感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第18回 ウイルスに感染しているおそれがある従業員に対して病者の就業禁止の措置を講ずることは可能?
キャリア
2020.05.10
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
ウイルスに感染しているおそれがある従業員に対して病者の就業禁止の措置を講ずることは可能?
(弁護士 大川恒星)
【Q18】
ウイルスに感染しているおそれがある従業員に対して、労働安全衛生法68条に基づく病者の就業禁止の措置を講ずることはできますか。
【A】
まず根拠となる法律・規則の内容をまとめ、ウイルス等感染症の場合、新型コロナウイルスの場合にわけて、解説していきます。
法律・規則の内容
労働安全衛生法68条は、「事業者は、伝染性の疾病その他の疾病で、厚生労働省令で定めるものにかかつた労働者については、厚生労働省令で定めるところにより、その就業を禁止しなければならない」と規定しています。そして、労働安全衛生規則61条1項には、「病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかつた者」(1号)、「心臓、腎臓、肺等の疾病で労働のため病勢が著しく増悪するおそれのあるものにかかつた者」(2号)、「前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるものにかかつた者」(3号)がそれぞれ対象の労働者であると規定されています(ただし、1号の対象労働者について伝染予防の措置をした場合は、就業禁止の措置は不要となります。伝染予防の措置とは、以下の平成12年の通達で、「ツベルクリン皮内反応陽性者のみに接する業務に就かせること」とされています)。
ウイルス等感染症の場合
ウイルス等感染症の場合には、「病毒伝ぱのおそれのある伝染性の疾病にかかつた者」(労安則61条1項1号)の解釈が問題になりますが、通達によると、「伝染させるおそれが著しいと認められる結核にかかっている者」とされています(平成12年3月30日基発207号)。したがって、結核以外の感染症については、労働安全衛生法の就業禁止の措置の対象にはなりません。また、結核の場合にも、「伝染させるおそれが著しいと認められる結核」であり、かつ、それに「かかっている」という2つの限定があることに留意しましょう。伝染させるおそれが著しいと認められない結核にかかっている、または、伝染させるおそれが著しいと認められる結核にかかっているおそれがある、というだけでは、就業禁止の措置を講ずることはできません。通達でも、就業禁止の措置は、やむを得ない場合のものであり、「労働者の疾病の種類、程度、これについての産業医等の意見等を勘案して、できるだけ配置転換、作業時間の短縮その他必要な措置を講ずることにより就業の機会を失なわせないよう指導することとし、……種々の条件を十分に考慮して慎重に判断すべき」とされています(昭和47年9月18日基発601号の1)。
新型コロナウイルスの場合
新型コロナウイルスについては、労働安全衛生規則61条1項の「前各号に準ずる疾病で厚生労働大臣が定めるもの」(3号)には指定されていません。厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年4月28日時点版」には、「感染症法により就業制限を行う場合は、感染症法によることとして、労働安全衛生法第68条に基づく病者の就業禁止の措置の対象とはしません」と記載されており(6・問1)、新型コロナウイルスは労働安全衛生法の就業禁止の措置の対象から除外されていることがわかります。もっとも、令和2年2月1日付で指定感染症として定められたことにより、労働者が新型コロナウイルスに感染していることが確認された場合は、感染症法に基づき、都道府県知事が該当する労働者に対して就業制限を行うことができます(同法18条2項)。