政策形成の職人芸  その11 政策案の評価②

キャリア

2022.11.22

★本記事のポイント★
①コロナ感染のまん延防止を図る政策案を例として、政策案がもたらす効果、費用、弊害などを予測しつつ、政策案の評価を行う。 ②規制をかける場合は、「規制の政策評価の実施に関するガイドライン」に従い、規制を行わない場合に生ずる状況や規制以外の手段と比較しながら検討を行う。 ③将来の予測の不確実性と価値の対立が絡み合って、政策案の選択は難しい。その解決を図るため、試行錯誤が必要。

 

1.事例で考えましょう

 <事例>

 令和2年の春先、コロナの感染が始まったころ(コロナの実態が十分に解明されていない場合)、感染のまん延防止を図る次のような政策案を評価すると、どうなるでしょうか。すでに、新型インフルエンザ等対策特別措置法等により、種々の対策が講じられていますが、さらの状態で、感染のまん延防止のための政策を検討しましょう。

〔A案〕 何もせず、集団免疫ができるのを待つ。

〔B案〕 感染状況を周知するとともに、外出自粛を要請する。

〔C案〕 生活必需品の購入などの場合を除き外出を禁止、違反に罰則を科す。

 

 <政策案の検討>

 政策案が感染のまん延防止に効果があるか、政策の実施に要する費用や政策の実施に伴い国民・住民が負担する費用はどのようなものか、政策案の実施による社会に及ぼす弊害はどのようなものかなどを検討します。感染症の数理モデルや経済予測を利用すれば、各政策案による感染者数の動向、経済への影響等の推計が可能となりますが、専門的知識が必要となりますので、ここでは考え方の道筋だけを示します。

〔A案〕
 この案が政策案と呼べるか疑問ですが、選択肢としてあげたのは、「規制の政策評価の実施に関するガイドライン」(平成19年8月24日政策評価各府省連絡会議了承、平成29年7月28日一部改正)において、「「規制の新設又は改廃を行わない場合に生じると予測される状況」を比較対象(以下「ベースライン」という。)として設定し、費用及び効果の推計は、ベースラインと「当該規制の新設又は改廃を行った場合に生じると予測される状況」とを比較することによって行う」(同ガイドライン4⑴ア)とされているからです。

 政策の実施に要する費用はかからず、国民の行動を制限しないので、政策の実施に伴い国民・住民が負担する費用(弊害も含む。)、社会経済活動への支障も一見少ないようにも思えます。

 集団免疫ができれば、感染拡大を予防することができるとされています。しかし、集団免疫を得るには、国民の相当数が感染又は予防接種により免疫を持つ必要があり、どの程度の期間を要するか不明で、それまでに感染し死亡する人もいるでしょう。コロナの感染力、毒性などの実態が十分に解明されていない状態なので、もし感染力が強く強毒性なら、人の生命だけでなく、社会経済活動へも深刻な影響を与えるでしょう。第7回で述べましたが、害を及ぼす可能性のある事象については、悪い結果になることも予測しつつ対処する必要があります。また、政策の効果が出る時期が不明というのは、その政策の効果そのものについても疑問があると言わざるを得ません。

 このように考えると、A案は、有効性について相当問題があり、採用することは難しいと考えられます。

〔B案〕
 行政側が感染状況を周知するとともに、外出自粛を要請して、国民の行動変容を期待する政策案です。国民が外出自粛するなら、人の移動が減少し、感染のまん延防止の効果があるでしょう。

 我が国のように国民の衛生観念が高いとともに行政指導の効果がある国では、感染状況の情報提供と外出自粛の要請により、人の移動が減少し、感染のまん延防止の効果が期待できます。ただ、第8回で述べましたが、外出自粛の要請の効果は、国民のコロナ感染に関する意識に左右されますので、意識を見極める必要があります。

 政策の実施に要する費用としては、感染状況の調査、情報の周知の経費が考えられます。政策の実施に伴い国民・住民が負担する費用としては、外出自粛の要請に応じるなら自由の制限があり、弊害としては、社会経済活動への支障が考えられます。人の移動が減少すれば、巣籠需要の増加、テレワークによる生産性の向上などのプラスの効果もありますが、一般的には生産活動、消費活動等は低下し、社会経済活動への支障が及ぶと考えられます。

 以上から、B案については、国民のコロナ感染に関する意識次第のところもありますが、ある程度の感染のまん延防止の効果が期待できます。ただ、政策の実施に要する費用はそれなりにあるとともに、社会経済活動への支障が予測されます。

〔C案〕
 生活必需品の購入などの場合を除き外出を禁止するなら、人の移動が減少し、感染のまん延防止の効果があります。

しかし、例えば、実効性を確保するため、行政庁の許可がないと外出ができないとするなら、許可の手続、許可書の確認などの政策の実施に要する費用や、許可を受けるための経費、規制を遵守するための自由の制限などの政策の実施に伴い国民・住民が負担する費用がかかります。また、社会経済活動への支障という弊害の程度も大きいと考えられます。

 ところで、「規制の政策評価の実施に関するガイドライン」によれば、「課題を解決するための手段を、規制以外の手段(例えば、補助金交付や政策金融等による経済的手段、業界の自発的取組、行政指導、行政側の広報・啓発等)も含めて比較検討した上で、規制手段を選択することの妥当性を示す」(同ガイドライン4⑴イ)とされています。そうすると、規制以外の手段であるB案と規制手段であるC案の比較をする必要があります。

 第9回で述べましたが、コロナの感染状況等が明確になれば、感染のまん延防止と社会経済活動のそれぞれどの程度ウェイトをつけて重視するかを決めることができ、外出制限の強制の度合いの方向性も見えてくるでしょう。しかし、設例のようにコロナの実態が十分に解明されていない場合は、この手法は採ることができません。

 害を及ぼす可能性のある事象については、悪い結果になることも予測して対処すべきとするなら、感染状況が酷くなると予測して、厳しい外出制限を行う方向に秤は傾くことになります。しかし、厳しい外出制限を行うと社会経済活動への支障も大きくなり、多くの人が生活に困窮することが予測されます。

 一方、感染対策は、国民の協力なくしては実効性が上がりませんので、国民に協力を要請するのが基本だとも考えられます。特に、我が国のように国民の衛生観念が高いとともに行政指導の効果がある国では、外出自粛の要請により、国民の協力が得られると期待することもできるでしょう。

 このように、将来の予測の不確実性と価値の対立が絡み合って、政策案の選択は難しいです。このような場合、両案の折衷案を考えるという解決策もあるでしょう。例えば、基本的にはB案のように外出自粛の要請により対処し、感染リスクの高い場所への外出には罰則をかけるというものです。さらに、感染リスクの高い場所への外出には罰則を科すなら、むしろ、感染リスクの高い場所の休業等を要請する方が効果的だとも考えられます。このような試行錯誤を繰り返して政策ができると思います。

 

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(元)参議院常任委員会専門員・青山学院大学法務研究科客員教授 塩見 政幸

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