theme4 問題が起こらない日常をつくる教育相談活動

授業づくりと評価

2023.03.01

theme 4 問題が起こらない日常をつくる教育相談活動

日本大学教授
藤平 敦

『教育実践ライブラリ』Vol.4 2022年11

事後対応から予防的な教育相談へ

 12年ぶりに改訂された「生徒指導提要」(以下、「改訂版提要」という)では、生徒指導の構造をこれまでの3層構造(「未然防止」「初期対応」「事後対応」)から、新たに4層構造に発展させている。


図1 新たな生徒指導の構造 (出典:文部科学省「生徒指導提要」改訂版(案)令和4年8月26日)

 「未然防止」が「発達支持的生徒指導」と「課題未然防止教育」に分かれ、「初期対応」が「課題早期発見対応」、「事後対応」が「困難課題対応的生徒指導」とそれぞれ呼ばれるようになった。「発達支持的生徒指導」と「課題未然防止教育」は、どちらも問題の兆候が見られない中での先手型の常態的・先行的(プロアクティブ)生徒指導である。一方、これまでの「初期対応」から呼び名が変わった「課題早期発見対応」と、同じく「事後対応」から変わった「困難課題対応的生徒指導」は、どちらも問題の兆候等が見られた中での事後対応型の即応的・継続的(リアクティブ)生徒指導である。

 「発達支持的生徒指導」と「課題未然防止教育」の違いは、課題を起こりにくくするということを意図して行うかどうかである。成長を促す充実した教育活動を行うことで、(結果的に)問題が起こりにくくなること(発達支持的生徒指導)と○○の問題が起こる前に予防的な働きかけをすること(課題未然防止教育)では、意味が全く異なる。しかし、どちらも全ての子どもを対象とする未然防止的な生徒指導であることに違いはない。「問題が起こらない日常をつくる教育相談活動」という本論考のタイトルのうち「問題が起こらない日常をつくる」とは、まさしく「未然防止」(「発達支持的生徒指導」と「課題未然防止教育」)のことである。なお、今回の「改訂版提要」において、最も大きな特徴が生徒指導の新たな構造として整理された2軸3類4層構造の中の「発達支持的生徒指導」である。この意味は、「子どもが自ら発達するのを(教師が)支える」ということで、子どもを主語にしている点である。

 さて、一般的に教育相談というと、全ての子どもを対象にするのではなく、悩みを抱いている子どものみを対象にしている。それは、「教育相談は個人の資質や能力の伸長を援助する」という発想が強い傾向があるからであり、全ての子どもを対象にすることは教育相談というよりは、むしろガイダンスであると考えられているからである。しかし、「改訂版提要」では、予防的な教育相談の在り方として、「発達支持的教育相談」と「課題予防的教育相談」が紹介されている。前者は、「様々な資質や能力の積極的な獲得を支援する教育相談活動」で、「個々の児童生徒の成長・発達の基盤をつくるもの」とのことである。また、後者は「全ての子どもを対象とした、ある特定の問題や課題の未然防止を目的に行われる教育相談」であり、いじめや暴力を防止するためのプログラムや取組を行うことなどが挙げられる。

 このように、今後は事後対応のみにとどまらない予防的な教育相談の在り方が求められる。

逆転の発想から生まれる予防的な教育相談活動

 予防的な教育相談の在り方が求められるとは言うものの、全ての子どもを対象にして予防的な働きかけをすることが教育相談であるとは捉えにくい人も少なくない。それは、教育相談は悩みを抱いている人のみを対象に、1対1で行うことが基本であると考える人が少なくないからである。そこで、全ての子どもを対象に成長を促す教育活動を行いつつ、同時に「発達支持的教育相談」と「課題予防的教育相談」を実践している事例を示したい。

●事例:「Starカード」の取組
 A中学校のB教諭は2年3組の担任である。この学級では4月から大小さまざまな問題を抱えていた。最たるものとしては、からかいのような軽口で友達の悪口を言ったり、それを周りがはやし立てるような風潮が広がっていたことである。その結果、口喧嘩やちょっとした小突き合いのようなトラブルが日常的に起きていた。当然、授業も円滑に進まず、1学期の期末テストの結果はクラス平均で学年最下位となってしまった。また、からかう言葉を真に受けて学校を数日間休んでしまった女子生徒もおり、不登校やいじめの温床になってしまっていると、B教諭は強い危機感を感じていた。

 少しでもクラス内の人間関係を改善しようと、B教諭は2学期から「Starカード」という取組を始めた。これは、クラス内の所定の位置に、生徒一人一人の名前が書かれたメモ用紙と投票箱を用意し、友達の良い行いや感謝したいこと、尊敬する振る舞いなど、気づいたときに好きなタイミングで書き、投票箱に入れるというものである。ある程度、用紙が溜まってきたらB教諭が箱を開け、投票用紙を集計しクラス内のスターを発表するとともに、友達からの言葉を伝えるというものだった。最初は面倒くさそうな様子で投票に積極的ではなかった生徒たちだったが、B教諭の熱心な働きかけや、友達から感謝の言葉を伝えられることの喜びも感じるようになり、徐々に参加意識が高まってきた。B教諭自身も手応えを感じ、クラス内の雰囲気も改善され、学習に対する意欲も高まってきていた。

 幾度目かの集計のとき、B教諭は投票された生徒の名前をパソコン上で管理していたが、そこで初めてあることに気がついた。いままでの複数回の投票のなかで、まったく投票されていない生徒が数人いたのである。いずれの生徒も、授業態度が悪かったり、生活に乱れのあるタイプではなく、大人しく目立ちにくい雰囲気の生徒であった。振り返ってみると、B教諭自身も個別に声をかけた記憶がすぐには思い出せなかった。次の日から、B教諭は積極的に1票も投票されなかった生徒に声をかけていくことにした。また、他の授業中や部活動中の様子等も、同僚の先生方に聞いて回るようにした。働きかけの結果か、それぞれの生徒に積極性が見えるようになり始め、投票用紙にも名前が挙がるようになっていった。このB教諭の取組は全クラスで行うようになり、3年後には、市内で一番不登校数が少なくなっただけでなく、全国学力・学習状況調査の平均正答率も市内でトップになった。

「気にならない子供」に目を向ける

 B教諭が試みた「Starカード」の取組については、同様の方法が多くの学校現場で採用されている。例えば、ある中学校では、職員室に箱を設置し、そこに様子が気になる生徒の名前を教職員が書いて入れていく方式で、同じ生徒の名前が複数挙がったら、情報収集をしたうえで対応を検討していくことで、大きな問題に発展しない早期発見・早期対応に結びついている。また、別の中学校では、教職員が付箋紙を携帯し、生徒のちょっとした「きらめき」に気づいたら即座にメモをして、所定の場所に置かれた台紙に貼り付けていくという取組を行っている。どちらの取組も、生徒の様子がわかりやすくなるとともに、教職員間で生徒の情報が共有できることにつながるため、いじめの未然防止や早期発見にも効果的である。また、他の先生からのコメントを通知表の所見欄に記入する際に参考にするという活用方法もあるようである。

 しかし、A中学校での「Starカード」の取組において注目してほしいポイントは他にある。それは、「Starカード」の取組を通して、B教諭が「気にならない生徒」に目を向けることができたことである。勉強のできる生徒・できない生徒、生活態度に課題のある生徒などは、良くも悪くも目に留まりやすい。結果、そのような生徒は多くの教職員の目が注がれるため、学習上や生徒指導上の大きな問題に発展することを防ぐことに結びついている場合が少なくない。一方、大人しく目立たない生徒は授業中も真面目に取り組んでいることが多いため、教師も安心してしまい、ついつい目が離れがちになってしまう場合がある。しかし本当は授業がわからずにいるが、「わからない」と言えないでいたり、わかったふりをしている生徒も少なくない。適切な学級経営をしていく上では、このような「気にならない生徒」=「目立たない生徒」に、いかに注目していくかが大きなポイントとなる。

 こういった生徒の存在を可視化して、効果的に働きかけることができたB教諭の取組は、まさしく「発達支持的生徒指導」の取組である。また、悩みのある生徒からの相談を待つ受け身的な教育相談ではなく、教師が積極的に「気にならない生徒」に目を向けるという、まさしく「予防的な教育相談」である。今後、このような「予防的な教育相談」に結びつくような取組が意図的、計画的、そして組織的に行うことが期待される。

 なお、意図的、計画的、そして組織的に行うためには、取組の目的や子どもの実態に即して、取組を整理することが効率的である(図2参照)。


図2 2つのチーム学校

 図2は、不登校の対応を目的や子どもの実態に即して、取組を整理したものである。不登校の児童生徒数は、小1から中3へと学年が進むごとに増えているのが現状である。これは前年度からの継続した不登校数に加えて、毎年新たに新規不登校数が加わっているからである。1つの大きなポイントとして、教員はまず「新規数を抑制する」という部分に注意を払う必要がある。「不登校支援」というと、どうしてもすでに不登校になってしまっている児童生徒に対して目を向けがちであるが、図2の1、2の「前年度不登校でなかった」子どもに対する働きかけ、つまり、新規数を抑制するための取組を考えることが大切である。そのためには、全ての子どもにとって、教室が安心できる場所であるための居場所づくりが重要になる。

 また、継続して不登校である子どもが再び学校に通えるようになるためには、時間を要するケースが少なくない。そして、それは、教師一人の力には限界がある。継続して不登校である子どもを支援する際には、スクールカウンセラーなどの専門家と役割分担をしながら、クラスの全ての子どもが気持ちよく学校に通える環境を作る。これこそが、教師の第一の役割であり、それは「発達支持的教育相談」の働きかけである。「発達支持的教育相談」を進めていくためにも、教員の同僚性を生かした「チーム学校」とスクールカウンセラーなどの専門職を交えた「チーム学校」という2つの体制を分けて考えることが、これからの予防的な教育相談を進めていくうえで必要な視点である。

 

 

Profile
藤平 敦 ふじひら・あつし
20年間の高等学校教諭を経て、平成19年4月より文部科学省国立教育政策研究所生徒指導・進路指導研究センター総括研究官。平成31年4月より現職。学校心理士。日本生徒指導学会常任理事・関東支部担当理事。主な著書に『研修でつかえる生徒指導事例50』(学事出版)、『最新教育課題解説ハンドブック』(ぎょうせい、共著)など。好きな言葉は「ローマは一日にして成らず」。

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