スクールリーダーの資料室
スクールリーダーの資料室 今後の主権者教育の推進に向けて(中間報告)
トピック教育課題
2021.01.30
スクールリーダーの資料室
今後の主権者教育の推進に向けて(中間報告)
令和2年11月2日
主権者教育推進会議
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.4 2020年11月)
◯ 平成18年に改正された教育基本法では、第1条に(教育の目的)として、「教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない」と規定された。
また、同法第14条(政治教育)では「良識ある公民として必要な政治的教養は、教育上尊重されなければならない」こと及び「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない」ことが規定された。
こうした教育基本法の規定に基づき、教育においては、これからの社会を担う子供たちに、主体的に国家及び社会の形成に参画するために必要な資質・能力の育成に向けて、政治的教養に関する教育の充実を含めた取組を推進することが一層重要となっている。
◯ このような取組を重視する動きは、本主権者教育推進会議にて訪問調査した英国におけるシティズンシップ教育をめぐる取組や、ドイツにおける中立原則(ボイテルスバッハ・コンセンサス)の下での政治教育の取組や、ヒアリングにおけるOECDのLearning Framework 2030におけるAgency(「自ら考え、主体的に行動して、責任をもって社会変革を実現していく力」ともされている)の育成を重視する方向性とも軌を一にするものである。
◯ 加えて本会議では令和元(2019)年5月のOECDの閣僚理事会で採択(日本政府も採択)されたRecommendation of the Concil on Artificial Intellegence(人工知能に関する理事会勧告)に注目したい。同勧告ではAI(人工知能)の関係者が共有すべき5つの価値観に関する原則の一つにhuman-centered values and fairness(人間中心の価値観及び公平性)を掲げ、「AIのアクターは、AIシステムのライフサイクルを通じ、法の支配、人権及び民主主義の価値観を尊重すべき」であり、「人間による最終的な意思決定の余地を残しておくことなど、状況に適した形で、かつ技術の水準を踏まえたメカニズムとセーフガードを実装すべきである。」としている。同勧告は、AI(人工知能)の飛躍的な進化が予想される未来社会を見据えて、児童生徒一人一人に対して、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質・能力を育成していくことが、より一層求められていることを示すものといえよう。
◯ 我が国の近年の状況に目を転じれば、後述するように公職選挙法等の改正により、選挙権年齢が満18歳に引き下げられ、令和4年度からは成年年齢が満18歳へと引き下げられることとなり、平成29年及び30年に改訂された新学習指導要領の下で、子供たちに、これまで以上に主権者として必要な資質・能力を確実に身に付けさせていくことが喫緊の課題となっている。特に新学習指導要領は、上記のLearning Framework 2030と同様に2030年頃の社会を見据えて改訂しており、「2」に後述する提言を踏まえ、主権者教育の充実に向けた政策を着実に展開していくことが重要である。
◯ このような状況を踏まえて設置された、本主権者教育推進会議においては、平成30年8月から、有識者からのヒアリング、諸外国(イギリス、ドイツ)への訪問調査、教育委員会や学校への訪問調査を行うとともに、主権者教育推進オンラインシンポジウムにおける意見交換を参考にするなど、主権者教育の推進方策について精力的な検討を重ねてきた。
本稿は、これまでの議論の状況を中間的にまとめるものである。
1.主権者教育推進の背景、経緯と課題
(1)主権者教育推進の背景とこれまでの取組の経緯
◯ 平成27年6月に公職選挙法等の一部を改正する法律が成立・公布され、公職の選挙権を有する者の年齢が満18歳に引き下げられた。
◯ 同法改正等により、高等学校段階の生徒の中にも選挙権を有する生徒が在籍することとなることを踏まえ、文部科学省では、昭和44年に発出した「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(初等中等教育局長通知 以下「昭和44年通知」)を半世紀ぶりに見直し、平成27年10月に「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」(初等中等教育局長通知 以下「平成27年通知」)を発出した。
政治的教養に関する教育に関し、昭和44年通知は、授業妨害や学校封鎖などが発生していた当時の時代状況を踏まえ、授業における現実の具体的な政治的事象の取扱いについては慎重を期さなければならないという観点から留意事項を示すものであった。
その一方で、平成27年通知では、公職選挙法の改正による選挙権年齢の引き下げを踏まえ、習得した知識を活用し、主体的な選択・判断を行い、他者と協働しながら様々な課題を解決していくという国家・社会の形成者としての資質・能力を生徒に育むことを一層期待し、政治的中立性を確保しつつ、現実の具体的な政治的事象を扱うことや、実践的な教育活動を積極的に行うことを明確化するとともに、例えば生徒が自分の意見を持ちながら、異なる意見や対立する意見を整理し、議論を交わすことを通して、自分の意見を批判的に検討し、吟味していくことの重要性を示している。このように、政治的教養に関する教育の取扱いの充実が図られたことは画期的な出来事であったといえる。
◯ 文部科学省では、平成27年通知において示した教育を実現する観点から、次のような取組を進めてきた。
・ 総務省と連携して作成した政治や選挙等に関する副教材である「私たちが拓く日本の未来」を高等学校等に平成27年度から継続的に配付し、その活用を通した指導の充実を推進。
・ 平成27年11月に義家弘介文部科学副大臣(当時)の下に「主権者教育の推進に関する検討チーム」を設置し、中間まとめ(平成28年3月)、最終まとめ(平成28年6月)を作成。これらのまとめでは、①主権者教育の目的を「単に政治の仕組みについて必要な知識を習得させるにとどまらず、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一人として主体的に担うことができる力を身に付けさせること」とした上で、②学校教育のみならず地域、家庭等における取組の推進方策を整理。これに基づく取組を文部科学省においてこれまで推進。
・平成29及び30年に公示した学習指導要領等(「新学習指導要領」という。以下同じ)において、高等学校における「公共」の新設をはじめ幼稚園・小学校・中学校・高等学校段階を通じて主権者教育に関する内容を充実。
(2)新学習指導要領における主権者教育の充実
①中央教育審議会における審議
◯ 新学習指導要領の改善方針について審議した中央教育審議会の答申(「幼稚園・小学校・中学校・高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善及び必要な方策等について(答申)」平成28年12月21日中央教育審議会 以下「答申」という。)では、議会制民主主義を定める日本国憲法の下、民主主義を尊重し責任感をもって政治に参画しようとする国民を育成することは学校教育に求められる極めて重要な要素の一つであり、満18歳への選挙権年齢の引き下げにより、小学校・中学校からの体系的な主権者教育の充実を図ることが重要であるとされた。
◯ 具体的には、国家・社会の基本原理となる法やきまりについての理解や、政治、経済等に関する知識を習得させるのみならず、事実を基に多面的・多角的に考察し、公正に判断する力や、課題の解決に向けて、協働的に追究し根拠をもって主張するなどして合意を形成する力、よりよい社会の実現を視野に国家・社会の形成に主体的に参画しようとする力を育成することが重要とされている。また、これらの力を教科等横断的な視点で育むことができるよう、教科等間相互の連携を図っていくことが重要であるとして、小学校・中学校の社会科、高等学校の地理歴史科、公民科等はじめ、家庭科や特別活動等における指導内容の充実が求められた。
◯ 特に、高等学校においては、家庭科、情報科や総合的な探究の時間等と連携して、現代社会の諸課題を捉え考察し、選択・判断するための手掛かりとなる概念や理論を、古今東西の知的蓄積を踏まえて習得するとともに、それらを活用して自立した主体として、他者と協働しつつ国家・社会の形成に参画し、持続可能な社会づくりに向けて必要な力を育む公民科の共通必履修科目としての「公共」を設置することなどについて提言された。
②学習指導要領の改善
◯ 同答申を踏まえ改訂された新学習指導要領では、現代的な諸課題に対応して求められる資質・能力として「主権者として求められる力」を挙げ、小学校・中学校・高等学校の各段階を通じて教科等横断的な視点で育成することとされている。
◯ 例えば小学校社会科で市町村による公共施設の整備、租税の役割、中学校社会科(歴史的分野)で民主政治の来歴、同科(公民的分野)で民主政治の推進と、公正な世論の形成や選挙など国民の政治参加との関連を扱うこととされた。また、高等学校では、現代の諸課題に関わる学習課題の解決に向け、自己と社会のかかわりを踏まえ、社会に参画する主体として自立することや、他者と協働してよりよい社会を形成すること等を目指す共通必履修科目として「公共」を新設するなど、主権者に関する教育の充実が図られた。
◯ 新学習指導要領は、本年度から小学校において全面実施され、令和3年度には中学校での全面実施、令和4年度からは高等学校において年次進行により順次実施に移されることとなっている。
(3)主権者教育をめぐる課題
◯ 公職選挙法の改正により選挙権年齢の満18歳以上への引き下げがなされて以降、これまで3回の国政選挙が行われ、18歳の投票率及び高等学校段階を終えた19歳、20歳の投票率が低下する結果となっている。
選挙の投票率を規定する要因は、その時々の政策の争点や選挙当日の天候等、様々な事情が総合的に影響するものと想定され、投票率の高低を主権者教育の結果として短絡的に結びつけることは困難である一方、投票という行為は主権者としての行動の一つであり、主権者教育の「出口」としての側面を有している。主権者教育を通した主権者として必要な資質・能力の育成が、今後の「投票率」のみならず、その質ー「投票質」ーの向上・深まりにもつながっていくことを期待するものである。
◯ これに対し、主権者教育の「入口」は社会の動きに関心を持つことにある。主権者教育推進会議としてはこのような考え方を出発点としながら、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養う等の観点から、新学習指導要領の下、政治や社会などに係る諸課題に関心を持ち追究する中で、主権者として必要な資質・能力を、各学校段階における学びを通じて、あるいは家庭や地域における学びを通じて、社会総がかりで児童生徒に確実に育成していくための方策を講じていくことが重要であるとの共通理解に立って検討を行った。
①学校教育をめぐる課題
◯ 文部科学省が令和元年度に高等学校等を対象に行った「主権者教育(政治的教養の教育)実施状況調査」では、調査実施年度に第3学年に在籍する生徒に対して主権者教育を実施したと回答した割合が全体の95.6%を占めるなど、その取組の充実が認められる一方、取組の内容を見ると、平成27年通知で示した「現実的な政治的事象についての話し合い活動」に取り組んだ割合が3割強
(34.4%)に留まることや、指導に当たって関係機関と「連携していない」と回答した割合が5割弱(48.2%)あることなどの課題が見られる。
◯ 主権者教育を充実するためには、幼少期の頃から主権者としての意識を涵養するとともに、新学習指導要領に基づき、小・中学校の段階から指導の充実を図ることが重要である。その際、社会科や公民科のみならず家庭科、特別の教科道徳、特別活動や総合的な学習(探究)の時間等を中心に新学習指導要領に示す既存の内容のうち主権者教育に関わる内容相互の関連を図るなど、児童生徒の学習負担にも配慮しつつ教育課程全体を通じた指導の充実を図ることも合わせて重要である。
②家庭、地域における教育をめぐる課題
◯ 子供たちの主権者としての意識を涵養するためには、人格形成の基礎が培われる幼少期からの取組が大切であり、子供たちが多くの時間を過ごす家庭や地域も、主権者教育の場として重要である。
◯ 特に、家庭における教育としては、人格形成の基礎が培われる幼少期から、社会との関わりを意識する機会を増やすことが重要である。
◯ 地域における教育としては、身近な地域の課題などを知り地域の構成員の一人としての意識を育み、地域の課題解決に主体的に向き合うためには、地域の教育資源を活用した教育活動、体験活動や地域行事等に、社会の一員として主体的に参画できる機会を増やすことが重要である。
◯ 加えて、地域において社会全体で主権者教育を推進する機運を高めるためには、学校、家庭、地域、企業などの多様な主体の連携・協働による取組が重要である。
③ 主権者教育の充実に向けたメディアリテラシーの育成をめぐる課題
◯ 主権者教育を充実し、政治的事象など現実社会の諸課題について子供たちが多面的・多角的に考察を深めるためには、各種の統計、白書、新聞やインターネットの情報などの豊富な資料や多様なメディアを活用して情報を収集・解釈する力や、情報の妥当性や信頼性を踏まえて公正に判断する力などのメディアリテラシーの育成を学校のみならず家庭においても図ることが重要である。