徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第61話 数値目標の呪縛

地方税・財政

2020.02.21

徴収の智慧

第61話 数値目標の呪縛

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2019年7月号

伝える力

 経営コンサルタントという職業がある。さまざまなデータやICTを使った経営の効率化のほか、業界の動向や設備投資その他職員のモチベーションを踏まえた人事労務などあらゆる角度から会社の経営全般に亘ってアドバイスをするのがその役目だ。経営コンサルタントになるには国家資格など特定の資格要件があるわけではないものの、広く経済や会計、税務などに関する知見が必要とされるため、中小企業診断士や会計士などが多いようである。

 会社の経営についてアドバイスをするくらいだから、経済や税務に関する専門知識はもとより、業界の動向や人材の育成など実に幅広い分野に関する専門的な素養が必要とされる。まかり間違えば会社の将来を危うくする危険性すら孕んでいる。だからコンサルタントは、客観的なデータだけでなく、成功事例に学んだ「経営哲学」をも兼ね備えていなければ依頼者から信頼されるコンサルタントにはなり得ない。それだけではない。その持てる知識や哲学を、分かりやすく説得力をもって伝える力量がなければ「宝の持ち腐れ」であり、有能な経営コンサルタントとは言えないだろう。つまり、「伝える力」が大切なのである。

有能なコンサルタントとは

 コンサルタント業務の中で大きな部分を占めているのは、データを分析し、その中から将来の動向を的確に予測することである。いわば医者で言うところの「診断=見立て」である。これを誤れば、当の会社にとっても深刻な打撃になるとともに、そうしたアドバイスをしたコンサルタント自身だって評判を落とすに違いないし、将来のコンサルタント業務にも影響しよう。だからデータ分析にこだわるコンサルタントが多いのもある意味必然なのかもしれない。中でも業績や効率性に関わる「数値目標」へのこだわりはかなりのものである。確かに会社経営だけでなく、公務である税の滞納整理にだって「目標」は必要である。何の目標感もなく、ただ漫然と日々の業務をこなすというのでは、会社経営にしろ税の滞納整理にしろ、何かを達成しようとする指標(目指すべき到達点)がないために、「達成感」を感じることができないであろうし、そうなると仕事への意欲や情熱というものが湧いてこないはずだ。民間であろうと公務であろうと、仕事の効率を上げ、生産性を高める原動力となっているのは、仕事への意欲であり、情熱だから、有能なコンサルタント(公務であれば指導者)には、単にデータから予測して導き出した「数値目標」を、恰も数学の問題を解くかのように無機質に伝えるのではなく、実例を示しながら、そこに(曖昧さや失敗もする)人間性を加味して巧に伝える力量が求められている。

何を数値目標とするのか

 このような意味において、税の滞納整理にも「数値目標」を設定する必要はあるのだが、例えば「職員一人当たり年間100件の差押えをする」といったような数値目標を設定するのはお薦めできない。なぜなら、差押えというのは、滞納者につき法律が定める一定の要件が充足されたときに「しなければならない」ものであるから、まだ(将来)どれだけそのような要件を満たすであろう滞納者がいるのか、それともいないのかが分からない段階で結果としての「差押件数」を目標とするのは逆立ちした理屈だからである。そんな逆立ちした変な数値目標を立てるよりも、法定の要件が整った滞納者のうち、どのような優先順位(一般には高額な滞納から順次)で差押えに着手していくのかといった実務指針(ガイドライン)を作って、それに則って進行管理をしていく方が合理的であると思う。法は要件を示して差押えの始期を明らかにしているのだから、それを実際の滞納事案に即して着手の手順を指示するのが指導者の役目であろう。だから「数値目標」も設定の仕方を誤ると、職員の滞納整理への意欲や情熱を高めるどころか、「なんで差押えありきなんだ」とか「差押えは滞納整理の手段であって目標や目的ではないはずだ」などという職員の疑問や不満を誘発しかねない。それゆえ「数値目標」を職員の滞納整理への意欲や情熱の向上につなげるためには、実務指針(ガイドライン)とセットにして示す必要があると思う。

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元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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