政策形成の職人芸
政策形成の職人芸 その16 手段の具体化②
キャリア
2022.12.27
★本記事のポイント★
①執行主体については、国や自治体が関与すべきか、国と自治体のどちらが関与すべきかなどを検討する。 ②どのような場合に、どのように行使するかという執行の基準は、個別具体的な政策ごとに決定されるが、手法が適切に機能するように決める必要がある。 ③ワクチン接種を促進する手段を例として、手法案の思いつき、手法案の検討、執行主体、基準などの手段の具体化のプロセスを示す。
手法が決定されれば、手段の方向性や概要が見えてきますので、手段の細部を詰めていきます。手段の具体的内容は、個別具体的な政策ごとに決定されますが、手段を執行する執行主体や執行の基準について、決定する際の基本となる考え方を考察します。
1.執行主体
(1)官か民か
公共政策の手段を執行する執行主体としては、国や自治体といった公的主体(政府)がまず思い浮かびます。しかし、公共政策の問題となり得る課題であったとしても、自律・自助で解決できるなら国や自治体が関与する必要はありません。
政策評価に関する基本方針(平成17年12月16日閣議決定)においても、「必要性の観点からの評価は、・・・行政関与の在り方からみて当該政策を行政が担う必要があるかなどを明らかにすることにより行うものとする」とされていますので、政策課題について国や自治体が関与する理由を明らかにする必要があります。
行為を一律に規制する必要がある場合は、国や自治体が規制的手法を用いて直接関与することになりますし、多様なニーズにきめ細かく対応することが求められる場合は、間接規制(誘導)や枠組規制のような官民協働で行う手法を用いることになるでしょう。
(2)国か自治体か
次に、公的主体の中でも国が行うべきか自治体が行うべきかの問題があります。
この点は、国と自治体の役割分担を定めた地方自治法第1条の2の規定の趣旨を考慮して決めることになります。国は、国が本来果たすべき役割を重点的に担い、住民に身近な行政はできる限り自治体に委ねることを基本として考えるべきですが、詳細は、地方自治の解説書1を参照してください。
2.執行の基準
次に、手段の具体化として、手法をどのような場合に、どのように行使するかという執行の基準について考察します。執行の基準は、個別具体的な政策ごとに決定されますが、手法が適切に機能するように決める必要があります。例えば、規制的手法の一種の許可制を採用する際、どのような場合に許可をするかという許可基準を決める必要がありますが、その際には、その政策の目的が達成できるような基準を定める必要があります。反対に、政策の目的の達成とは無関係な許可基準を定めることは過剰な規制となります。
3.事例で考えましょう
事例を用いて手段の具体化のプロセスを考えましょう。
【事例】
わが国の新型コロナウイルスのワクチン接種について、令和4年の春、若年層での3回目接種が伸び悩む状況となりました。原因は、ワクチンの副反応に対する恐れ、重症化しないという意識などがあるとされていました。ワクチン接種を促進する手段を考察します。
(1)手法案の思いつき
ワクチン接種を促進する手法をあげると、次のようなものがあります。最初には、直接的な手法である義務化(強制)を思いつきましたが、それから、強制の程度が低い手法を考えていきました。
〔A案〕 ワクチン接種を義務化(強制)する。ただし、禁忌者は除く。
〔B案〕 ワクチン接種に何らかのメリットを与え、あるいは、不接種に何らかのデメリットをかけて、ワクチン接種を誘導する。
〔C案〕 ワクチン接種のメリットを広報啓発する。
〔D案〕 ワクチン接種をいろいろな場所でできるようにするなど接種機会を拡大する。
(2)手法案の検討
〔A案〕
新型コロナウイルスのワクチン接種については、予防接種法上、まん延予防上緊急の必要がある場合に行う臨時接種と位置付けられていて、市町村長又は都道府県知事による予防接種を受けることの勧奨、本人等に予防接種を受ける努力義務があります(同法附則第7条)。禁忌者を除いたとしてもワクチン接種にはどうしても副反応がつきまといますので、接種するかどうかは個人の意思に委ねるのが妥当でしょう。また、実効性確保の方法を考えても、強制執行や罰則は、人権との関係で難しく、予防接種法以上の義務化は困難だと考えます。
〔B案〕
具体的には、ワクチン接種をすると何らかの特典を与える、あるいは、ワクチン接種証明書を提示しなければ飲食店、劇場等の施設に入場できないというものです。
前者の方法は、接種するかどうかを個人の判断に委ねますので、有効性は特典次第のところもありますが、ある程度の効果があるでしょう。
後者の方法は、有効性は前者よりも高いですが、ワクチン接種を間接的に強制することにもなります。特に、自治体がワクチン接種証明書を発行し、利用者に証明書の提示義務を課すとともに、施設側に証明書の確認義務を課し、違反した場合罰則を科すという方法は、強制の程度が強いように思われます。ワクチン接種については個人の意思に委ねるべきですので、ワクチン接種促進のための政策としては問題があるかもしれません。しかし、この方法は、人の集まる施設において感染拡大を防ぐ意義もあり、政策として可能かどうかさらに検討する必要があるでしょう。また、施設を運営する事業者が利用者、従業員に不当な取扱いするおそれも考えられます。
〔C案〕
ワクチン接種のメリットを広報啓発する方法は、ワクチン接種を促進するなら当然に行うべき手法です。この手法は、他の手法とともに併用されるでしょう。
〔D案〕
ワクチン接種の機会を拡大する方法は、ワクチン接種を促進するなら当然に行うべき手法です。この手法は、他の手法とともに併用されるでしょう。
(3)執行主体、基準
手法として、B案のうち、ワクチン接種をすると何らかの特典を与えるという方法を採用するとして、執行主体、基準等を考えます。
・執行主体
特典の与え方としては、ワクチン接種をすれば自治体が商品券、旅行券などの景品を与える方法と、ワクチン接種証明書を提示すれば事業者等が飲食、旅行代金などの割引、イベント入場時の制限緩和などを行う方法が考えられます。
・基準
ワクチン接種をすると何らかの特典を与えるという方法を採る場合、特典の与え方には考慮すべき事項があると思います。例えば、ワクチン接種をすれば自治体が商品券、旅行券などの景品を与える方法については、過度の景品を与えることには、住民に不公平感を与えることにつながりますので、適切な程度のものにする必要があると考えます。また、ワクチン接種証明書を提示すれば事業者等が飲食、旅行代金などの割引、イベント入場時の制限緩和などを行う方法については、自治体が補助などの関与をしたり、自治体の施設を利用する場合などには、不当な取扱いにならないように基準を定める必要があると思います2。
むすび
以上、16回にわたり、個別具体的な問題の政策形成の土台となる政策形成の一般的理論を提示することを試みました。皆さんがこれを基に、政策形成の考え方の道筋をつかみ政策形成力を高めてくだされば幸いです。
今後、個別具体的な問題についてすぐれた政策を形成していただくことを期待してむすびとします。
1 例えば、松本英昭『要説地方自治法(第十次改訂版)』(ぎょうせい、2018年)参照。 2 「新型コロナワクチン接種証明の利用に関する基本的考え方について」(令和3年9月9日、新型コロナウイルス感染症対策本部)参照。 ※本稿は、『青山法学論集第63巻第4号』に掲載された拙稿「政策形成-理論と経験-」をベースにしつつ、実務に役立つ経験的なスキルを分かりやすく示すための加筆をしたものです。