政策トレンドをよむ 第20回 市民はどのように政策や科学に関われるのか ― 市民参加の現在
NEW地方自治
2024.12.09
目次
※2024年10月時点の内容です。
政策トレンドをよむ 第20回
市民はどのように政策や科学に関われるのか ― 市民参加の現在
EY新日本有限責任監査法人 FAAS事業部マネージャー
吉澤 剛
(『月刊 地方財務』2024年11月号)
政策に市民が参加するという取り組みには様々な歴史と文脈がある。市民参画(PI)は1960年代後半に米国における環境規制の文脈で使われ始め、1990年代には交通政策においても重要性が高まり、日本の交通計画策定に取り入れられていった。その後、1990年代後半に英国で遺伝子組換え論争やBSE(狂牛病)騒動が発生すると、科学技術政策への市民参加(PP)が求められ、同時期に市民関与(PE)という言葉も登場する。さらに、英国の国民保健サービス(NHS)改革のために、地域におけるプライマリケアサービスの成果や改善に焦点を当てた地域コミュニティの関与やコミュニケーションに関する取り組みとして患者・市民参画(PPI)と呼ばれる研究実践も広まった。こうした言葉の厳密な使い分けは難しいが、「参画」が積極的で公共的な役割を果たす意味合いが強いのに対し、「参加」は関わり方として意図的ではあるが受動的である。「関与」は意識せずに関わっている場合も含むとされる。
政策への市民参加とは別に、市民が科学的活動に参加する「市民科学」と呼ばれる活動もある。日本では平安時代の9世紀から1200年にわたって京都の人々が残した桜の開花日記が長期の気候変動の解析に役立てられており、記録に残る最古の市民科学ともいわれている。2000年代からオンラインによる市民科学が広がりを見せ、銀河の形状から画像を判定するGalaxy Zooや、鳥の生態・移動を観察して報告するeBird、タンパク質の構造解析をパズルゲーム形式で行うFolditなどのプロジェクトが世界的に知られている。一方、地域における社会課題に取り組むような市民科学もある。たとえばセーフキャストは福島第一原発事故を受けて始まった世界各地の空間放射線を市民が測定・活用する市民科学プロジェクトであり、現在は大気汚染物質の測定も含めて幅広く環境・健康影響に関するデータを収集・公開している。
市民参加の目的やゴールは、しばしば政策や科学という垣根を越える。たとえば、南オーストラリア州政府におけるコアラ管理保護に関する政策形成の初期段階で、コアラの生態観察を行う市民科学プロジェクトのデータが活用された。このように市民科学は科学の発展や参加者の学習につながるばかりでなく、政策形成に貢献することもある。ただし、公共政策として市民科学を振興していくには知的財産権や研究公正、参加者保護が課題とされている。
さらに、地域課題に取り組むための新たな市民参加の動きもある。マンホール聖戦は2021年に渋谷区を対象に実証実験として始まった市民参加型イベントで、今や全国各地に広まっている。これは、マンホールのような社会インフラの老朽化に対し、ゲーム形式で市民1人ひとりが関わることでインフラ保全を目指すという活動である。ゲームとしては単純であり、まだ他のプレイヤーに撮影されていないマンホールを見つけて撮影、アプリに投稿する。投稿・レビューの数によって報酬が得られ、期間限定イベント開催を各地で行うことで参加者の関心や意欲を高めている。これは単なる社会貢献型ゲームというよりも、セーフキャストのように市民がITなどを活用して社会課題に取り組むシビックテックといえる。
隠岐ユネスコ世界ジオパークは、島根半島の北方に位置する隠岐諸島の陸域と海域をあわせたジオパークであり、大地の成り立ち、独自の生態系、人の営みを1つの物語として知ることができる地域となっている。この隠岐ジオパークは、地元有志の取り組みから始まっている。隠岐における様々なまちづくり団体が個別に行ってきた地域活性化活動をより効果的にするため、2003年に風待ち海道倶楽部という団体が官民一体で設立された。風待ち海道倶楽部では、まず地元住民こそが隠岐の魅力を再認識することが重要であると考え、岩石や地層を含めた地質資源と生物、歴史・文化などを学ぶ地域学講座を開催し、エコツーリズム、ひいてはジオパークに通じる土台を作った。特徴的なのは、本当の隠岐を知ってもらうために講師も運営も島の住民で行うこととした点である。この団体の中心人物であった野邉一寛さんは役場の建設課に所属していたが、講座の開催やガイドブックの執筆などを土日や平日の夜に進めて、いろいろな人々を巻き込んでいったという。
大事なことは、市民が政策や科学といった大きな題目を意識して参画するばかりでなく、自分の身の回りの問題関心から身の丈に合った活動を楽しんでいくうちに、結果として政策や科学に関与しているという仕掛けの可能性である。そうでなければ、どうしても関わる市民の肩に力が入り、特定の方向に政策や科学を曲げてしまうことも起こりかねない。何よりも、自分たちの生活からあまりにもかけ離れた問題には、継続的・長期的に関わっていこうという気持ちが長続きしない。そして、「誰もが市民である」という認識も欠かせない。互いの能力や専門性を尊重しつつ、ときには所属する組織の力を利用しながらも、立場の異なる関係者がフラットに協働して地域の課題に取り組んでいくことが、これからの市民参加の理想形といえるだろう。
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