徴収の智慧

鷲巣研二

徴収の智慧 第47話 徴収職員の誤解

地方税・財政

2019.12.16

徴収の智慧

第47話 徴収職員の誤解

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長
鷲巣研二

『月刊 税』2018年5月号

租税法律主義と租税公平主義

 租税法律主義の下では法律の根拠に基づくことなしには、国家は国民に税金を課することはできないし、国民は税金の納付を要求されることもない(憲法第84条)。そしてこの租税法律主義とともに税務行政の中で基本中の基本とされているのが租税公平主義である(憲法第14条)。これらの原理・原則があることによって、そしてまたそれらがきちんと機能していると認識されていればこそ国民は、課税庁による恣意的な課税や過酷な徴収に晒されることもなく、公共サービスの原資たる財源の租税負担を甘受しているともいえるのではないだろうか。つまり、これらの租税原則によって納税者国民の財産権が、権力による不当な侵害から守られているという意味において、租税法律主義と租税公平主義は、憲法で保障されている基本権たる財産権の保障機能の一翼を担っているといえるのである。だから自力執行権という強い権限を持っている徴収職員は、このことを深く自覚し、仮初めにもその権限を逸脱したり、濫用したりすることのないように厳正に執行すべきものである。

租税法律関係における当事者

 とはいえ、こうした自力執行権の厳正なる執行が求められる一方で、過度の自制的・謙抑的な姿勢は、収納率の低下や滞納の増高を招くリスクがあるから、実務では法律の適正な執行に十分配慮するとともに、的確な判断に基づいて要件該当性を見極め、効率的な執行に努める必要もある。租税法律主義・租税公平主義の下では、所与の目的達成のため、すべからく税法によって厳格な要件が定められている。税法が要件法ともいわれる所以である。すなわち、徴収職員の主たる任務は、第一義的には滞納者について税法が定める要件に該当する事実が認められるのか否かを、調査権を行使して認定するというものである。さればこそ、地方税の滞納整理に関して「滞納者を粘り強く説得する」とか「納税交渉によって自主納税に導く」などという言い振りを耳にするにつけ、こうした租税法上の原理・原則への理解が不十分な「無手勝流(自己流)」の手法に染まっているのではないかとさえ思ってしまう。以前この連載でも触れたとおり、そもそも租税法律関係における当事者は、民事における当事者とは異なり、法的に対等とは言えない(金子宏(著)「租税法」法律学講座双書弘文堂(刊)し、そうした前提に立つとするならば、滞納整理においては「説得」とか「交渉」などということは本来あり得ないのである(それらは「誤解」である!)。すなわち、滞納者について税法が定める要件に該当する事実が認められる場合には、徴収職員は、滞納者が納得しようが、納得しまいが税法が規定しているところに従って処理をしなければならないのである。そして、それが徴収職員の職責であり、同時にそれが租税法律主義に基づいた滞納整理なのだということを銘記すべきである(「徴税の手続はすべて前示のとおり、法律に基づいて定められなければならないと同時に、法律に基づいて定めるところに委ねられている。(昭和30 年3月23日最高裁判決)」及び「租税の賦課徴収の手続は、法律で明確に定めることが必要である(昭和60年3月27日最高裁大法廷判決)」参照)。

納税は交渉事に非ず

 そもそも「滞納者の納得」のような法律が要件としていないことを実務で求めていたら、いつになれば相手が納得するのか予測は不能であるし、先行き不透明なことを実務の中に持ち込めば、それこそ計画的な整理はできず、効率的な滞納整理は遙か彼方である。交渉によって自主納税に導くなどということは、申し込みと承諾によって債権債務が定まる民事と異なり、法律の規定によって債権債務が定まる租税法律関係においては、そもそも成立しない。つまり、納税については行政指導としての納税指導はあり得ても、「譲ったり、譲られたり」という関係にはなく、ゆえに納税は交渉事(こうしょうごと)(交渉の対象)ではないのである。だからといって滞納者と会話を交わすことを否定するものではないが、滞納者から聴き取るべきなのは、納税資力の有無を判断するために必要な収入・支出・財産(客観的なこと)に絞る必要があることを肝に銘ずべきであろう。

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鷲巣研二

元横浜市財政局主税部債権回収担当部長

日本大学法学部卒、横浜市入庁。緑区役所納税課を経て企画財政局主部収納指導係長の後、保育課管理係長、保険年金課長、財政局主税部収納対策推進室長、区総務課長、監査事務局調整部長、副区長などを経験し、財政局主税部債権回収担当部長を最後に退職。共著に『事例解説 地方税とプライバシー』(ぎょうせい、2013年)などがある。

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