異見・先見 日本の教育 ICT化から見えてくる子どもの心の問題

『ライブラリ』シリーズ/特集ダイジェスト

2022.02.07

異見・先見 日本の教育
ICT化から見えてくる子どもの心の問題

精神科医・立教大学教授
香山リカ

『新教育ライブラリ Premier II』Vol.4 2021年11月

教育現場に押し寄せるICT化の大波

 学校教育の現場にもICT(情報通信技術)の波が押し寄せている。小学校では子どもたちがタブレット端末を使って各教科を学び、中学ではプログラミング教育が必修化。さらに大学となると、学生に個人パソコンを持つよう指導しているところも多い。私が所属している大学も同様で、費用の面から購入できない学生のために、OBが中心となって中古パソコンを無料で譲渡する仕組みもある。

 2020年、突如、世界を襲った新型コロナウイルス感染症は、この教育現場のICT化を一気に促進した。これまで拙速なICT導入に疑問を持っていた教員らも、「感染を避けながらも学びを止めないためにはオンライン授業しかない」となると、とりあえずそれを行うしかない。「画面越しでは本当の教育はできない」などと言っている場合ではなくなったのだ。

 私の大学でも2020年5月頃から授業の大半がオンライン化されることになり、そこに選択の余地は与えられなかった。機器やソフトの扱いがわからないという教員には技術系の職員が指導をしたが、教育的な信念から「オンラインはやりません」という主張は認められなかったのだ。また教員たちも「とにかくいまは学びの継続が大切」と、その方針に異議を唱えることはなかった。

 そして、そういった制度化されたICT教育とは別に、子どもたちもいまやスマートフォン(スマホ)を持つのがあたりまえとなり、通話やゲーム、情報収集だけではなく、家族や友だちとの連絡にもそれを駆使している。

 誰もが感じることだと思うが、いわゆるデジタル・ネイティブ世代の彼らは、たとえはじめて接するタブレットなどでも、多くの説明を聞かずとも短時間で使い方を自分で身につける。「たぶんこういう操作だろう」という予測が、まるで身体化されているようだ。

 私もオンライン授業中に通信ソフトの不具合によるトラブルが起き、学生たちがチャットで「もしかするとこのボタンをクリックするとなおるかも」などと助言してくれて事なきを得たことがあった。そのあと学生に「よくわかったね。このソフトにくわしいの?」と尋ねると、「いや、はじめてだけど。ゲーム中の不具合と同じかなと思っただけ」といった答えが返ってくる。こちらにはまったく備わっていない思考回路だ。

 とはいえ、すさまじい速度で進む子どもや若者を取り巻く環境のICT化には、さまざまな問題が潜んでいることもたしかだ。

 子どもが手にするスマホやタブレットなどのICT機器がこれまでの道具とまったく違うのは、なんといってもそれが「世界に開かれていること」や「誰かとつながっていること」であろう。あの四角い画面に大小はあれ、そのどれもが広大な世界の無数な誰かとの“窓”の機能を果たしている。つまり、無尽蔵の情報にアクセスしたり、まったく会ったこともない人と双方向的にやり取りをしたりが可能なのである。

 もちろん、それこそがICT機器の良さともいえる。とくに匿名のまま気軽に発言できるという特性は、リアル世界で「コミュ障」つまりコミュニケーションが苦手だったりほとんど障害と呼べるレベルに不得意だったりという問題を抱えている人にとっては、またとない救いとなっている。発言のハードルは下がり、言語すら使わずに写真やイラストなどで誰かとやり取りすることもできるのだ。

 私自身のことで恐縮だが、私はインターネットがここまで普及する時代の直前、1996年に『テレビゲームと癒し』(岩波書店)という本を上梓した。当時、テレビゲームは子どもの心の成長を阻害するとか、攻撃的な子どもをつくり暴力を促す、などとおとなから“目の敵”にされていた。本書の中で私は、テレビゲームが不登校やいじめを受けた子どもにとっては誰も自分を傷つけることのない居場所の機能を果たしている、と述べた。ゲームの世界であっても経験値が上がったりゲーム内のキャラクターと対話したりすることが、そこでの主人公である子どもの心の回復と成長につながり、それが現実に一歩踏み出す足がかりになる可能性もある。何人かの不登校や発達障害の子どもとのかかわりを通して知ったことを、その本の中に率直に記したのであった。

 では、モニターの向こう側に実際の人間が存在していてリアルな対話ができるいまのネット空間は、「コミュ障」などの問題を持ち現実への不適応を起こしている子どもにとっては、さらなる回復と成長を促す居場所の機能を持っている、といえるのであろうか。残念ながらそうはなっていない。

 実は私は、この原稿で教育のICT化や子どものネット利用について何かを言いたいのではない。ただ、このことを考えると、その背景に「いまどきの子どもが抱えている心理的な問題」が浮かび上がってくるのである。ぜひそのことを知ってもらいたい。

子どもとICTをめぐる問題と心理的背景

①ネットいじめ、SNSいじめ
 2020年、SNSでの誹謗中傷を苦にして、タレントとしても活躍していた若い女性プロレスラーが自ら命を絶った。本人のSNSアカウントには、「凶暴な子」「ゴリラ」「きもい」といった悪口のほかに「マジで消えてくれよ」ほか自死を促すような書き込みも押し寄せた。家族の尽力であまりにも悪質なアカウントは特定され、刑事事件として略式起訴されたり損害賠償を請求されたりしている。しかし、亡くなった本人は帰ってこない。

 スマホやタブレットを使ったいじめは、学校現場でも深刻な問題を引き起こしているようだ。

 では、なぜこういった犯罪的な誹謗中傷やひどいいじめは起きるのか。ここでくわしくは解説する紙幅はないが、広大なネットの世界に投げ込まれると、突然おびただしい情報と無数の人びとに出会い、誰もが多かれ少なかれ、「私は実はつまらない存在なのではないか」という不安にかられて「自己愛の傷つき」を感じることと関係しているのではないだろうか。

 精神分析学者のフロイトは、自己愛が傷ついた人は、「自分が侮辱されて台無しになった、自分の価値を極端に低く切り下げられた」という強い心理的打撃を受ける、と語った。また、同じく精神分析学者のコフートは、1972年に『自己愛と自己愛憤怒に関する考察』という論文で、「自己愛の傷つき」を受けたとき、多くの人は「制御不能で予想外の怒り」にかられそれを表現するとして、その怒りを「自己愛憤怒」と呼んだ。論文の中でコフートは言う。

 「憤怒はいろいろな形で起きうるが、大切なのは常に『復讐』が伴うということだ。」

 また、その自己愛憤怒は、それを向けられる相手にとっては「理不尽で不当なもの」である場合がほとんどだとも述べる。

 つまり、ネットいじめを行う人の多くは、実は「傷つけられたのは自分だ」と感じており、それを怒りという形でたまたま見つけた誰かに向けてしまう、ということである。

②万能感の肥大とその挫折
 一方で、現代の社会を見わたすと「もっと自己愛を育てよう!」というメッセージがあふれているように思う。「夢はきっとかなう」「もっと自分を好きなろう」「前向きにがんばり続ければ望みは実現する」。とくに2021年は東京オリンピック・パラリンピックが開催され、「スポーツの力で感動と勇気を与えたい」というフレーズがあふれ返り、メダリストたちが努力は実を結ぶことを多く人に伝えた。その中で「私もきっとできるはず」と励まされるだけではなくて、「特別な成功者になれるはずだ」と根拠なき万能感を肥大させる子どもや若者もいたのではないか。

 しかし、もちろん誰もが特別な存在やメダリストになれるわけではない。その現実に直面すると、今度は「やっぱり私はダメなんだ」と大きな挫折感や自己嫌悪に襲われることになる。メディアなどから「もっと理想を高く」「大きな夢を持とう」と欲望をかき立てられ、万能感を煽られては、少しの失敗で今度は「自分は負け組だ」と自己愛が激しく傷つく。その繰り返しの中で、先に述べた「自己愛憤怒」がネット上で特定のターゲットに向かっていっても不思議ではない。

③自己有用感の功罪
 いま教育現場では、自分は誰かあるいは社会の役に立っていることで培われる自己肯定感を「自己有用感」と呼び、それを育むことに力が入れられているようだ。

 もちろん、「自分さえよければそれでいい」という身勝手な自己正当化ではなくて、他者から認められてはじめて「これでいいんだ」と自分を肯定する、というのは大切なことだと思う。

 しかし、ここまで述べてきたように、ICT機器によりネットに触れてその情報空間の広大さに触れた子どもたちは、社会や世界、あるいはまわりの人たちに有用と思われている人たちの多さを知り、めまいにも似た感覚を味わう。あるとき診察室で出会った中学生は、こう言っていた。

 「ぼくなんか、親が期待する高校にも行けそうにないし、学校の部活でも良い成績を上げられないし、誰の役にも立ってない。誰にとってもいらない人間なんです。」

 行きたい高校に行く、好きだから部活に打ち込む、というより、「これが誰の役に立つか」という発想が先に立っているのだ。「自分が好きでやってるなら、それでいいじゃない」と言葉をかけると、その中学生は好きな動画の発信者の話を始めた。

 「毎日、動画を見てる人がいるんですけど、その人は何十万人もの人に楽しいネタを提供して喜ばれてる。それなのにぼくは、身近な親や先生を喜ばせることもできないんです。」

 ここでもまた、比較の対象が莫大に増えたことが、この子どもに「自分なんて取るに足らない存在」という意識を植えつけているのだ。

スクールリーダーに望むこと

 繰り返しになるが、ICT抜きにはこれからの世の中、生活も教育も成り立たないのは事実だ。「ネットは危険だから子どもには触れさせないようにしよう」というのはもはやナンセンスでしかない。

 KADOKAWA会長の角川歴彦氏がかつてダボス会議(世界経済フォーラム)に出席したときの話を聴いたことがある。角川氏はこう言っていた。

 「世界の若きリーダーに、共通する特徴を感じた。それは、発言が言い切り口調で、ひとつのセンテンスが短いということ。SNSを縦横に駆使する若きリーダーたちは、アメリカのエリートであろうとアフリカ大陸やアジアの人であろうと、とにかく話し方がよく似ている。南北格差といわれた時代もあったが、いまやデジタル・ネイティブとアナログ世代の格差の方が大きい。」

 ただ、現実社会での経験がまだ乏しく、地に足のついた人間関係が十分に構築できていない子どもがその世界に足を踏み入れる際、上述してきたような問題にはまわりのおとなが十分に気をつけるべきであろう。そのためには、基本的なネット・リテラシー教育が必要であることは言うまでもない。

 繰り返しになるが、今回、私が言いたいのは、ネット利用の可否やリテラシー教育の必要性についてではない。さらにその背景にある「いまの子どもが抱える心理的問題」に目を向け、そこにも十分、気を配ってほしいということだ。情報化社会の中で、子どもは知らないあいだに自分を誰かと比べて自己愛の傷つきを感じていないか。その一方で、「このままの自分じゃいけない。もっと夢を持とう。理想を高くしよう」と万能感を煽られてはいないか。また自己有用感を育てようとするあまり、逆に「誰の役にも立てない自分は生きている意味がないんだ」と自己嫌悪に陥る子どもが増えてはいないか。そういった心理的な問題に、とくにスクールリーダーには常に立ち返ってほしいと思うのである。

 ネットの中で、SNSにたくさんフォロワーがいる。多くの人が自分が投稿した写真や発言に「いいね」のボタンを押してくれる。それももちろんうれしいことかもしれないが、それよりも子どもはやはり、目の前のおとなである教師に「よくがんばったね」「この前の試合、すごい活躍だったじゃない」「この絵、うまく描けてるね」「いつも友だちにやさしい言葉をかけてあげてくれてありがとう」などとほめられるのを待っている。大きな目標を達成していなくても、小さな日々のがんばりに気づいてもらえて「よくやってるじゃない」と言われることが、広大なネットの世界でうっすらと傷つけられかけている自己愛をやさしく修復してくれるだろう。

 子どもを植物にたとえるとするなら、根を下ろしている地面に十分に水が与えられ、うるおってこそ、地表に出ている葉や茎の部分に施されるICT教育も意味あるものになる、ということだ。

 もちろんそのためには、子どもの前に立つ教員とくにスクールリーダーが、「このICT社会で私は生き残れるのだろうか。みんなに比べて劣っているのではないだろうか」といった無意味な不安にあしもとをすくわれることなく、「私なりにこれまで経験してきたことや学んできた知識を生かして、ICTにも子どもたちにも接していく」という安定した気持ちを持つことが大切だ。ICTを拒絶することも賞賛しすぎることもなく、「あくまで使うのは私」という“主人公”感覚を忘れずに、子どもたちといっしょにその使いこなしを学んでいってほしい。私自身もまだまだ続くオンライン授業で、学生たちにいろいろきいたりともに考えたりする中で、彼らが「自分で自分を大切にし、自信を持って社会に出る力」を育んでいきたいと思うのだ。

Profile

香山リカ かやま・りか
1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。精神科医としての豊富な臨床経験を活かして、現代人の心の問題を中心にさまざまなメディアで発言を続けている。専門は精神病理学。主な著作として、『友だちのひみつ』(小学館、2021年)、『大丈夫。人間だからいろいろあって』(新日本出版社、2018年)、『「発達障害」と言いたがる人たち』(SB新書、2018年)、『しがみつかない生き方—「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(幻冬舎新書、2009年)。連載誌:北海道新聞(ふわっとライフ)、毎日新聞(ココロの万華鏡)、創(『こころの時代』解体新書)、SFマガジン(SENCE OF REALITY)。

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