
解説 “課題”こそが、地域における最高の「資源」である/中軽米 真人(八幡平市産業建設部商工観光課課長補佐)
NEW地方自治
2026.05.18
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解説
“課題”こそが、地域における最高の「資源」である
八幡平市産業建設部商工観光課課長補佐
中軽米 真人
「志民」との協働で拓く、地方発の革命
「若者がいない」「仕事がない」「IT人材がいない」。
地方創生の現場では、こうした「ないもの」を嘆く声が後を絶ちません。日本の総人口が減り続けている現代において、どこかの自治体から人を移住させること以外では、人口増を望むことは難しいのが実態です。そんな「パイの奪い合い」に終始していては、地方に未来はありません。
八幡平市もご多分に漏れず、人口わずか2万2,000人しかいない、岩手の山奥に位置する過疎のまちに過ぎませんが、なぜか「志」ある熱い仲間たちが世界中から集い、デジタルの力で次々と地域に新たな変革を起こし続けています。なぜこんな事態が起きているのでしょう?
「契約」で結ばれた受注者と発注者という関係ではなく、民間と行政という垣根を取り払い、「地域の未来をより良くしたい」という同じ志で結ばれたパートナーとしてともに地域の未来を拓く。八幡平市で起きている挑戦の起点はすべてここから始まります。
どうしてこんなおかしな事がまかり通っているのか? すべての答えは「起業志民プロジェクト」にあります。
本稿では、行政が「発注者」の立場を捨て、民間とともに汗をかく「共創者」の関係となることで切り拓いた、地域DXの新たな地平について詳述します。
「ないなら創る」起業家の魂を受け継ぐ、まちの遺伝子
八幡平市は北東北の中央に位置し、かつては幕政時代の南部盛岡藩における交易の要衝として栄えました。このまちの歴史は、常に時代の荒波を乗り越える「産業転換」の連続でした。
明治末期から本格的に開発された松尾鉱山は、最盛期にはアジア最大の硫黄産出量を誇りました。標高1,000メートルの高地に、当時としては最先端の水洗トイレ付きアパート群や映画館などが立ち並び、まさに「雲上の楽園」と呼ばれるほどに隆盛を極め、鉱山が立地していた旧松尾村は、交付税不交付団体になるほどでした。
しかし、1972年、原油の精製過程で回収される硫黄とのコスト競争に敗れ、鉱山の運営会社が倒産し、閉山に追い込まれました。最盛期には約1万5,000人が暮らした雲上の楽園から一斉に人が消え、単なる雇用喪失というだけでなく、地域のアイデンティティであり核となっていた「産業」が消滅する、という歴史の転換点でした。
そこで先人たちが選んだのが「観光」への産業シフトでした。このプロセスで、重要な役割を果たしたのが、リクルート創業者の江副浩正氏です。彼は大自然に可能性を見出し、当時一般的だった行政主導ではなく、民間企業による外部資本を導入し、未来への投資を行い、常識を覆すデザインとマーケティングで、単なる地域の娯楽施設ではなく外需を呼び込む産業として「安比高原スキー場」を開発。何もない山原を、ペンションが立ち並ぶ日本屈指のリゾート地へと劇的に変貌させたのです。
「時代の変化を先取りして、外の視点を取り入れて生き残る」。これこそが、八幡平市に脈々と受け継がれる「まちの遺伝子」です。江副氏という「よそ者」の熱量がまちを変えたように、現代においても、外から来る起業家の力は重要です。この「外部を受け入れる土壌」があるからこそ、再び訪れた人口減少という危機に対し、守りに入るのではなく、開拓者として立ち向かってきたのです。
スパルタキャンプで技術ではなく「マインド」を育てる
2015年、私たちは「起業志民 Project」を始動させました。この中核となるのが、短期集中型の起業家育成合宿「スパルタキャンプ」です(図-1)。
図-1 スパルタキャンプの様子

この合宿は、全くの“ド素人”を対象に、アプリ開発に必要なプログラミングスキルや新規事業開発のメソッドを叩き込みます。最大の特徴は、宿舎も含めて受講料が「完全無料」であること、そして応募資格が高校生以上なら誰でも可という点です。
なぜ、片田舎の一自治体が無料でスキル教育を提供するのか。「税金のバラマキではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、私たちはこれを「教育」ではなく「投資」と捉えています。
将来、八幡平市を舞台にビジネスを起こし、地域課題を解決してくれるパートナーを育てるための先行投資。だからこそカリキュラムは過酷です。「無料だから参加した」という甘えは一切許しません。週末の講義後の課題を期限までにクリアできなければ、理由の如何を問わず、容赦なく「クビ」にします。この試練を乗り越えたメンバーだけが、次週の講義に進むことができるルールです。
スパルタキャンプの運営は、第1期メンバーが起業した会社が行っているだけでなく、講師やアシスタントも全員がキャンプ卒業生です。スパルタキャンプで人を育て、5年間家賃ゼロ円のシェアオフィスで創業を支援し、事業計画策定に伴走して、起業したメンバーがスパルタキャンプに戻ってきて、育てた起業家が次世代を育てる。この循環こそが、八幡平市における起業家育成エコシステムの基盤です。
ここで私たちが大切にしているのは、行政が中途半端に口を出すのではなく、民間のプロフェッショナルな視点とスピード感を尊重すること。この「任せる勇気」こそが、これまで18ヵ国から4,000名を超えるエントリーを集める熱狂を生み出した要因です。
そして何より参加者は、合宿を通じて地域の食を味わい、住民の切実な悩みに触れます。
「このおばあちゃんが困っている課題を、自分のアプリで解決できないか」。
技術習得の動機が「自分のため」から「誰かのため」に変わった瞬間、彼らは単なるコーダーから、地域を変える「志民」へと進化します。私たちが目指したのは、この「アントレプレナーシップ(起業家精神)」を持った人材の育成なのです(図-2)。
図-2 プロジェクトの全体像

育てた仲間たちと「共創」する未来
過酷なカリキュラムを生き残り、起業家精神を叩き込まれた彼らの「志」は、今、確かな形となって地域に還元されています。
現在進めている「八幡平市メディテックバレープロジェクト」において、高齢者見守りや遠隔診療の基盤開発を担っているのは、都内の大手ITベンダーではなく、キャンプから巣立った卒業生たちが起業したスタートアップ企業です(図-3)。
図-3 遠隔診療の様子

従来の行政DXでは、行政が仕様書を作成し、入札で最も安い業者を決め、納品されたシステムを使うのが通例でした。しかし、そこには「魂」が入る要素がどこにもない。使い勝手が悪かったり、現場の実情に合わなかったりすることも少なくありません。
一方、私たちのプロジェクトでは、開発者自身がこのまちで暮らし、課題を肌で理解しています。さらに、キャンプの中で行っている新規事業開発の講義でシリコンバレーのスタートアップ育成と同様に「誰の、どんな痛みを解決するのか」を徹底的に叩き込んでいるため、プロダクトが独りよがりになることがありません。
実際に導入されたIoT見守りデバイスは、高齢者にストレスを与えないよう操作不要の「ゼロUI」に設計し、親しみやすい犬のキャラクターを採用しました。努力の甲斐もあり、現在は最高齢で90代の女性が問題なく利用できています。この絶妙なバランス感覚は、地域に入り込み、住民との信頼関係を築いた人間でなければ生み出せません。
これは「発注・受注」というドライな関係からは決して生まれない、まさに「共創(コ・クリエーション)」の果実です。
「課題」は官民共創で活きる最高の「資源」
私たちのエコシステムは、起業家の「囲い込み」を目的としていません。
卒業生が世界へ羽ばたくことも歓迎しています。なぜなら、私たちをつないでいるのは契約書や予算ではなく、「このまちをフィールドにして、世界を良くしたい」という共通の「志」だからです。
事実、首都圏に住みながら市内に法人登記を行ったり、オンラインで八幡平のプロジェクトに参画し続ける卒業生も珍しくありません。地理的制約を超え、彼らが新たな技術や人材を還流させてくれるのです。
日本は世界最速で高齢化が進む課題先進国です。その最前線にある八幡平市には、解決を待つ「課題」が山のように眠っています。
行政だけでは、課題は抱え込むだけの「コスト」に過ぎません。しかし、そこに民間の「テクノロジー」と「志」が掛け合わされたとき、課題はイノベーションを生む「資源」へと変貌します。
私たちのプロジェクトが証明したのは、行政が「場」を開いて、民間が「解」を創るという、対等な共創関係の強さと成果物の有用性です。
「課題」こそが、官民共創とイノベーションを促進する最高の“資源”である。
そう信じて、私たちはこれからも熱い志を持った仲間とともに、この岩手の片田舎から未来のスタンダードを創り続けていきます。
Profile
中軽米 真人(なかかるまい・まこと)
1974年生まれ。松尾村役場に奉職して農政、総務、情報政策などを担当する。合併協議会では電算統合を統括し、八幡平市に合併後は電算や広報、地域自治基盤の再構築、企業誘致や地域の人材獲得・育成・定着プラットフォームの構築などに携わる。世界中からIT起業家志望者を集めることで、過疎地にゼロから多くのテック企業を育て、国や大企業からも注目を集めている。「地方公務員が本当にすごい!と思う地方公務員アワード2023」受賞。
この記事は「月刊 J-LIS」で過去に掲載された内容の引用です。
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