キャリサポ特集 「複合災害」を回避する ──コロナ禍での避難法

地方自治

2020.11.19

キャリサポ特集 「複合災害」を回避する ──コロナ禍での避難法
取材リポート 千葉県南房総市

カバーの画像はイメージのモデル写真です。

月刊 ガバナンス 2020年8月号

「台風15号」受け、コロナ禍対応の避難所運営方針を早期に策定

千葉県南房総市は4月20日、「新型コロナウイルス感染症に対応した避難所運営について」(Ver.1)(以下、「新型コロナ対応マニュアル」)を策定した。その1週間前の13日、同市に大雨警報と土砂災害警戒情報が出され、市は新型コロナウイルス禍の中で初となる避難勧告を発出。最終的に避難者の受け入れはなかったが、計7か所で感染症対策を考慮しながら避難所を開設した。この経験も踏まえ、避難所運営における新型コロナウイルス対策を急ピッチに検討。他の自治体に先駆け緊急事態宣言中の策定となった。

ポイントは「分散と分離」

 南房総市は4月23日に開いた石井裕市長の定例記者会見で新型コロナ対応マニュアルを公表。既存の避難所運営マニュアルに追加する設計とした。狙いは新型コロナウイルス禍の中での自然災害による「複合災害」の回避で、国が同月7日に出した事務連絡「避難所における新型コロナウイルス感染症への更なる対応について」を主に参考にしたという。

 新型コロナ対応マニュアルは、▽避難所以外の避難方法、避難する場合の準備品等の市民周知▽避難所の受付▽新型コロナウイルス感染者と疑われる人の避難スペースの確保▽各地区避難所の開設順位──など全11項目で構成。別紙として、体温や健康状態のチェック欄などを設けた避難者名簿のひな形も作成した。

 同マニュアルの柱は何か。消防防災課長の座間好雄さんは、「分散と分離がポイント」と端的に説明する。分散避難とは、避難所に避難者が集中しないよう、自宅や知人宅などを含めて避難先を分散すること。一方の分離避難は、避難所内で新型コロナウイルスの感染が広がらないよう、感染が疑われる人、そうではない人を含めていわゆる「3密」の回避策などを講じることだ。

避難所外で感染疑いの人を区分

 分散避難では、市民それぞれにどこへ避難すべきかどうかの判断を促す周知内容を規定した。「『避難』とは『難』を『避』けることであり、自宅での安全確保が可能な人は、感染リスクを負ってまで避難所に行く必要はありません。本当に避難所に行く必要のある方を、適切に受け入れられるようご協力ください」などと明記。同時に、自宅以外の安全な親戚や知人宅の避難も選択肢に入れるよう促す方針だ。

 また、風邪の症状や強いだるさがあるなど、新型コロナウイルスの感染の疑いがある人への周知内容も明示。避難所への避難を避け、圏域内の保健所に連絡するようアナウンスする考えだ。

 ついで、避難所での分散避難対策も提示。万が一、新型コロナウイルスの感染者や感染が疑われる人が避難してきた場合に、避難所内で感染拡大が発生しないよう入念な手順を定めた。

 まず、避難所の建物内の受付場所とは別に、建物外に「検温・消毒ブース」を設置。市職員が避難者に対し、額で測定するタイプの機器で検温したり、健康状態の聞き取りなどを行い、感染が疑われる人とそうでない人を区分する。そのうえで、感染が疑われる人には、自宅や親戚・友人宅への避難や、車中泊を勧める段取りにした。

避難所の入り口前に設置する「検温・消毒ブース」。

動線確保など分離対策を徹底

 一方、感染の疑いがあるものの、避難所以外への避難が難しい人の分離対策も規定。避難所にあらかじめ用意した個室等の個別空間に避難してもらい、そうした空間を提供できない場合には、他の避難所を案内する。また、該当者専用のトイレや手洗い所も用意するという。

 ここで重要になるのが、個別空間への動線をどう確保するかだ。一般の避難者と動線が重ならないよう十分に配慮する必要があり、座間さんは、「一般の市民が避難するところから最も遠いような部屋を基本的に用意し、動線も別ルートを設定する。ほかにも、救急車のつけやすさなどを考慮するようにしている」と話す。

 また、一般の避難スペースの分離対策も徹底する。

 同スペースは家族単位とし、1人当たり面積を3㎡と設定。そのうえで、各家族間の間隔を2mあけて十分な距離を取る。間仕切りには、衛生面を考慮して表面にコーティングを施した段ボール製品を利用。納品が間に合わなければ、避難所内にある机等を間仕切りに代用する考えだ。

机を間仕切りに代用した避難所スペース。

教室の活用で収容減を補完

 ただし、課題もある。一つは、分離対策ゆえに避難所の収容力が大幅に減少することだ。消防防災課係長で防災士の宇山尚希さんは「新型コロナウイルス対策で、収容人数はこれまでの3分の1程度になる」と語る。

 その減少分をどう確保するか。市は、市内の小・中学校と、教室を避難スペースに活用する方向で調整。最終的に、各10人未満の収容を前提に計80教室を避難所として開放することとなった。教室の一つの用途として、高齢者や障害者、乳幼児など災害時要配慮者向けを想定。市は、既に施設に入所している高齢者らへの感染拡大を避けるため、これらの施設を活用した福祉避難所を開設しない方針で、その代用とする意向だ。

 他方、国などが促す民間の宿泊施設等は活用しない。市内の宿泊施設の多くは南房総市の地理的な特性から海に面しており、台風などを想定した風水害対策としては、避難者の恐怖心をあおる恐れなどがあり、ふさわしくないと判断した。

必要な職員数が4人から10人に

 避難所での新型コロナウイルス対策の影響は、職員体制にも及ぶ。市が災害時に最初に開く「初期開設避難所」はこれまでなら1か所当たり4人の職員を配置していたが、新型コロナウイルス対応で倍以上の10人を要するという。例えば、「検温・消毒ブース」には、検温、問診1人ずつの計2人の職員を配置。このほか、避難スペースの間仕切り等の準備や、感染が疑われる人の動線の案内などに職員を増配する必要があるからだ。

 また、避難所開設に要する時間も増える。市は新型コロナ対応マニュアル策定後、順次、避難所開設訓練を行っているが、初めのうちは、これまでに比べて3時間ほど準備に時間がかかったという。

これまで以上に増す滞在ストレス

 新型コロナウイルス対策が前提の避難所は、これまでの避難所での滞在以上に、避難者にストレスを強いる可能性がある。避難所内でのコミュニケーションなどに制約がかかることなどが要因で、宇山さんは、「新型コロナウイルスにより、(家族単位を超えて)避難者同士が話すことが難しくなる。精神的にもこれまで以上に安定できない状況になるだろう」と言う。

 この状況を考慮し、観光客ら市民以外への対策を検討。「顔の知らない人が同じ避難スペースにいればストレスがより高まる可能性がある」(宇山さん)などとして、市民向けとは違う公共施設を避難先として提供するという。

災害対策を担う消防防災課課長の座間好雄さん(中央)、係長の宇山尚希さん(右)、主査の押元秀行さん。

「台風15号」の恐怖が遠因に

 南房総市が今回、新型コロナ対応マニュアルを早期に策定したのは、昨年9月8日~9日にかけて千葉県内を中心に猛威をふるった台風15号(令和元年房総半島台風)の影響がある。

 この台風は暴風を伴い事前の想定を超す甚大な被害をもたらした。千葉県の発表によると、南房総市内の住家被害は、全壊96棟、半壊937棟、一部損壊5467棟にも及んでいる(今年7月16日現在)。市内には被災から10か月以上が経過した今でも、屋根をブルーシートで覆う住家や、改修中の公共施設などが散見される状況だ。

 市民はこの被災体験から、昨年10月に東日本を中心に大規模な被害をもたらした台風19号(令和元年東日本台風)が襲来した際、率先して避難。台風15号の際に計162人だった避難者数は、過去最多の2469人にも上った。宇山さんは「台風による被害のリスクよりも、(台風15号で体験した)恐怖心からの避難だったように思う」と推察する。

 近年、出水期に毎年のように発生する激甚水害。今年はそれに加えて新型コロナウイルス対策も求められる。南房総市の迅速な対応は、住民の不安・恐怖心を和らげるとともに、今後の避難行動に活かされていくだろう。
(本誌/佐藤草平)

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