本連載の内容を一部増補・加筆し、新型コロナ、インフルエンザ、SARS、麻疹、結核など従業員が感染症に罹患したときのリスクを「見える化」し、あるべき対応を解説しています。新型コロナの感染拡大によって生じた労務対応を経て、今後感染症が拡大した際、企業としてどのような対応が求められるのかが分かる1冊となっています!

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弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

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