徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第60話 税務調査を妨げるもの

地方税・財政

2020.02.20

徴収の智慧

第60話 税務調査を妨げるもの

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2019年6月号

税務事務に不可欠な調査権

 税務職員に付与されている特権の最たるものに調査権がある。それは適正課税や税収確保に欠かせない税務職員にとって必要不可欠な権限である。つまりは、税務職員にとって調査権とは、税務行政にとって欠かすことができない「公平さ」や「適正さ」を実現するための切り札的な存在なのである。

 ところが、滞納整理実務の中でこの切り札的な権限が外的な要因から妨げられたり、あるいは内的な事情から自制されたりしていることがあるとしたら由々しき問題だと言わなければならない。

外的要因
 滞納整理における調査権の行使上(事実上の)障害になり得るものの典型としては次の場合を挙げることができる。
1 滞納者の非協力
2 第三債務者(ここでは給与支払者。以下同じ)の非協力
3 金融機関の非協力

 このうち滞納者が調査に協力的でないというのは、「払いたくない」もしくは「税以外の他の支払いを優先したい」という身勝手な事情に鑑みれば、何となく分からなくもない。ところが、第三債務者や金融機関が協力的でないというのは、税法の規定に照らせば、法律に基づいた税務行政(租税法律主義)の観点から大いに問題ありと言わなければなるまい。しばしば見受けられるのは、「(給与支払者である)自身が滞納しているわけでもないのに何で調査に協力しなければならないんだ」という第三債務者の不満であり、「(滞納者の口座への)振込元については守秘義務があるのでお答えできない」などという金融機関の非協力の姿勢であろう。いずれも不知によるものであれば「無理からぬこと」とも思うが、徴収職員が根拠法令や判例を示して丁寧に説明して協力を要請しても非協力を通すということであれば、告発も辞さぬ毅然とした姿勢で相手に対処すべきであろう。適正に課税され、そして確保されるべき税収がちゃんと歳入になってこそ第三債務者や金融機関も享受しているさまざまな行政サービスが支障なく提供できるのであるから、税収の確保に支障が出るということは、即ち、ブーメランのように巡り巡って行政サービスを受ける側にもその影響が出るということに外ならないのである。もっとも第三債務者や金融機関にしてみれば、そんなことよりも調査に協力することの事務的な煩わしさだとか、従業員や顧客への対応など本業ではない目の前の煩事に関わることを嫌がる傾向があるのだろう。そのようなことの前ではコンプライアンスだとかCSR(企業の社会的責任)などといった大義は霞んでしまうようだ。

 とはいえ税務調査に協力するとなれば、それなりの事務量が生じるし、従業員や顧客への説明も必要であろう。しかも場合によったら従業員や顧客から「なぜ役所に協力なんかしたんだ。一体どっちの味方なんだ!」と責められることだってあるかもしれない。実際にはそういうこともあるから、税務調査は(滞納整理では滞納処分のために)必要な場合に限って必要な分だけ行うことが求められている(一般的・普遍的な調査はすべきでない)。

内的な事情

 一方、税収確保のための切り札的な権限のひとつである調査権が、役所の中の内部的な事情(具体的には職場慣行)によって自制されているとしたら、これまた由々しきことである。以前に本稿でも取り上げたことがあるが「徴税吏員は処分吏員」であるから、調査権と処分権(滞納処分と納税緩和措置)を行使して滞納を整理していく公務員のことをいうのである。ところが、どうしたことか少なからぬ徴税吏員が、本務であるはずの調査権と処分権の行使以外の事務(「催告」や「折衝と称した話し合い」)にばかり精を出すことが滞納整理だと信じ切っているようなのである。つまり、滞納整理の核心部分である調査権と処分権の行使は、話し合いの後だと位置づけて疑わないというのだ。納税通知書、督促状、催告によって散々履行の請求をしているにも拘わらず、その上さらに滞納者と何を話すというのか。(滞納の)原因者の側に説明責任(弁明責任)があるのだから、再三にわたる履行の請求を無視している滞納者に対しては速やかに調査を開始すべきである。

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元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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