『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(ハンス・ロスリング他/著)―思い込みから抜け出しデータに向き合う

キャリア

2019.12.11

第10回 思い込みから抜け出しデータに向き合う

『地方財務』2019年6月号

 6月。役所内の多くの課では、年度当初のドタバタがそろそろ収まる時期でしょうか。また、新年度最初の議会が開かれ、新任の部長や課長にとっては緊張の日々が始まります。財政課は、そうした動きとは全く離れたところで、決算統計に向き合う時期です。
 ン十年前、私が財政課に異動になったとき、まだ決算統計は手書きでの提出でした。パソコンがようやく普及し始めた頃で、Lotus1-2-3という表計算ソフトで打ち出した表を、わざわざ手書きで転記したことを覚えています。それでも財務会計システムが、ある程度計算してくれていたので、それほどの残業にはなりませんでした。システム導入以前は、膨大な作業量があったと聞きます。
 今は、さらに楽になっていることでしょう。また、毎年同じ調査をしているのですから、楽になっていないとおかしいとも言えます。事前の準備さえしっかりしてあれば、すぐにでも表になって打ち出されてくるのではないでしょうか。
 システムが機能している現在、決算統計で取り組むべきは、どうやって表を作成するかではなく、結果をどう活かしていくかということだと思います。せっかく、かなりの手間暇をかけて、日本中が決まったフォーマットで作成し、過去の数字もはっきりしているのですから、これを使わない手はありません。決算統計の結果をどう活用するか、財政課職員の腕の見せ所です。
 さて、今回ご紹介する本は、ハンス・ロスリングさんらが書いた『FACTFULNESS』です。世界中でベストセラーになっている、データへの向かい方について書かれた本で、日本でも大きな反響を呼んでいます。発売されてまだ間がありませんが、きっと古典となって読み継がれていくのではないかと思います。
 ロスリングさんは、スウェーデン出身の医師、公衆衛生学者であり、統計結果をわかりやすい図やグラフにしてプレゼンする姿でも有名です。ロスリングさんのプレゼンを収めたTEDトークは、数千万回も再生されています。
 この本は、ロスリングさんの遺作とも言える著作です。末期のすい臓がんを宣告されたロスリングさんが、息子とその妻との共同作業で執筆し、世界に思いを伝えようとされました。そしてそれは大きな成功を収めたと言えるでしょう。

○「FACTFULNESS」とは

 本のタイトルになっている「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」という言葉は、ロスリングさんによる造語です。いろいろな気持ちが詰まった言葉ですが、本の表紙に書いてある「思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」という表現が意味をよく表しています。
 数字は嘘をつきません。ですから、数字をそのまま受け取れば、間違った理解をするはずはありません。しかし、実際には同じ数字を見ても、別々の考えを持ってしまったり、数字が映す姿が全く見えなかったりします。それは、「思い込み」があるからです。
 世の中は、思い込みで溢れています。思い込みは、知らず知らずのうちに頭の中に侵入し、しっかり根を張りますので、それを克服するのは簡単ではありません。この本ではその例として、「世界はどんどん悪くなっている」「特定の地域の人たちは、いつまで経っても貧しさから抜け出せない」などが示されています。そして思い込みは、暮らしている環境やメディア等から受け取る情報などによって、さらに強固なものになっていきます。
 筆者は、そこから抜け出すためには、事実をしっかり見ることが必要だと言います。事実の基礎になる数字を、曇りのない目で見ることによって、正しい世界が見えてきます。世界を正しく見ないと、対策も的外れなものになってしまいます。

○生活実感は必ずしも正しくない

 ロスリングさんは、「悪いニュースの方が広まりやすい」として、実態と離れた感覚を事実と誤認してしまうことに対して警鐘を鳴らしています。日本に翻ってもそのとおりだと思うことが多々あります。
 例えば、一般によく聞かれる言葉に以下のようなフレーズがあります。
「物価が上がりっぱなしで大変だ」
「どんどん物騒な世の中になってきた」
などです。
 いろいろな報道に接するなかで、そういう実感を持たれたのでしょうが、これは錯覚と言わざるを得ません。
 物価については、日本は長い間デフレに苦しんでいるというのが実態であり、上がりっぱなしということはありません。この間、他の国の物価は基本的に上昇していますので、日本の物価は相対的には下がり続けていると言ってもいいかも知れません。
 治安についても、凶悪な事件や振り込め詐欺などの報道がイメージを悪くさせているのかもしれませんが、実際には全体の犯罪数は減り続けています。
 生活実感を持つのは自然なことですが、それが必ずしも正しいとは言えないことは知っておく必要があります。

○決まり文句に気を付ける

 さらにロスリングさんは、人は物事を単純化しがちであり、一つの方向に物事が動き出したら、ずっとそのように続いていくと誤解する傾向があると指摘しています。
 この罠には、財政課もよくはまります。例えば、財政課が作る資料にも、「少子高齢化の進展により扶助費が増加」といった表現が使われていることがあります。よく使う言葉ですし、何の気なしに書いているのだとは思いますが、いったん立ち止まって考えたいところです。
 高齢化が進んで扶助費が増えるのはまあわかりますが、本来、子どもの数が減れば扶助費は減るはずです。そもそも、少子化と高齢化を一緒くたに考えること自体いかがでしょう。
 また、「長引く景気の低迷により」という表現もよく見かけます。実際には安倍政権下で、戦後最長ともなりそうな景気の拡大が続いているというのに。景気回復が実感できていないのかもしれませんが、お金を預かる所管課としてこうした事実誤認は恥ずかしいことです。

○決算統計にまっすぐ向き合う

 決算統計で出てきた数値にも、「FACTFULNESS」の考え方でまっすぐ向き合いましょう。
 例えば、扶助費は増えているに決まっていると思考停止しないで、本当に増えているのか、増えているとしたらその伸び方はこれまでと比べてどうか、しっかりデータで確認しましょう。高齢者の数なども確認したいところです。意外と増加は止まっているかもしれません。
 せっかくかなりの手間をかけて仕上げる決算統計です。グラフ化する、他市と比較する、といったひと手間をかけて、数値が訴えている真の姿に迫りましょう。
 ロスリングさんが、生涯の最後の時間を捧げて書き上げた「FACTFULNESS」。仕事に、人生に必ず活かせる名著です。是非、ご一読を。

【今月の本】
『FACTFULLNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』ハンス・ロスリング 他/著
(日経BP社、2019年、定価:1,800円+税)

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