感染症リスクと労務対応
【労務】感染症リスクと労務対応 第34回 ウイルスの感染拡大防止のための就業時間外行動の禁止行為とその懲戒について
キャリア
2020.07.21
新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)
就業時間外行動の懲戒について
(弁護士 堀内 聡)
【Q34】
当社は、社会的インフラを担う事業者ですが、従業員が感染すると公共サービスの提供にも支障が出かねません。ウイルスの感染拡大防止のため、就業時間外ではあるものの、夜の繁華街への外出を禁止し、それに違反した場合に懲戒処分をすることが可能でしょうか。
【A】
社会的インフラの維持に必要不可欠な業務を担当する従業員については、外出禁止そのものにではないとしても、実効的な措置を講ずることが許容される場合がありうると思われます。以下、詳しく解説します。
基本的な考え方
懲戒処分は、企業秩序維持のために、従業員の規律違反や企業秩序違反に対して制裁を科すものです。
懲戒処分を行うためには、就業規則に懲戒事由および処分の種類を明記しておくことが必要です。また、当該懲戒処分が、客観的に合理的理由があり、社会通念上相当なものであることが必要です(労契15条)。
労働契約は、企業がその事業活動を円滑に遂行するに必要な限りでの規律と秩序を根拠づけるにすぎず、従業員の私生活に対する一般的な支配まで認められるものではありません。
したがって、従業員の私生活の言動は、事業活動に直接関連を有するものおよび企業の社会的評価の毀損をもたらすもののみが、企業秩序維持のための懲戒の対象となりうるにすぎないと解されています(菅野和夫『労働法〔第12版〕』(弘文堂、2019年)712頁)。
裁判例をみても、鉄道会社の従業員の電車内での痴漢行為について懲戒解雇を有効とした事例(東京高判平成15・12・11労判867号5頁〔小田急電鉄事件〕)や組合活動に関連した公務執行妨害を理由とする懲戒免職処分を有効とした事例(最判昭和56・12・18判時1045号129頁〔国鉄小郡駅事件〕)がありますが、深夜酩酊して他人の住居に侵入して罰金刑に科せられた従業員に対する懲戒解雇を無効とした事例(最判昭和45・7・28民集24巻7号1220頁〔横浜ゴム事件〕)もあります。このように、私生活上の行為についての懲戒処分の可否は厳格に解されているところです。
感染症の拡大防止のための外出禁止が可能か
就業時間外の行動は、まさに従業員の私生活そのものであり、上記1の考え方からすると、原則として企業が懲戒処分をもってこれを制限することはできないといわざるを得ません。
しかし、社会的インフラを担う事業者の場合、従業員がウイルス感染症に罹患することで、インフラ事業が停止してしまうなど、当該企業のみならず、社会生活全体に大きな混乱が生じる可能性があります(たとえば、鉄道、バスなどの公共交通機関の場合、乗務員や駅員等が罹患すれば、運行そのものをストップせざるを得なくなることも考えられますし、電気、水道、ガスなどのライフラインについても、供給に最低限必要な人員すら確保できないという事態が生じかねません)。
このような事態を回避するため、たとえば鉄道などの乗務、駅務に直接携わる従業員、ライフラインの供給に直接携わる従業員など、社会的インフラの維持に必要不可欠な業務を担当する従業員については、外出禁止そのものにではないとしても、実効的な措置を講ずることが許容される場合がありうると思われます。
たとえば、社会的インフラの維持に必要不可欠な業務を担当する従業員に対し、就業時間外の外出先等を記録することを命じ、万が一、当該従業員がウイルス感染症に罹患した場合、記録を提出させるということが考えられます。
このような対応も、一般的には、従業員の私生活への干渉となるものですが、ウイルス感染症の感染が拡大している状況下において、社会的インフラの維持のために特に感染拡大防止の要請が強く、当該従業員の健康悪化がインフラ供給を脅かすおそれがあることからすれば、このような記録、報告義務を課し、虚偽の報告をした場合には懲戒処分を課すことも許容される余地があると思われます。
もっとも、このような措置は、従業員の私生活上の自由を侵害する危険が伴うことから、できる限り抑制的に運用する(対象とする従業員を限定する、懲戒処分の必要性や相当性も慎重に検討する)ことが必要だと考えられます。
また、従業員に対しても粘り強く周知し、外出自粛の必要性を理解してもらう努力が必要でしょう。