自治体DXナビ|行政DXの最前線から見える「官民の壁」とその超え方/三宿 仁(姫路市デジタル・マネージャー、鈴鹿市DX推進監)

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2026.05.18

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自治体DXナビ
行政DXの最前線から見える「官民の壁」とその超え方
──経営概念から紐解く自治体変革の急所


姫路市デジタル・マネージャー、鈴鹿市DX推進監
三宿 仁

キャリアの原点:技術の胎動から「行政」という現場へ

 私のエンジニアとしてのキャリアは2002年、茨城県にある工場の片隅から始まりました。当時はC言語を用いて制御系システムを構築するプログラマーとして、極めて厳格な仕様と精度が求められる環境に身を置いていました。0か1かのデジタルな世界、寸分の狂いも許されない制御の現場でITに関する経験をしました。

 転機が訪れたのは2006年でした。YouTubeを筆頭に多くのスタートアップが産声を上げ、シリコンバレーを中心に世界が「Web 2.0」という大きなうねりに包まれた時代です。梅田望夫氏の著書『ウェブ進化論』に感化され、テクノロジーが世界をフラットにする未来に強烈な希望を抱いた私は、迷うことなく当時の仕事を辞め、住んでいた家も引き払い、単身アメリカへと渡りました。

 現地で出会ったのは、日本出身の起業家が立ち上げたスタートアップでした。日米を繋ぐBtoBオンラインサービスの構築にシステムスペシャリストとして参画。プロダクトをゼロから形にする日々は、「不確実な未来を自らの手で正解にしていく」という、経営の本質的な興奮に満ちていました。

 2008年のリーマン・ショックによりその事業は消失しましたが、帰国後にたどり着いた株式会社サイバーエージェントではディレクターを経て、現在はAI事業本部にてAIを活用したプロダクトの事業責任者を務めています。最先端テクノロジーをいかに社会実装し、持続的な価値を生み出すか。この難題に挑み続ける中で、2022年からは姫路市の中核的経営人材としてスマートシティ・EBPM担当のデジタルマネージャー、2024年からは鈴鹿市のDX推進監に就任いたしました。

 民間、海外スタートアップ、そして自治体。異なる文脈を渡り歩いてきたからこそ見える「行政DX」を、単なるIT導入ではなく「経営」という視点から再定義してみたいと思います。

経営の定義から見る「官民のギャップ」

 民間企業の経営者たちが共有する、極めてシンプルかつシビアな概念があります。それは、「経営=目的の設計×資源の配分」という定義です。

 経営とは、不確実な未来に対して「どこに向かうのか(目的)」を設計し、その達成のために「限られたリソース(ヒト・モノ・カネ・時間)をどこに投下するか(配分)」を判断し続ける行為に他なりません。この視点に立ったとき、行政組織と民間経営の間には、想像以上に深い構造的ギャップが存在していることに気づかされます。

(1)「目的」の設計:与えられた義務か、創り出す意志か

 民間における「目的の設計」は、常にリスクと背中合わせです。どの市場で戦い、どのような価値を出し、最終的にどのような状態を目指すのか。これを言語化し、設計すること自体が経営者の意志であり、責任の源泉です。

 対して行政において、組織の「目的」は多くの場合、法律や制度によって「与えられたもの」です。「住民の生活を守る」「公共の福祉を増進する」という崇高な目的は、動かしがたい大前提として存在します。しかし、DXにおける「目的」とは、そうした抽象的な義務を果たすことではなく、デジタルという手段を用いて「どのような新しい行政サービス体験をデザインするか」という、能動的な設計であるはずです。

 この「目的の設計」を欠いたまま、単に「デジタル化という指示」をこなそうとすると、手段が目的化し、誰のためにもならないシステムが量産されることになります。

(2)「資源」の配分:トレードオフの決断ができるか

 経営のもう一つの柱である「資源の配分」において、民間と行政の差はさらに顕著です。経営の本質は「選択と集中」です。リソースが有限である以上、「Aに投資するということは、Bには投資しない」というトレードオフの判断を下すのが経営者の役割です。

 しかし、行政組織は「公平性」を重んじるがゆえに、このトレードオフを極端に嫌います。すべての住民に、すべてのサービスを、等しく届ける。このユニバーサルサービスの原則は行政の矜持ですが、DXという変革の局面においては、しばしば「資源の分散」を招きます。既存のアナログなフローを維持したまま、デジタルの仕組みを上乗せする。結果として「ダブルコスト」が発生し、現場の職員はさらに疲弊していく。

 「何かを始めるために、何かをやめる」という資源配分の意思決定こそが、現在の自治体DXに最も欠けている要素ではないでしょうか。

「管理」と「経営」の混同:行政組織の罠

 経営と「管理(マネジメント)」を明確に区別する必要があると考えます。管理とは、決められた目的と資源の枠組みの中で効率を最大化し、ミスを減らすことです。一方、経営とは目的そのものを創り、リスクを取って資源のポートフォリオを変えることです。

 これまでの自治体の強みは、まさにこの「管理」にありました。法に基づき、前例を踏襲し、100点満点の正確さで事務を遂行する。しかし、DXとは既存の枠組みを破壊し、再構築する「経営」の営みです。

 「失敗ができない」という行政特有の無謬性神話は、ピッチャーの防御率(いかに失点を防ぐか)を競う管理の論理です。しかし、新規事業やDXはバッターの安打率(いかに多くの打席に立ち、一本のヒットを生むか)で考えるべき経営の論理です。防御率を競っている組織に、三振を恐れずにフルスイングしろと言っても、それは土台無理な話です。

 この「管理の論理」で「経営の課題(DX)」を解こうとしていることこそが、多くの自治体で変革が停滞している真因だと感じています。

参入障壁とテクノロジーの陳腐化

 「資源の配分」を最適化しようとしたとき、外部の力をいかに活用するかは極めて重要な戦略になります。しかし、ここでも行政のルールが壁となります。

 現在の公共調達制度は、過去の導入実績や資本力を重視するあまり、尖った技術を持つ新興企業やスタートアップにとって非常に高いハードルとなっています。AI分野のように、テクノロジーの進化が日進月歩の領域において、行政の単年度主義の予算編成と数年がかりの調達プロセスは、実装される頃にはその技術が陳腐化しているという事態を招きかねません。

 「確実性」を求める調達が、結果として「低品質なデジタル体験」という不確実性を住民に押し付けていないか。民間の経営的視点から見れば、リソース(予算)をどこに投下すれば最大のレバレッジ(住民価値)がかかるのかという「センターピン」の見極めが、制度の壁によって阻害されているように見えます。

「やったもの負け」を打破する:評価制度の再設計

 「資源の配分」はカネやモノだけではありません。最も重要な資源は「職員の情熱と時間」です。しかし、現在の自治体の評価制度は、新しいことに挑戦するインセンティブを十分に提供できていない印象を受けています。

 完全な年功序列の下では、どれだけDXを推進し、業務を効率化しても、それが正当な評価や報酬に結びつきにくい。それどころか、効率化によって生み出された「余白」は、さらなる別の業務で埋められる。これでは、現場の職員が「やったもの負け」と感じるのは至極当然の反応です。

 私が考えるべきは、効率化の「先」にある価値です。RPAやAIで作業時間を短縮することは、経営的には「資源の回収」に過ぎません。大切なのは、その回収したリソースを、次にどのような「人間としての価値創造」に再配分するかを設計することです。

 ルーチンワークから解放された職員が、住民の抱える複雑な課題に深く向き合い、新たな政策を構想する。あるいは、これまでにない市民との協創の場を作る。こうした「人間だからこそできる創造的な仕事」へのシフトを評価の軸に据えることができれば、DXは「やらされる苦行」から「自分たちの価値を高める武器」へと変わるはずです。

鈴鹿市での実践:すべては「対話」から始まる

 2024年、鈴鹿市のDX推進監に就任して私がまず行ったのは、全部局長との「1on1(個別面談)」でした。一人あたり20分という限られた時間の中で、私が問い続けたのは、システムの要望ではなく、彼らが抱える本質的な課題と「将来、この街をどうしたいのか」という意志でした。

 この活動を通じて確信したのは、DXの実現には、システム云々の前に、関係する人との「コミュニケーション」が何より重要であるということです。なぜなら、「資源の配分」を変えるということは、誰かの慣れ親しんだ仕事を奪い、新しい役割を強いることでもあるからです。そこに信頼関係がなければ、どんなに優れた戦略もただの「ありがた迷惑」な押し付けに終わります。

 相手が何を大切にし、どのような未来を描いているのか。それを深く理解し、尊重した上で、デジタルの利便性を提案する。このプロセスは非常に泥臭く、時間もかかります。しかし、この「人間関係値」こそが、資源配分という痛みを伴う決断を下す際の唯一の潤滑油になるのです。

結びに代えて:パッションが未来をハックする

 DX推進監としての私のこだわりは、堅苦しい会議室での議論だけではありません。夜の懇親会などの「リアルな対話」の場を大切にすることです。お酒を酌み交わしながら、あるいはざっくばらんな対話の中で、それぞれの立場を超えて「将来、この街をどうしたいのか」という夢を語り合う。そこから生まれる信頼関係こそが、硬直した組織に風穴を開ける最強のエネルギーになります。

 DXとは、単なる「IT化」ではありません。それは、慣習や制度という高い壁を、人と人との繋がりによって乗り超え、新しい行政のあり方を共創していく「永久運動」です。たとえ今の評価制度が追いついていなくても、目の前の住民の利便性が向上し、同僚の業務が少しでも楽になる。その「小さな光」を積み重ねていくことに、私は民間人材として関わる誇りを感じています。

 姫路市で、そして鈴鹿市で、私が向き合っているのはシステムではなく「人」です。情熱を持って語り合い、互いの弱さを補い合い、ともに汗をかく。この泥臭いコミュニケーションの積み重ねこそが、デジタルという無機質な道具に命を吹き込み、自治体の未来を切り拓く唯一の道だと信じています。

 経営とは「意志」です。どのような社会を創りたいかという意志が、「目的」を定め、「資源」を動かします。行政という巨大な組織においても、一人ひとりの職員がこの「経営者意識」を持ち、自らの仕事をハックし始めたとき、日本は本当の意味でのデジタル強国へと脱皮できるのではないでしょうか。

 私たちは、もっと夢を語るべきです。もっと失敗を笑い飛ばし、挑戦を称え合うべきです。その中心に私が立ち、行政と民間の「橋」となり、圧倒的なパッションを持って突き進んでいく。そんな決意を胸に、これからも現場を走り続けます。

 挑戦こそが、私たちの未来を創る。さあ、ともに行政をハックしましょう。

 

Profile

三宿 仁(みしゅく・じん)
2002年プログラマーから始動。シリコンバレー挑戦を経て、現在は株式会社サイバーエージェントのAI事業本部にてAIプロダクトの事業責任者。2022年より姫路市、2024年より鈴鹿市DX推進監を兼任。民間と行政の「大陸」を繋ぐ翻訳者として、AI社会実装と組織変革に挑む。現場の対話を重視し、官民共創の新たな形を追求している。趣味は狩猟、猫好き。

 

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