introduction “令和の日本型校長像”を考える
トピック教育課題
2023.07.18
introduction “令和の日本型校長像”を考える
千葉大学名誉教授
天笠 茂
令和の日本型学校教育を実現する校長像とはどのようなものか。実務面・人間性を含めて論じることにしたい。
中央教育審議会答申(令和3年1月26日)が描く日本型学校教育
まずは、日本型学校教育とはどのようなものか。「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」(以下、「答申」)を取り上げることにする。
「答申」は、日本型学校教育について、「子供たちの状況を総合的に把握して教師が指導を行うことで、子供たちの知・徳・体を一体で育む」と述べている。その上で、日本型学校教育は、全ての子供たちに一定水準の教育を保障する平等性の面において、また、全人教育という面において、諸外国からも高く評価されているとし、その成功の要因として、学校給食や課外活動など広範囲に及んで全人的な教育を提供していることにあるとしている。
いずれにしても、知・徳・体を一体的に育む調和のとれた学校教育こそ日本型学校教育の神髄であり、そのバランスのとれた学校教育を教育の機会均等と教育水準の維持・向上の名のもとに実現を目指したことが、そして、その全人的な陶冶、社会性の涵養を目指したことが、日本人の礼儀正しさ、勤勉さ、道徳心の高さにつながっているとしている。
しかし、「答申」は、社会構造の急激な変化のもとに、日本型学校教育の高い成果も過去のものとなりつつあることを認め、「課題が生じていることも事実である」と述べている。「答申」は、学校教育が直面している課題として、①子供たちの多様化、②生徒の学習意欲の低下、③教師の長時間勤務による疲弊、④情報化の加速度的な進展に関する対応の遅れ、⑤少子高齢化、人口減少の影響、⑥新型コロナウイルス感染症の感染拡大、をあげている。
「答申」は、知・徳・体のバランスのとれた日本型学校教育のよさを維持していくには、躊躇なき改革が避けて通れないと、その方向について、①学校教育の質と多様性、包摂性を高め、教育の機会均等を実現する、②連携・分担による学校マネジメントを実現する、③これまでの実践とICTとの最適な組合せを実現する、④履修主義・修得主義を適切に組み合わせる、⑤感染症や災害の発生等を乗り越えて学びを保障する、⑥社会構造の変化の中で、持続的で魅力ある学校教育を実現する、をあげている。
このように、日本型学校教育のよさを受け継ぎながら更に発展させていくには、必要な改革を躊躇なく進めるというのが「答申」の立場である。
学校として取組が求められる4つの課題
その改革の取組としてあげられた課題が、次の4つである。
(1)学習指導要領への対応
すでに高等学校まで全面実施に至った新学習指導要領について、その細かな対応について述べることは避けるにしても、個別最適な学びと協働的な学びの実現と結びつけた取組が求められている。
「答申」は、学習指導要領を踏まえ、教育課程に基づき組織的かつ計画的に各学校の教育活動の質の向上を図ること(カリキュラム・マネジメント)が重要であるとしている。校長のリーダーシップの下、教職員それぞれがチームの一員として組織的・協働的に取り組む力を発揮しつつ、家庭や地域社会と連携しながら、学校教育目標に向かっていく運営が求められている。
多様性のあるチームによる「自立」した学校のマネジメントについて、教育課程に基づき組織的かつ計画的に教育活動の質をはかるカリキュラム・マネジメントが柱となる。
(2)GIGAスクール構想への対応
次に、「答申」は、2020年代を通じてICTを基盤とした日本型学校教育の実現を目指すとし、それを「令和の日本型学校教育」と名付けるとしている。ICTを基盤とする学校教育に大きく舵を取ろうとするのが令和の「答申」であり、その象徴が「1人1台端末」である。2020年、GIGAスクール構想の実現のために予算が計上され、これにともない「1人1台端末」が子供たちに届くとともに、学校における高速大容量のネットワーク環境の整備が進められた。
「答申」は、これまでの実践とICTの活用を適切に組み合わせていくことによって、これからの学校教育を大きく変化させるといっている。ハード面の整備が一定程度進んだことによって、授業の質という観点から、「1人1台端末」の活用が問われている。
「答申」は、ICT活用が目的化してしまわないように留意する必要があるとか、一斉授業か個別学習か、デジタルかアナログか等といった「二項対立」の陥穽に陥ることのないようにとか、児童生徒の健康面への影響など留意すべき点もあげている。その上で、ICTの活用によって学校教育の質の向上を求めている。ICTの活用による学習の効果の最大化を図るマネジメントが問われれている。
(3)働き方改革への対応
一方、学校における働き方改革について、「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について」(平成31(2019)年1月25日)は、その目的を次のように述べている。
「自らの授業を磨くとともに日々の生活の質や教職人生を豊かにすることで、自らの人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようになること」
このたびの学校における働き方改革は、法律や制度、学校のシステムや組織文化、そして、教職員個人と、それぞれのレベルにおいて、これまでの働き方の見直しが求められている。
このうち、学校においては、「基本的には学校以外が担うべき業務」・「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」・「教師の業務だが、負担軽減が可能な業務」をもとに、保護者や地域の理解を得つつ取り組むことが大切である。とりわけ、働きやすい環境という観点から、健全な組織文化の維持・形成ということが、学校経営にとって課題とされる。
(4)新型コロナ感染症への対応
さらに、新型コロナウイルス感染症について。平時の社会経済活動に戻ることをねらいに大幅な緩和に踏み切るとし、2023(令和5)年5月8日、新型コロナウイルス感染症について感染法上の分類を「5類」に引き下げるとのこと。感染症への対応を優先せざるを得なかった学校にとって、新たな局面が訪れようとしている。これからも増加と減少の波を繰り返しながら推移していくことが予想されるなかで、コロナ後への一歩をいかに踏み出すかが問われるところまできた。一律の対策から個々の判断への移行を図り、転機をもたらそうとする政府の決定に学校も向き合うことが求められている。
校長のリーダーシップのもとに取り組む連携・分担による学校マネジメント
これら課題への対処にあたり、学校のかじ取りを任された校長には組織として取り組む体制の整備が求められている。令和の日本型学校教育を説いた「答申」は、校長を中心に学校組織のマネジメント力の強化を強調し、「連携と分担」による学校マネジメントの要件として、①多様な人材が指導に携わることができる学校の実現、②事務職員の財務・総務等に通じる専門職としての期待、③ミドルリーダーがリーダーシップを発揮できる組織運営、④学校組織全体としての総合力の発揮、⑤地域全体で子供たちの成長を支えていく環境の整備、⑥保護者や地域住民等の参加・参画による学校運営を行う体制の構築、⑦家庭教育支援に関する取組の推進、⑧家庭や地域社会との連携による社会とつながる協働的な学びの実現などをあげている。
このように学校が組織としての力を発揮して課題に取り組むにあたって、核となるのが校長であり、リーダーシップの発揮である。「答申」は、連携と分担によるマネジメントを述べるにあたって、「校長のリーダーシップの下」とか、「校長を中心」という文言を記し、校長がキーパーソンであることを強調している。そこで、リーダーシップ発揮のポイントを3つあげておきたい。
(1)時代の動きを見つめる
まずは、4つの課題への取組について、その目指す目標や方針の設定、グランドデザインの提示、教育課程や学校経営計画の策定が求められる。その際、これら諸要素の構造化が求められ、計画立案にあたっての構想力が問われることになる。
そこで、問われるのは、時代の動きを洞察する知力とのつながりである。先の見通せない時代にわれわれは立っている。しかし、先が見通せないという言葉に安易に乗ってしまうことに気をつける必要がある。時代の波に翻弄され、気がついてみたら思ってもみなかったところに持っていかれる、ということにもなりかねない。
その意味で、時代の動きを読み取る知力を磨くことから、知識や情報を得ることにこだわり続けることもまた大切なことということになる。いずれにしても、目標の設定や計画の策定にあたって、基盤となるのは、時代の動きを見つめ、経年劣化に目を向けつつ、未来への道を開こうとする意思と識見である。
(2)共に成長する
次に、共に成長するというマインドの形成と共有について。教職員への動機づけが協働を生む。保護者・地域の人々から参加・参画意識を引き出す。これもまた校長のリーダーシップ発揮において期待されるところである。
そのために、成長意欲へのアプローチということも大切な経営手法ということになる。教職員の成長への働きかけを通して組織の成長を図る。優れたミドル層を育てるということも、また、参画意識を育てることも、煎じ詰めると教職員をはじめとする人々を育てることと重なる。保護者や地域の人々の学校の運営への参加・参画にしても、そのエネルギー源を自らの成長への意欲に求める。
共に成長する意思の形成と共有を目指したリーダーシップの発揮もまた、令和の日本型学校教育の創造にとって大切な要件ということになる。
(3)組織をイノベーティブに
いずれにしても、それぞれの役割を分担し、組織全体としての総合力を発揮するには、学校組織がイノベ―ティブであることも重要である。新型コロナ感染症への対応もあって、学校は指示待ちの体質を一層深めることになった。その蓄積してしまった指示待ち体質からの脱却が、主体性の回復が個人においても組織においても問われる。
その一環として、組織をイノベ―ティブな状態に持っていく働きかけが求められている。言われれば動く、しかし、指示されなければ動かない。この体質改善が学校組織にも求められている。
学校としての主体的・自律的な判断が大切ということである。その土壌を耕すということにおいて組織をイノベ―ティブにしていく。リーダーシップ発揮の要件として組織の体質改善への働きかけも位置付けておきたい。
リーダーシップ発揮の源泉
さて、ここまで令和の日本型学校教育の実現を目指す学校の在り方を述べてくると、校長の人間的な側面が浮かび上がってくる。
教職員をはじめ保護者や地域の人々など多様な人々を引き付けるリーダーとしての校長には、人間的な魅力や人としての在り方、すなわち、人間力や知力が求められることになる。学校という組織を率いるリーダーは、人々を引き付ける人間的な魅力がリーダーシップ発揮の源泉となり基盤となっていることも少なくない。
その意味で、校長には、学校経営にあたり自分らしさに目を向けることも求められる。組織を掌握するにしても、その歩むべき方向性を示すにしても、自分らしさの発揮が大切なのではないか。自分らしさを発揮できてこそマネジメントする力も取り戻せるのではないか。改めて、自らを見つめ、自らへの省察を通してリーダーシップ発揮を確かなものにしていく。令和の日本型学校教育は、そのような校長の在り方を問いかけていることも確認しておきたい。
Profile
天笠 茂 あまがさ・しげる
東京都生まれ。川崎市公立小学校教諭、筑波大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。千葉大学講師、助教授、教授を経て、平成28年度より特任教授。千葉大学名誉教授。学校経営学、教育経営学、カリキュラム・マネジメント専攻。中央教育審議会副会長。同初等中等教育分科会教育課程部会長。主な著書として『学校経営の戦略と手法』『カリキュラムを基盤とする学校経営』『新教育課程を創る学校経営戦略―カリキュラム・マネジメントの理論と実践―』など。