教師のためのメンタルケア入門
リーダーから始めよう! 元気な職場をつくるためのメンタルケア入門[第10回] ストレスに対抗する心の力をつける その③「マインドフルネス瞑想を活用しよう」(後編)
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2020.05.18
リーダーから始めよう!
元気な職場をつくるためのメンタルケア入門[第10回]
ストレスに対抗する心の力をつける その③「マインドフルネス瞑想を活用しよう」(後編)
精神科医(精神保健指定医)・産業医(労働衛生コンサルタント)
奥田弘美
(『学校教育・実践ライブラリ』Vol.10 2020年2月)
新型コロナウイルス感染症対策に伴う急激な環境の変化や病気への不安により、いわゆる自宅でコロナ鬱(うつ)に悩む方が増えています。ご自身やご家族に問題がなくとも、一緒に働く方の心の健康は大丈夫でしょうか。ここでは、精神科医・産業医として活躍する奥田弘美先生が学校の管理職層向けにメンタルヘルスを親しみやすく解説した「リーダーから始めよう! 元気な職場をつくるためのメンタルケア入門」(『学校教育・実践ライブラリ』連載)を12回にわたってご紹介いたします。(編集部)
マインドフルネス瞑想法
ストレスに対抗するための心の力をアップするヒントをシリーズでご紹介しています。
前回に続いて今回は、現在注目を集めている心のトレーニング法であるマインドフルネス瞑想法について解説します。
マインドフルネス瞑想法は、大きくサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想に分けることができます。
サマタ瞑想は、心を一つのことに集中させることによって、雑念を払い集中力を強化させる効果があると考えられています。前回ご紹介した深呼吸瞑想やイーティング瞑想は、このサマタ瞑想に入ります。
さてもう一つのヴィパッサナー瞑想について今回は詳しく解説していきましょう。ヴィパッサナー瞑想は、サマタ瞑想とは違い「自分の心を観る瞑想」です。主な効果としては、自分の心を洞察する力が得られるため、心を成長させる効果があるとされています。
まずやり方をご説明しましょう。
ヴィパッサナー瞑想のやり方
① 床に座布団や布を敷いて胡坐座に座り、背筋を伸ばします。胡坐は自分のかきやすい形でOK です。胡坐がかけない環境のときは、椅子に背筋を伸ばして座ります(背もたれにはもたれません)。手は膝の上にそっと重ねて置きましょう。
② 眼を閉じて、鼻から息をゆっくり吸い込みながら、鼻先を意識します。空気が鼻腔を通る「感覚」を最も感じやすい場所をひとつ決めて、そこで呼吸の空気の流れを感じます。
③ 空気が入ってきたこと、そして出ていくことを鼻先の一点で「感じ」そして「呼吸をしていることに気づく」。ヴィパサナー瞑想では、この作業をひたすら繰り返します。
ヴィパサナー瞑想をはじめると、意識は1分たりと鼻先に留まっていません。何らかの刺激やきっかけで、つい何らかの思考や感情が浮かびます。例えば時計の針の音がふと聞こえたら、「今日の夕食は何時ごろかな?」「子供たちは家に帰っているだろうか」とか。エアコンの風の音が聞こえたら、「外は寒いかな」とか「そろそろエアコンの掃除しなくちゃ」とか。こんな風にちょっとした刺激やきっかけで心が反応してしまうのです。
また、時には過去の思い出や未来の予想に心が動き、怒り、不安、心配、焦りといったネガティブな感情も出てくることもあります。
こうした思考や感情が生まれたら、その思考や感情に一時は意識が囚われますが、そのたびに気付いてください。そして「あ、思考していた」「怒りの感情が湧いた」「過去のイライラを思い出した」などと気づいたら、それ以上深く考えや感情を追いかけることは止めて、再び鼻腔を空気が通る感覚に戻しましょう。
ひたすらこの繰り返しを行っていくのがヴィパッサナー瞑想です。
ヴィパッサナー瞑想では、禅のような「無」を目指す必要は全くありません。「雑念が浮かんで瞑想に集中できなかった」と自分を責める人がいますが、それは全くの誤解です。
そもそも特殊な訓練をしていない人間が思考を止めて「無になる」ことは非常に困難なのです。
ヴィパッサナー瞑想では、思考や感情が生まれるたびに「気づく」そして「また鼻先に戻る」という作業を淡々とひたすら繰り返していくタイプの瞑想です。
「心の仕組み」を体感
ヴィパッサナー瞑想を続けていると、次第に些細な刺激やきっかけによって思考や感情がどんどん生まれ出る「心の仕組み」を体感できます。
ある刺激によって過去や未来にまつわる思考や感情が浮かび、それらがまたきっかけいになって違う情景や思い出が浮かんできてさらなる思考や感情に心が囚われていく。これらは「思考の連想ゲーム」と呼ばれる現象です。
私たちの心には、ふとした刺激やきっかけで思考や感情が生まれます。そして自分でどんどんそれらを増幅させてしまうという特徴があるのです。
例えば……車のクラクションが聞こえた → 以前に運転中に体験したトラブルを思い出す → 「あのときの相手の対応は本当に失礼だった」と怒りが湧く → 「そのトラブル処理のストレスが長引いて家族に八つ当たりしてしまった」ことを思い出す → 「自分はまだまだ心が未熟だなあ、そういえばこの前の討論でもついカッとしてしまったっけ」と自己嫌悪の気持ちとともに最近の出来事を思い出す → 自己嫌悪の気持ちがさらに増幅し悲しく情けなくなる……といった具合です。
この例でもわかるように、いわゆる「連想ゲーム」になってネガティブ感情が次々と生まれ増幅されていますよね。
このような思考の連想ゲームが私たちの心の中ではしょっちゅう生じています。そしてその過程で様々な感情が沸き起こり、時にはそれが増幅していき、自分で自分を苦しめたり、悲しませたりしていることが多々あるのです。
ヴィパッサナー瞑想を通じて、思考の連想ゲームとそれに伴う感情の生起・増幅の仕組みを理解しておくことは、ストレス対策においてとても役立ちます。もし心がネガティブ思考の連想ゲームをはじめても、自分の心の動きに素早く気づけるようになればなるほど、ネガティブ思考の連想ゲームを意識的にストップさせ、ストレスとなる感情や思考にどっぷり心が囚われてしまう時間を減らすことができるようになるのです。
ヴィパサナー瞑想を繰り返し行っていると、この「気付き」が早くなってきます。また思考や感情に囚われず、鼻先の呼吸に戻るという作業を瞑想中に繰り返すことで、ネガティブ感情から気持ちを切り替えるトレーニングにもなります。
ぜひ前回のサマタ瞑想に加えて、ヴィパッサナー瞑想も活用してみてください。
Profile
おくだ・ひろみ
平成4年山口大学医学部卒業。都内クリニックでの診療および18か所の企業での産業医業務を通じて老若男女の心身のケアに携わっている。著書には『自分の体をお世話しよう~子どもと育てるセルフケアの心~』(ぎょうせい)、『1分間どこでもマインドフルネス』(日本能率協会マネジメントセンター)など多数。