職員室の人間関係づくり
職員室の人間関係づくり[第1回] 「先生力」を問う
トピック教育課題
2020.09.14
職員室の人間関係づくり[第1回]
「先生力」を問う
東京聖栄大学教授
有村久春
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.1 2020年5月)
本連載では教職員間の人間関係のあり様を考えます。この実態模様が子供の学習活動と先生の生き方に大きく関与しています。
いわゆる〈職員室の品格〉を問い、そこでの「先生力」の錬磨を問うことです。専門性の高い組織体としては必然のことです。
いま、「コロナ事態」にあって、社会全体に不安感が漂っています。早期の収束を願いつつ、隔月年6回の紙面で職員室の窓から見える〈教育と子供〉を考えたく思います。
「先生力」の大きさ
やや硬い発想ですが、子供自らが教育の目的である〈人格の完成〉1を成していくには、子供の学びを支える教師の存在と学び合う子供との関係のよさが不可欠です。学習指導要領の知見2をかりると、その意味を図1のように描けると思います。
すなわち、個々の子供が自らの学びの力〈(1)~(3)〉を獲得していくには、それらに呼応する先生の力量が欠かせません。周知のようにこの3つは、次代を生きていくために不可欠な学びの基礎であり、自らを涵養するエネルギーになるものです。
回り廻った言い方ですが、その実現には先生自体の人間性や先生同士の人間関係のあり様が大きく作用します。先生の専門性と教師間の信頼感が、子供の学びの力と生きる力に資するということです。
かつて、文科省の学力調査の結果が比較的高いとされるある県の学校を訪問した際、「うちは何も特別なことはしていません。本校の教員は互いの専門性を出し合って教材研究に取り組みます。それが子供との勉強に活かされているのでしょう。学校行事もとても盛んです」との校長の言葉が耳に残っています。取り立てたパフォーマンスは感じなかったものの、子供との信頼感をベースにした日々の教育実践の確かさを実感したものです。
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いま、多くのスクールリーダーが困惑したなかに新年度をスタートさせています。いうまでもなく新型コロナの影響に尽きます。学校は予期できない事態に置かれています。
「三密」やコミュニケーションなど人と人との豊かな関係性を重視する教育活動にあっては、まさにピンチそのものです。危機に向き合い、子供の生命を守ることは私たち先生の使命であるがゆえに極めて厳しい状況にあります。この現実を共有したく思います。いまこそ先生力発揮のチャンスです。
「先生」であること
この困難な事態にあって、「先生」の存在を改めて問いたいところです。医学の父とされるヒポクラテスの9つの誓いが思い浮かびます3。
1.医の実践を許された私は、全生涯を人道に捧げる。
2.恩師に尊敬と感謝をささげる。
3.良心と威厳をもって医を実践する。
4.患者の健康と生命を第一とする。
5.患者の秘密を厳守する。
6.医業の名誉と尊い伝統を保持する。
7.同僚は兄弟とみなし、人種、宗教、国籍、社会的地位の如何によって患者を差別しない。
8.人間の生命を受胎のはじめより至上のものとして尊ぶ。
9.いかなる強圧にあうとも人道に反した目的のために、我が知識を悪用しない。
いま、医療の最前線で従事されている方々がこの理念のもとに全力投球されています。
教員の職務は医者の仕事とは異なります。しかし理念もそこにある感情も重なり合うところが大です。子供の命を大切にし、未来の生き方を学び合うことを生業としています。
この誓いの文言の「医」を「教育」に、「患者」を「子供」に置き換えると、教員の専門性と一致することに気づきます。今日の医療関係者の献身的な努力に一歩でも近づきたいところです。
御茶ノ水駅から見える東京医科歯科大学の10号館壁画レリーフ(総合教育研究棟最上部)に、「元祖先生」の精神を学ぶことができます4。
3点のレリーフのうち、中央はラファエロ作「アテネの学堂」(対話による教育の原点)です。左はヒポクラテス像と医師の心得とされる「ヒポクラテスの誓い」、そして右は歯科医師モートンによる世界最初の全身麻酔公開実験を描いたロバート・ヒンクリーの作品ということです。実に興味深いレリーフです。実際に御茶ノ水駅のホームから仰ぎ見ると、身の引き締まる思いがします。
「先生力」:3つの基盤
連載の初回でもありますから、教職員の人間関係づくりの基本を私なりにチェックしておきたいと思います。スクールリーダー(管理職)としての視点をどこに置くのか? 教員個々の教育観と職業観を思うとき、「授業」「専門性」「センス」を互いに磨き合うような学校環境づくりが求められます。
それらの具体策は、スクールリーダーの各人にある自らの教育論(情念:パッション)や学校づくりの方針等によって、それこそ〈地産地消的な職員室づくり〉をしていくことが大切でしょう。
「校長が変われば学校が変わる」を実践する場としての職員室のカタチを問い直すことではないでしょうか。〈変わっていく姿の見える学校〉では、3つを磨き合う問いが飛び交うでしょう。そして、先生個々の情熱ある語らいや情報交換が職員室を包み、変革への道筋を確かにするものと考えます。
(1)教員の授業に学ぶ
いうまでもなく、先生の仕事は授業そのものにあります。子供たちと一緒に遊び・学び合うことです。そのフィールド(教室や校庭)において、先生は自らのよさと専門性を最大限に発揮するものです。
とりわけ子供個々に身に付けさせたい〈陶冶と訓育〉をベースにして、そこにある教育する(educe:引き出す)営みを瞬間的にしかも感覚的に構成します。そして、そこでの子供との言語や感情の交流から新たな思考や価値を再構築していくのです。
このような子供と先生の学び合いのプロセスにおいて息抜きや手抜きをしようとする教員は存在しません。ここに子供自身にも先生にも、自己の存在と学びの基盤が形成されていくものです。それゆえ、授業でのつまずきやそこでの子供との関係のあり様が双方の悩みにもなり課題にもなるのです(コロナ事態によるここ3か月のブランクをどう補償するか、9月入学実現を願う)。子供を理解し、教材研究や授業分析などを熱心に行う〈まじめな先生〉ほど、授業そのものの質と内容の重要性をよく分かっています。
ですから、スクールリーダーによる「A先生の授業では子供一人一人が生き生きしている」「教材研究や展開の工夫が週案簿からも読み取れる」などの一言が教員の授業力を高めることになります。そこでは、図3に例示するような授業構成の要素5を踏まえた具体的な援助がみられるでしょう。
そのポイントは、子供の学びの実際に即応した教師の環境づくりがどのような場面でどのように機能しているのか、またplan・do・checkのサイクルを活かして如何なるactionに連関させていくのかなど、論理的かつ研究的な指導援助を試みたいところです。例えば「先生の授業は3と5の内容がうまくリンクし、子供自らが9の成果に繋げています。あの場面です」などの助言が可能でしょう。
そして、これらの適時適切なアドバイスが「校長先生、国語の時間の子供の学びの様子を見てください」「不登校傾向のS子が美術の時間に制作した作品です。校長先生、いかがでしょう」という教員の前向きな表現にも呼応することになるのです。これらの学びの共有が教員個々への援助の第一歩であり、学校変革の具体的かつ臨床的な教員との関係づくりであろうと考えられます。
(2)教員個々の専門性を生かす
先生は自らの専門性に〈誇りと自信〉をもっています(もたなければなりません)。その核心は、(1)の日々の具体実践からうまれてくるものです。
その一方で、何らかの要因による欠落とつまずきが先生の自尊心を傷つけることがあります。
各教科等の専門性の練磨と研究・研修はもとより、例えば情報機器の操作や英会話能力の獲得、カウンセリングに関する諸技法の習得、人権教育や環境教育等の諸課題への対応など、その成就の度合いが教育活動の自信に連関しています。これらは、いまとこれからの時代を生きる教員個々が身に付けておきたい〈職務インフラ〉といえるものです。
これらの実績と力量を〈組織上の役割〉として位置付けることが、スクールリーダーの仕事です。各教員の的確な役割遂行の実際と責務としてのアウトカムを見極める経営眼力が求められます。
その際に、〈神の手〉とされる関係性と暗黙知が有益に機能しているかをリーダー自身が自らに問うことです。この問答そのものが先生の創造力をかき立て、子供との豊かな学び合いを生成します。
ここに教員とリーダーの双方に確かなエンゲージメント(組織への愛着)が形成されます。例えば、「職員室で落ち着いて仕事ができる」「同僚に安心して話せる」「管理職への提言もしやすい」「新たな研究課題が発見できる」などの言動になるでしょう。
これらの具現化には、各教員の専門分野や得意そして希望などを校務分掌に反映することです。すなわち「体制」にとどめず、「態勢」を相互尊重することです。そこでのリーダーは各々の仕事ぶりのプロセスに触れ、その事実を認め励まし、それによる教育活動の成果(子供の自己成長の事実を語り合うこと)を互いに理解し合うことを楽しむことです。
これらの実際が日々の職員室に漂ってこそ、〈専門職としての先生〉<sup">6の自信(自己信頼感)と実力が身に付くものです。また、各々の先生にも職業人として愉しみや将来展望も見えてくるものです。
(3)先生としてのセンスを磨く
結論的な言い方をすると、カウンセリング感覚を教職員間・子供たちと共有し合うことです。
このことは、上記の2つの方策を現実化していくために管理職自らが身に付けたい教育センスです。その基本は、図4に示す①~③の「受容体験」「感情の明確化」「行動化」です。教員個々の話や指導観をよく聴き、そこにある感情を受け容れ、その活躍や努力に感謝し、それを改善・克服しようとする姿勢に真摯なこころを寄せることです7。
教員の言動に管理職自らが学ぶ意欲をもって向き合うことが重要です。とりわけ「なるほど、こういうことですね」「生徒たちも嬉しかったと思います」「保護者からのその一言は辛かったですね」「私もうれしいです。ありがとうございます」など、エモーショナル(情動的)な反応を大切にします。
子供たちや保護者、同僚などとの間に不安や悩みをかかえ、精神的にも疲れている教員に「しっかりやりなさい」「このように授業を進めるといいです」「保護者にはこう伝えてください」など、あるべき姿や方法論だけを教示してもどうでしょう?
コロナの事態にあるいまこそ、図4のような向き合い方が求められます。急速すぎる日々の状況変化に戸惑い悩める教員は、管理職の〈よかれ〉とする指導や助言を受け容れるキャパシティを失っている状態にあるでしょう。ゆったりと落ち着いた面談の機会を設け、話の事実にある気持ちを聴き、実効性のある方向を教員と一緒に模索することです。
[注]
1 教育基本法の第1条「人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」を参照のこと。
2 学習指導要領(平成29年)の「第1章 総則」第1の記述を参照のこと。
3 ヒポクラテス著『古い医術について』岩波文庫、1996年、翻訳;小川鼎三(元東京大学医学部教授)
4 東京医科歯科大学のHPから引用
5 安彦忠彦他編『新版よくわかる教育学原論』ミネルヴァ書房、2020年、p125(筆者が一部改変)
6 ILOの教員の地位に関する勧告(1966)の「Ⅲ指導原則」6に、「教職は、専門職と認められるものとする」としてその専門性を位置付けている。
7 有村久春著『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』金子書房、2011年
Profile
有村久春(ありむら・ひさはる)
東京都公立学校教員、東京都教育委員会勤務を経て、平成10年昭和女子大学教授。その後岐阜大学教授、帝京科学大学教授を経て平成26年より現職。専門は教育学、カウンセリング研究、生徒指導論。日本特別活動学会常任理事。著書に『改訂三版キーワードで学ぶ特別活動生徒指導・教育相談』『カウンセリング感覚のある学級経営ハンドブック』など。