知っておきたい危機管理術/木村 栄宏
危機管理術 ダイバーシティとは
キャリア
2020.08.03
知っておきたい危機管理術 第46回 ダイバーシティとは
危機管理の心構えの一つに、「多様な価値観を認めること」がある。いいかえれば「想像力を持つこと」だ。SNSにより私たちは自分の意見や感情を、自由にただちに世界に発信できるようになったが、一方ではフェイクニュースや改ざん映像等で被害を受けたり、他人を知らないうちに傷つけたりなど、負の側面も目立つ。それを避けるためには、事実関係を認識する際、お互いの立場による認識の違いに留意し、「真実」に着目する必要がある。
認知の歪み、バイアスの存在
思い込みをしないためには、認知の歪み、バイアスの存在を知っておこう。危機管理に関するバイアスには、正常性バイアス(自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価する。「ここまでは津波は来ない」)、同調性バイアス〈多数派・集団同調バイアス〉(迷ったときは周囲にいる多数の様子を探りながら同じ行動をとってしまい、それが安全だと考える。「隣の車両で煙が出ているが、誰も逃げないしこのままいる方が安全だ」)が有名だが、確証性バイアスもある。これは、自分に都合のよい資料や証拠だけを集めてしまうものだ。人間は自分の考えが正しいかどうかを考える際に、自分の考えが正しいことを示す証拠になりそうなものばかりを探してしまい、自分の考えが正しいことを否定するような証拠の情報は頭に入ってこない、あるいは無視してしまうというものである。
このところ、ダイバーシティ(多様性)という言葉が一般化してきたと皆さんは感じているかもしれない。ダイバーシティもそれこそ多様な考えや似たような概念の登場で、各自が確証性バイアスで都合よく解釈し混乱があるかもしれない。そこで、以下に現在の状況を示し、ダイバーシティとは何かを振り返ってみよう。
ダイバーシティとは
ダイバーシティは、LGBT、人種差別、障がい、働き方改革、格差など多様な局面で用いられる。分かりやすい企業の人材採用で言えば、日本では当初、新卒男性の採用が中心だったが、パート・派遣社員、中途社員、女性の活用が進み、心身障がい者や外国人の採用も拡大している。また、米国では他にも、従来よりマイノリティーや高齢者、同性愛者の雇用のほか、移民の雇用といったように、日本の先を進んでいることが挙げられる。
学校へ行けない子どもたちへの教育コンテンツとしてTV放映されてきた米国「セサミストリート」では、「人は違って当たり前」「見た目も価値観も考え方も多彩」という世界観が教育界に大きな意義を示してきた。その米国では、ジャズ・ヴォーカリストのビリー・ホリディによる「奇妙な果実」で哀しく歌われた人種差別からの克服や、人種のるつぼ(メルティング・ポット)及びそこからサラダ・ボウルのように民族固有の文化を尊重しあうという多文化主義への進化、さらに施策として、アファーマティブ・アクション(Affirmative Action‥人種や性別などの社会的被差別者を救済するための積極的差別是正措置。日本ではポジティブ・アクション(positive action)と呼ばれ、男女雇用格差解消への改善措置が中心)が進んだ。しかし、トランプ政権は人種的多数派に対する「差別」になるとして、大学等の入学選考で人種的少数派優遇指針を廃止するなど、「多様性」と「差別」「格差」の関係をどう考えるかが課題となっている。
日本でも、今年の4月、東大入学式で上野千鶴子名誉教授の「性差別は東大でも例外でない」「頑張れば報われた(東大合格)というのは努力の成果ではなく環境のおかげだったことを忘れないでほしい」等、祝辞が賛辞と反発を呼んだが、それを契機に人権擁護のための法的整備の遅れやアファーマティブ・アクションの進展の重要性が指摘されるようになっている。1999年小泉元首相の構造改革構想以降、「“機会の平等”を重視すべきであり、“結果の不平等”は敗者復活・セーフティネットで対応」となったものの、現実の日本は、「失われた20年」と並行して「所得格差という結果の不平等拡大が進みすぎ、機会の不平等が生じている」状況とみなされていよう。
「インクルージョン社会」を目指す
こうした中、今後のために示唆する考え方は、インクルージョンではないか。元となる「インクルーシブ教育」は、2006年12月国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」で示されたもので、障がいの有無に関わり無く、誰もが望めば各自に合った配慮(合理的配慮)を受けながら通常学級で学べることを目指すものだ。パラリンピックには、聴覚障がいや精神障がい、発達障がいを持った人は出場できない。画一的にとらえるのではなく、確証性バイアスを解き放ち、多様な人が平等・公平に対峙しながら一体化する「インクルージョン社会」を目指すことが、「ダイバーシティ」という言葉・概念の多様性を統合していく鍵ではないかと考える。