SDGsにESDのビジョンとアプローチを! ポスト・パンデミック時代の学びのエッセンス
トピック教育課題
2020.07.22
SDGsにESDのビジョンとアプローチを!
ポスト・パンデミック時代の学びのエッセンス
聖心女子大学教授
永田佳之
(『新教育ライブラリ Premier』Vol.1 2020年5月)
国連でSDGsが採択されてから5年が経とうとしている。その間、SDGsという概念はそのロゴの親しみやすさも相俟って漸次に世界に広まった。同時に、「SDGsウォッシュ」などと、表層的なSDGsが揶揄される場面も増えているのが現況であろう。
国際的にもSDGsの質が問われる中、2019年の暮れにかけて二つの総会、すなわちユネスコ総会及び国連総会でSDGsの実現に向けた教育としてESDが位置付けられ、2020年からの10年間の教育指針ともいえる ‘ESD for 2030’ が決議された。正式名称は「持続可能な開発のための教育:SDGs達成に向けて」であり、決議文ではSDGsとESDはウィン-ウィンの関係にあり、後者は全てのゴールの成否のカギを握る教育であると記されている。小論では、SDGsを実現させる「陰の立役者」(イネイブラー)と称されるESDの特徴について説明し、国際的な視野からSDGsの学習には何が期待されているのかを述べたい。
ESDとは何か
そもそもESDとは何か。日本政府の提唱により2005年から始まった「国連ESDの10年」及びグローバル・アクション・プログラム(GAP)という後継事業を通してこの15年間、ユネスコの主導によって推進されてきた未来志向の教育である。また、日本国内でも教育振興基本計画(第1〜3期)にも明記され、ユネスコスクール等で展開されてきた教育でもある。
誤解を恐れずに単純化して示せばESDの系譜は図1のように表すことができる。この図は環境教育から徐々にESDへと国際社会が関心を広げてきた変遷及び今後の方向性が示されている。かつて環境教育は自然環境に焦点を当ててアプローチする傾向が見られた。例えば森の自然体験や植樹である。特に1970年代から欧米を中心にこうした活動が体系的に展開されるようになったが、酸性雨やオゾンホールなど、環境問題は深刻化する一方でなかなか問題は解決されないことが分かってきた。
そこで、環境のみならず人間の社会や経済の側面も見ていくこと、つまり、より包括的に環境問題を捉えるという重要性が共有されていった。こうして注目されるに至った概念が「持続可能な開発」であり、そのための教育として誕生したのがESDであった。ESDでは植樹をしてもゴミ拾いをしても繰り返される大規模伐採や大量消費にまで掘り下げて学習が展開され、教室のみならず学校全体で取り組むところに特徴が見いだせる。
ポスト・パンデミックの時代にはグローバルな「開発」が根幹から捉え直され、他の分野と同様に教育もその営み自体が持続可能性へとシフトしていくかもしれない。その意味では「開発」が目的ではないEFS(Education for Sustainability:持続可能性に向けた教育)、さらには教育の在り方自体が持続可能なSE(Sustainable Education:サスティナブル教育)がESDの未来形とする図1の方向性は間違っていない。 ‘ESD for 2030’ はパラダイムシフトの架橋的なミッションを担っているのである。
ESDならではの特徴
「国連ESDの10年」の指針であった国際実施計画では次の七つの特徴が挙げられている。
●教科の垣根を越えた包括的(ホリスティック)な学びである。
●持続可能性のために何が大切にされるべきかを問う価値志向性が強い。
●批判的思考を駆使してディレンマを内包する持続可能な開発の問題に取り組む。
●体験型の学習や演劇など、多様な方法を用いる。
●学習者自身が参加型の意思決定を行う。
●学習体験が日常の暮らしに不可欠なものとなる。
●地球規模課題と共に地域の課題を取り扱う。
ESDは持続可能な未来を創造するというビジョンのみならずアプローチでありコンテンツでもある。アプローチは上記の七つの特徴にも示されているとおり一方的に教える伝統的スタイルではなく学習者主体の参加型であり、コンテンツは地球規模課題とそれにつながるようなローカルな課題である。アプローチの中には、環境か開発かの二律背反的なディレンマに陥り易い「持続可能な開発」という概念自体を捉え直す姿勢、いわば自らが標榜する目的をも批判的に捉えようとする自己相対化の姿勢も含まれており、これは ‘ESD for 2030’ にも継承されている。
ユネスコはESDの推進において「文化」を重んじた。 ‘ESD for 2030’ でも「持続可能性の文化」(culture of sustainability)の重要性が明記されている。このことが意味するのは、社会や経済の開発を進める上で持続可能性に価値をおくような文化が醸成されない限り、持続可能な未来は保証されないということである。そこでESDでは、知識レベルで気候変動などの地球規模課題を学ぶにとどまらず、経済成長の功罪を問い直したり、「豊かさ」の問題を自分の日常に引きつけて捉えたりするような価値観レベルの教育が目指され、「10年」の後半には「自己変容と社会変容のための教育」が唱えられるようになった。つまり、無条件で開発や発展を是認するのではなく、「豊かさ」をもたらす経済の成長や社会の発展そのものを足元から捉え直す学びが期待されているのである。
「自己変容と社会変容のための教育」は持続可能な未来に向けて社会を変えていくのであれば、まずは自分が変容しなければならないことを諭している。SDGsのロゴをよく見ると、カラフルな17目標の上に「私たちの世界を変容させる17の目標」と記されている。「変容」とは表層的な変化とは異なり、自分自身の価値観・行動・ライフスタイルが変わることから始まるのである(例えば、住田昌治著『カラフルな学校づくり:ESD実践と校長マインド』学文社、2019年)。教室ではまずは教師の自己変容から、学校経営ではまずは管理職の自己変容から持続可能な未来への物語が始まると言ってよい。その物語では自身が長いあいだ当然視してきたことを変えなくてはならない場面にも出合うから決して容易いことではない。しかし、 ‘ESD for 2030’ には、旧来の思考・行動・生活様式からの決別のために「勇気と根気強さと決意」が求められると明記されている。ポスト・パンデミックの時代に生きる次世代から期待されているのは私たち大人の深い次元での変容なのである。
[参考文献]
・Sterling, Stephen(2004) ‘An Analysis of the Development of Sustainability Education Internationally: Evolution, Interpretation and Transformative Potential.’
Profile
ながた・よしゆき 聖心女子大学教授(教育学博士)。「国連ESDの10年」以後の15年間、ユネスコ本部にてESDに関する国際審査委員等を務める。聖心グローバル共生研究所副所長、日本国際理解教育学会副会長、アジア学院評議員、フリースペースたまりば理事など。『気候変動の時代を生きる』(山川出版社、編著)など著書多数。