“普通にいい授業”を創る [最終回]子どもは常に新しい自分を生きている

トピック教育課題

2023.05.31

“普通にいい授業”を創る
[最終回]子どもは常に新しい自分を生きている

上智大学教授 
奈須正裕

『教育実践ライブラリ』Vol.6 2023年3

座席表に基づく計画指名が奏功しない時

 授業の最後に、子どもたちに今考えていることを書いてもらい、クラスの机の配置を描いた紙の一人ひとりの座席の位置に、その子の考えの要点を書きこんでいきます。そう、座席表です。これにより、子どもたちの考えが一目瞭然で見渡せますし、さらに座席表の上で指導計画を練ることもできます。どの子とどの子が似た意見、対立した考えを持っているかを見渡しながら、ならば次時の冒頭ではまずこの子の考えを聴き、次にこの子を指名して反対意見を出させよう、といった具合です。いわゆる計画指名ですね。

 しかし、いつもうまくはいきません。三日前の振り返りでは強いこだわりを持っていたのに、そして今まさにそのことを話すべき場面なのに、挙手してきません。ならばと、指名してみると、すっかり違うことを語り出したりするのです。

 「あのさあ、それもいいんだけど、誰も気づかなかったすごい発見があるでしょう。それを先生、みんなに聞かせてあげたいなあって。振り返りの真ん中あたり。実験結果から不思議に思ったってところの。あっ、それじゃなくて、もうすこし後。そう、それそれ、そこのところ。自分の言葉でいいからお話してくれませんか。どうしたの? 難しい? だったら、そこのところを読んでくれればいいから」

 あわてると、ついやってしまう対応です。授業は生気を失い、それまで子どもの側で躍動していた学びのリズムがパタリとやんでしまう瞬間です。

 見とりが間違っていたのでしょうか。いや、振り返りにも書いていますし、授業後もわざわざ担任のところに来て話してくれました。なのに、なぜ今日は話そうとしないのでしょう。授業後にその子に聴いてみたところ、理由は単純でした。

 「前の授業で納得がいかなかったので、家に帰ってから図書館に行ったり、インターネットでも調べたりしたら、いろいろとわかって、疑問は全部解消していたんです」

 子ども自らが学びを深めていた、つまり子どもが成長していたから、教師の見とりが奏功しなかったのですね。何とも皮肉なことですが、子どもの学びと育ちは片時も止まってはいませんし、子どもは常に新しい自分を生きているのです。

昨日ノートに書いたことは昨日の自分

 六年生国語科『やまなし』の授業。子どもたちは前時の終わりに、各自の読みをノートにまとめていました。今日はそれに基づき、お互いの考えを聞き合います。

 話し合いに先立ち、子どもたちはもう一度新たな気持ちで『やまなし』をじっくりと音読しました。国語科授業の定番とも言える流れです。

 さて、いよいよ聞き合いです。子どもたちは当然のように、ノートを机の上に準備していました。ところが、担任の口から意外な言葉が飛び出します。

 「いよいよ、みんなが楽しみにしていた聞き合いの時間です。ノートは閉じましょう。昨日ノートに書いたことは、昨日の自分です。今、再びお話を読みましたね。いい声で読めていました。いろんなことを考えたり、感じたりしたでしょう。そんなたった今の自分が感じていること、思い浮かべている景色について、意見を出し合いましょう」

 国語科の授業の冒頭、音読するのは何のためでしょうか。間違っても、習い性で何となくやってはいけません。さまざまなねらいが考えられますが、この授業では、昨日とは違う今日の自分、その新たな命として作品と対決するために音読をしていたのです。

 ノートに書いたことをただ発表するのでは、すでに抜け殻でしかない昨日の自分を亡霊のように今日のこの時間に蘇らせることになりかねません。だからこそ、担任はノートを閉じさせました。そして、再度の音読を終えた今現在の自分を深く省察し、そこに躍動する感情や思考から学びを立ち上げようとしたのです。

 見とりは、授業づくりの要諦です。少しでも的確な見とりをしようと、子どもの発言やノートを丁寧に分析し、座席表に書き込んできました。しかし、座席表に書き込まれた子どもの感情や思考は昨日のあの子たちであって、今日のこの子たちではありません。

 子どもは時々刻々変化しています。一方、教師は昨日の子どもの見とりでしか授業を構想できないのです。この深いディレンマに、どのように立ち向かえばよいのでしょうか。

 一つのヒントは、いかに変化しているとはいえ、子どもの感情や思考は連続しており、何らかの一貫性、全体としての調和を保っているということです。学びが自分ごとになっていればなおのこと、子どもの今日は、昨日との緻密で構造的な結びつきの中に存在しています。変化するといっても、思いつきでころころ変わるわけではありません。

 ならば、やはり昨日までのあの子たちの丁寧な見とりから授業は構想し、教室に行ったなら、それにとらわれることなく、と同時に座席表でつかんだ一人ひとりの見とりとの連関を頭に置きながら、今目の前で生きているこの子たちの感情や思考を鋭敏に感じ取ろうとしてはどうでしょうか。教師も子どもと共に、昨日と連続した今日の新たな自分を生きる。授業とは、実にそのような営みであり出来事なのです。

 

 

Profile
奈須正裕 なす・まさひろ
 1961年徳島県生まれ。徳島大学教育学部卒、東京学芸大学大学院、東京大学大学院修了。神奈川大学助教授、国立教育研究所室長、立教大学教授などを経て現職。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会会長。主著書に『子どもと創る授業』『教科の本質から迫るコンピテンシー・ベイスの授業づくり』など。編著に『新しい学びの潮流』など。

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