徴収の智慧
徴収の智慧 第10話 滞納整理における王道
地方自治
2019.07.01
徴収の智慧
第10話 滞納整理における王道
滞納整理と王道
「滞納整理に王道なし」という人が少なからずいるようだ。これは、その昔数学者ユークリッドがエジプト王プトレマイオスに対して「幾何学に王道なし」と言って、王様といえども幾何学をマスターするには、努力と研鑽という一定の過程を経なければマスターすることはできないのですと諭したことに由来しているようである(ただし、これには異説もあるらしい)。これがその後転じて「学問に王道なし」と言われるようになり、現代ではこちらの言い方の方が定着している。「滞納整理に王道なし」というのは、この故事になぞらえて言われたものと思われ、その言わんとするところは、これさえやれば整理は順調に進捗するし、その上収納率も上がり、滞納の圧縮も進むなどといった、あたかも「打ち出の小槌」のような(滞納整理における)万能な方法又は安易な近道などというものはないのだ、と言うところにあるようである。
王道の意味づけ
思うにこれは、「滞納整理における王道」というものを、どのように意味づけるかにかかっているのであって、捉えようによっては肯定もできるし、否定もできるのではないか。
すなわち、滞納整理の実効を期すためには、努力と研鑽という一定の過程を経る必要があるという意味においては首肯できるものがあるが、もしも、滞納者を粘り強く説得するような地道な滞納整理こそが必要なのだという意味であるとするならば、これは明らかに誤りであると思う。そもそも説得というのは、考え方の異なる相手方に対して、話し合いという平和的な手段で働きかけ、その考え方を改めてもらうことであるが、滞納の原因というものを仔細に検討してみれば、説得の対象となるような「考え方の異なる相手」なる滞納者などほとんどいないのが実態なのである。主な例を挙げるとするならば、経済的な困窮から納期限までに納税することができない滞納者については、考え方の問題ではなく、納税資力の問題であるから、このような滞納者に対して説得を試みること自体が、滞納整理の手法として間違っている。また、納期をうっかり失念している滞納者や、納税に怠慢な滞納者(実はこのような滞納者が最も多い)については、何も徴税当局と考え方が異なっているから納税していないのではなく、単に納期を失念しているか納税に怠惰なだけ であるから、説得(=考え方を改めてもらう)という滞納整理の手法は的外れだと言わざるを得ない。
担当者の本音と言葉の誘惑
こうして見てみると、徴税に携わる職員としても、滞納者とのもめごとは避けたいという本音が心のどこかにあるから、ともすれば「丁寧な滞納整理」とか「地道に粘り強く取り組む」などといったこのような一般受けしやすい言葉の誘惑に同調してしまいがちであり、だから滞納整理には王道というものはないのだと理解しているとすれば、ここにこそ滞納整理の進捗を阻む「心の障壁」があると思う。
要件事実の法該当性
滞納整理も含めた税務事務というものには、租税法律主義の原則の下に公平性・公正性が厳しく求められるのであって、実務においては要件事実の法該当性審査が極めて重要である。言い換えるなら滞納者の納税資力に関する客観的な事実が、税法の定める要件を満たしているかどうかということが大切だということである。しかし、丁寧な応対や親切な(制度・しくみの)案内というものはもちろん必要なことであるから、実務において心すべきは、厳格な要件審査と丁寧な応対等とを混同してはならないということである。
以上のとおり「滞納整理に王道なし」という言葉をどのような意味で理解するかによって、滞納整理の基本的なスタンスや進め方も影響を受けることに鑑みれば、滞納者を粘り強く説得するような地道な滞納整理こそが必要だとするのではなく、要件事実の法該当性審査のための努力と研鑽という一定の過程を経る必要があるという正しい意味において理解する必要があるだろう。