感染症リスクと労務対応

弁護士法人淀屋橋・山上合同

【労務】感染症リスクと労務対応 第16回 ウイルス等感染症対策として出勤を控える場合に、年次有給休暇・病気休暇を取得したこととする取扱いは可能?

キャリア

2020.05.07

新型コロナウイルスに関連して、給料、休業補償、在宅勤務、自宅待機など、これまであまり例のなかった労務課題に戸惑う声が多く聞かれます。これら官民問わず起こりうる疑問に対して、労務問題に精通する弁護士(弁護士法人淀屋橋・山上合同所属)が根拠となる法令や公的な指針を示しながら、判断の基準にできる基本的な考え方をわかりやすく解説します。(編集部)

ウイルス等感染症対策として出勤を控える場合に、年次有給休暇・病気休暇を取得したこととする取扱いは可能?

(弁護士 堀内 聡)

【Q16】

 ウイルス等感染症に感染している疑いのある労働者について、一律に年次有給休暇を取得したこととする取扱いは、労働基準法上問題はありませんか。病気休暇を取得したこととする場合はどのようになりますか。

【A】

 年次有給休暇は、原則として労働者の請求する時季に与えなければならない(労基39条5項)ものなので、使用者が一方的に取得させることはできません。病気休暇(休暇制度の中身にもよりますが)が設けられている場合も、使用者が、一方的に病気休暇を取得したとする取扱いをすることは難しいと考えます。以下、詳しく解説していきたいと思います。

1 年次有給休暇

 労働基準法39条1項は、雇入れ時から6か月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した労働者に対し、10日の年次有給休暇を与えなければならないと規定しています。また、同条2項により、継続勤務年数の増加に応じて、付与すべき年次有給休暇は、最大20日まで増加します。
 新型コロナウイルス等感染症に感染している疑いのある労働者について、事業上での感染拡大の予防のために、出勤を控えるよう求める、あるいは、当該労働者が、自発的に、出勤を控えることは、ありうるところです。
このような場合に、使用者が、一律に年次有給休暇を取得したとする取扱いが可能でしょうか。
 この点、年次有給休暇は、原則として労働者の請求する時季に与えなければならない(労基39条5項)ものなので、使用者が一方的に取得させることはできません。
 使用者が、労働者に対して、ウイルス感染症の疑いがあるとして、自宅待機等を命じる場合には、年次有給休暇を取得するという取扱いをすることは許されず、休業を命じることになります。この場合、労働基準法26条に従って、休業手当を支給することが必要となる場合があります。
 他方で、従業員が、自ら年次有給休暇を取得することは全く妨げられませんし、労使の合意によって、事後的に年次有給休暇を取得したものとして処理することも、許容されるでしょう。会社が年次有給休暇を利用するように要請すること自体も、これが強制にわたらない限り、直ちに違法であると解する必要はありません。ただし、事実上強制されたと評価されない表現で要請するよう工夫が必要でしょう。
 労働者が、ウイルス感染症の疑いから、自発的に欠勤する場合には通常の病気欠勤と同様に扱われるところ、年次有給休暇を取得することで、給与の減額を回避しようとすることもあり、このような場合には、年次有給休暇を取得したという処理をすることは可能です。
 なお、使用者は、労働者が年次有給休暇を取得したことを理由として、賃金の減額その他不利益な取扱いをしないようにしなければならないことにご留意ください。

2 就業規則の病気休暇

 会社によっては、就業規則において、病気休暇の制度を設けていることがあります。
 典型的には、私傷病の療養のために、年次有給休暇以外で利用できる休暇制度で、一定の期間、欠勤することが認められているものです。
 この場合も、(休暇制度の中身にもよりますが)使用者が、一方的に病気休暇を取得したとする取扱いをすることは難しいと考えます。
 会社によって、病気休暇中に賃金を支払う制度となっているかどうかは、異なるものと思われますが、賃金を支払う制度設計にしているのであれば、当然のことながら、当該病気休暇制度に即して、定められた賃金を支払うことが必要です。この場合は、賃金との関係に限れば、結果として一方的に病気休暇を取得させたのと同様の効果が生じることになりますが、そもそも感染の疑いだけで「病気」の要件に該当するか(就業規則の規定によりますが)疑義があるのみならず、単なる出社禁止の措置をとったにすぎず、病気休暇の取得に付随する不利益(勤務日数への算入や賞与への考慮等)を労働者に一律に甘受させるのは適切ではないと考えます。
 他方で、無給の病気休暇制度を採用している会社であれば、賃金の支払いは不要ということになりますが、使用者が一方的に、病気休暇を取得したこととする取扱いをする場合、実質的には休業を命じたことになるとして、休業手当(労基26条)の支払義務が生じる、と考えられます。
 なお、病気休暇として取り扱うためには医師の診断書の提出を求めている会社も多いと思われますが、そのような場合の取扱いについては別の機会に論じたいと思います。

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弁護士法人淀屋橋・山上合同は、あらゆる分野の法律問題について、迅速・良質・親切な法的サービスを提供している法律事務所。2020年3月現在64名の弁護士が所属。連載を担当したメンバーは、主に企業側に立って、雇用や労働紛争に係る相談対応、法的助言から裁判手続、労働委員会における各種手続の代理人活動等を行っている。

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