感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第9回 ウイルスの感染防止等の対応による残業の考え方
キャリア
2020.03.19
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
ウイルスの感染防止等の対応による残業の考え方について
(弁護士 下川拓朗)
【Q9】
ウイルスの感染防止等の対応で当社の従業員は残業が続いています。労働基準法33条1項の「災害その他の避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当すると考えることはできるでしょうか。
【A】
「1.災害、緊急、不可抗力等の場合の時間外労働・休日労働」、「2. 災害その他の避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」、以下それぞれ解説していきます。
1.災害、緊急、不可抗力等の場合の時間外労働・休日労働
労働基準法32条では、1日8時間、1週40時間の法定労働時間が定められており、同法35条では、毎週少なくとも1日または4週間を通じ4日以上の休日を与えることとされています。この法定労働時間を超えて労働させる場合や、法律で定められた休日に労働させる場合には、労使協定(いわゆる36協定)を締結し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
しかし、災害その他避けることのできない事由により臨時に時間外労働あるいは休日労働をさせる必要がある場合においても、例外なく、36協定の締結・届出を条件とすることは実際的ではありません。そのような場合には、36協定によることなく、労働基準法33条1項により、使用者は、労働基準監督署長の許可(事態が急迫している場合は事後の届出)により、必要な限度の範囲内に限り時間外労働・休日労働をさせることができるとされています。
一方で、労働基準法33条1項は、災害、緊急、不可抗力その他客観的に避けることのできない場合の規定ですので、厳格に運用すべきものです。
具体的には、令和元年6月7日付け「災害等による臨時の必要がある場合の時間外労働等に係る許可基準の一部改正について」(基発0607第1号)と題する通達では、単なる業務の繁忙その他これに準ずる経営上の必要はこれにあたらないとされています。もっとも、地震、津波、風水害、雪害、爆発、火災等の災害への対応(差し迫ったおそれがある場合における事前の対応を含む)、急病への対応その他の人命または公益を保護するためなどであれば、同要件に該当するとされています。たとえば、災害その他避けることのできない事由により被害を受けた電気、ガス、水道等のライフラインや安全な道路交通の早期復旧のための対応、大規模なリコール対応が典型例です。
なお、労働基準法33条1項による場合であっても、時間外労働・休日労働や深夜労働についての割増賃金の支払いは必要です。
以上のことを前提に、本問についてみていきます。
2. 災害その他の避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合
労働基準法33条1項の「災害その他の避けることができない事由によって、臨時の必要がある場合」に該当するか否かは、新型コロナウイルスに関連した感染症への対策状況、当該労働の緊急性・必要性などを勘案して個別具体的に判断することになります。
今回の新型コロナウイルスは、指定感染症に定められており、一般に急病への対応は、人命・公益の保護の観点から急務と考えられるので、労働基準法33条1項の要件に該当し得る場合が全くないとはいえません。また、新型コロナウイルスの感染・蔓延を防ぐために必要なマスクや消毒液等を緊急に増産する業務についても、原則として同項の要件に該当する場合があると考えられます。
これらの事態が生じる可能性がある場合には、できる限り早期に最寄りの労働基準監督署に相談に行き、労働基準法33条1項による許可を得るように工夫することが大切です。
とはいえ、労働基準法33条1項に基づく時間外労働・休日労働はあくまで必要な限度の範囲内に限り認められるものですので、過重労働による健康障害を防止するため、実際の時間外労働時間を月45時間以内にするなどの対応することが重要です。また、やむを得ず月80時間を超える時間外労働・休日労働を行わせたことにより 疲労の蓄積の認められる労働者に対しては、医師による面接指導などを実施し、適切な事後措置を講じる必要があります。