
ガバナンスTOPICS【イベントレポート】
【あれから15年スペシャル Part1】東日本大震災15年。記憶を未来に伝承するために/イベントレポート
NEW地方自治
2026.05.19
目次
出典書籍:『月刊ガバナンス』2026年5月号
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【ガバナンス・トピックス】
東日本大震災15年。記憶を未来に伝承するために
──仙台市で「あれから15年スペシャル」Part1を開催
仙台市役所職員の有志のグループ Team Sendai が中心となり、東日本大震災の経験を記録し伝えるイベント「あれからスペシャル(あれスぺ)」が、東日本大震災から15年目を迎えるにあたり、仙台市内でイベントを開催した。時間の経過とともに記憶が薄らいでいく中で、震災の経験を未来につなげるために何ができるかを考える場となった。
活動開始から10年
あれからスペシャル(あれスぺ)は、仙台市職員有志グループTeam Sendaiのメンバーが中心となり、東日本大震災の「風化に抗う」ために2016年から定期的に開催。東日本大震災の対応に従事した職員らへの聞き取りや、朗読や映像、専門家を招いてのワークショップなど、震災の記憶や経験を様々な形で伝え、未来に備える活動を行ってきました。

このほど東日本大震災から15年目を前に「あれから15年スペシャル」が開催された。2月22日に行われたPart1(注)では、「人の口から人の心へ伝える~みんなの震災体験を100年後の人たちへ」をテーマに専門家による講演や震災当時の経験談などを共有する会となった。
※ Part2は、「朗読とフルートが紡ぐ東日本大震災」と題し、3月8日に仙台市内で開催された。
実行委員長・鈴木由美さんによる挨拶
まず、あれスぺ実行委員長の鈴木由美さんが挨拶。「あれスペを初めて開催したのは2016年3月。10年目の節目を迎えた。出前講座や伝承イベントは97回を数え、延べ5700人以上に体験を伝えるテーマで活動してきた。この10年の間にも全国で様々な災害が起きている。そのたびに『東日本大震災の経験は果たして活かされているのか』という言葉を耳にする。伝承活動をしている身として自分が問われているような気分になり、自問自答することもしばしばあった。しかし、あれスぺの参加者のみなさんの真剣な姿を見ると、こうしたささやかな場をコツコツと続けていくことが災害時の力になるのではないか、と思うようになった。体験を語る場がないと言われるが、話したい人、そして聴きたい人はまだまだいるはず。そんな方々にぜひこの場を活用してほしい」と述べた。
記憶と記録
「震災遺構をめぐる狂騒的な動きを問う―生活史調査をもとに」
最初のプログラムでは、岩手大学地域防災研究センター准教授の坂口奈央さんが「震災遺構をめぐる狂騒的な動きを問う─生活史調査をもとに」と題し講演した。
震災遺構を題材に研究をしている坂口さんは、「震災遺構には、社会を問い直すきっかけや、新しい何かを生み出す可能性があったのではないか」と指摘。
震災当時、地元テレビ局のアナウンサー・報道記者だった坂口さん。研究のきっかけは、岩手県大槌町で聞いた「(震災遺構(旧役場庁舎))を保存するにしても解体するにしても、覚悟が必要だ」という語りだったという。
坂口さんは、震災遺構が「恥の場所」という語りもされていたことも紹介した上で、「震災遺構は本当に防災のためだけのものだろうか。三陸の人々を被災当事者ではなく『生活者』として捉え直した時、地域に生きてきた固有の思いがそれぞれの遺構をめぐる語りに現れていた。あの日から15年、震災遺構は鏡のような存在だったのではないか。自己を問い直し、土地で再び生きていく原動力を獲得していく『生の問い直し』の場所なのではないか」と会場に問いかけた。
「新型コロナウイルス感染症と戦った人々の記録―エスノグラフィー調査報告」
続いて行われたプログラムでは、常葉大学名誉教授の重川希志依さん、同大教授の田中聡さんが登壇し、㈱ばとん代表取締役/ソーシャル・ファシリテーターの遠藤智栄さんが進行役となり、「新型コロナウイルス感染症と戦った人々の記録─エスノグラフィー調査報告」を行った。
重川さん、田中さんらはこれまでもTeam Sendaiメンバーとともに、災害エスノグラフィー調査と呼ばれる、災害経験者らから当時の体験を詳細に聞き取り、マニュアル化難しい「暗黙知」を記録する調査手法で、記録・記憶の伝承を実践・サポートしてきた。今回は、その手法を用いて保健所、医療機関、看護師、市役所、県庁など、新型コロナウイルス感染症に従事者を対象にした調査結果について報告した。
田中さんは、調査結果から「感染症は法律で対応が決まっているが、ボリュームが増えると破綻する。これは災害と同じだった」と分析。例えばホテル療養に保健所や役所の職員が24時間交代で派遣され、食事も最初はコンビニ弁当の同じものだったことを例に、「避難所運営の状況と酷似している。」と述べた。
重川さんは「災害と大きく違うのは、根拠法がしっかりあったこと。疫学調査などのノウハウも元々あった。しかし、全国一斉だったため応援が一切できなかった。災害は市町村が主導するが、コロナは国と都道府県が中心だった」と災害と感染症との違いを指摘。また、医療従事者らについても触れ、防護服を着て、過酷な状況下で対応を余儀なくされる中、「何が辛かったか」という問いに、「患者さんの手をさすってあげられなかったのが辛かった」という職務としての心残りを話していたことを紹介。現場の想いとそれに対する感謝を共有した。
元区長としての経験
「宮城野区長としての3.11」
震災当時、仙台市宮城野区長を務めていた木須八重子さんは、「宮城野区長としての3.11」と題し、当時を振り返った。
木須さんは、震災当時
■助かった命は守る
■市民の気持ちを受け止めよう
■職員の心のケアは絶対に必要
■最後に目指す姿から今を決めよう
──の4つを判断軸として持ちながら職務にあたっていたと紹介。
「特に職員にお願いしたのは『市民の気持ちを受け止めてください』ということ。基礎自治体職員の任務というのは、災害時のセーフティネット。本来の任務だから続けなければならない。だから、とにかく職員が倒れたり、心折れたりしないように心がけていた。それがどれくらい効果的だったかは分からないが、とりあえずやれることはやろうと思っていた」という。
また、庁内を回っていた時に、窓口カウンターの内側、職員からしか見えないところに「市民の気持ちに寄り添って」というテープが貼られていたエピソードを紹介し、「私がお願いしていたことを一生懸命やろうと頑張ってくれていたんだなと思うと、本当に職員に頭が下がった」と振り返った。
木須さんは、判断軸のベースにはさらに、
■横並びをよしとしない
■公平よりも公正
■朝令暮改もする
■想定外と言わない
──という「4つのクレド(信条)」がベースにあると紹介。
「災害時は防災計画に書いていないこと、マニュアルにないこと、その狭間にあることがたくさん起こる。時には大胆に変えていくことも必要になる」と締めくくった。

元宮城野区長の木須八重子さんは、震災当時の区役所の様子を振り返った。
災害伝承についての研究結果
災害情報学が専門の東北大学災害科学国際研究所准教授の佐藤翔輔さんは、災害伝承についての研究結果を紹介。2024年の能登半島地震の被災者の6割が東日本大震災について記憶していたが、避難行動には変化がなかったという。「知っていること」と「行動すること」の間には壁があることを共有した。
様々なプログラムを実施
このほかにも、様々なプログラムを実施。ライフラインが途絶えた時の「サバ・メシ」(サバイバル飯)や宮城教育大の学生たちが震災を知らない世代への防災教育として実践している「災害伝言ゲーム」やSNSから正確な情報を見抜くワークショップなども体験した。

防災学習で行われているゲームやワークショップも行い、参加者同士の交流も活発に行われた。
会場には、現役大学生などの若い世代や次なる災害に備えて学ぼうと全国各地から自治体職員らが参加した。未来向けて考え、備える一日となった。
(本誌/浦谷 收)
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