政策課題への一考察 第101回 自治体におけるサービスデザインの可能性
地方自治
2024.10.03
※2024年8月時点の内容です。
政策課題への一考察 第101回
自治体におけるサービスデザインの可能性
株式会社Groove Designs取締役
東 宏一
(「地方財務」2024年9月号)
はじめに
近年、地方自治体において住民向けサービスでの利便性向上に向けた取り組みが注目されている。特に、コロナ禍で行政サービスデジタル化の様々な課題が浮き彫りになる中で注目が集まっており、2021年に設置されたデジタル庁でも、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化を。」というミッションが掲げられている。
筆者自身も、福岡市、宇都宮市で行政サービス利用者のユーザービリティ向上に向けた取り組みや、サービスデザインを組織に取り込むための取り組みを行っている。
こうした、利用者目線での行政サービスデジタル化自体は、住民にとってメリットが大きく、今後さらに推進されるべきであるが、初めて取り組もうとするとイメージが付きづらく、過度な期待にもつながりやすい。本稿では、これからの地方自治体においてサービスデザインの取り組みがもたらす可能性と、その限界について考察したい。
1 そもそも、サービスデザインとは何か
サービスデザインは、顧客(サービスの利用者、受益者)にとって望ましい連続的な体験を提供するための仕組みとしてサービスを構想し、実現するための方法論である。余談だが、筆者がサービスデザインについて紹介させていただく際、「ペルソナやカスタマージャーニーを作ることですよね?」と聞かれることがある。確かにこうしたアプローチも含まれるが、サービスデザイン自体は特定の手法を指すものではない点には、注意が必要である。
サービスデザインがどのようなプロセスで進むのかについては、一般的にはダブルダイヤモンドと呼ばれるデザインプロセスで説明されるため、これについて紹介したい。ダブルダイヤモンドとは、2005年に英国デザインカウンシルが提唱した、サービスデザインに限らず広く用いられるフレームワークであり、問題の探索と解決策の探索という2つのフェーズに対して、それぞれ探索的な「発散」と、それらを統合していく「収束」のアプローチが適用されるということを表している(図1)。ここで重要なのは、解決策を幅広く出し、実際に実装するものを選ぶ、という解決策の探索だけでなく、解くべき問題の探索というプロセスが含まれていることである。「そもそも問題は何なのか?」が適切に設定されていなければ、どれだけ正しい解決策の実装に取り組んでも、結果として成果が伴わない。正しい問題を設定し、それを正しく解く、ということが鍵となる。なお、ここでいう「正しさ」とは絶対的な解が存在するということではなく、サービスの置かれた状況ごとに設定されるものである。サービス提供側である行政にとっての視点と、サービス利用者側である住民の視点を踏まえ、より効果的・効率的に、双方にとって価値があるサービスとなるかが重要な問いとなる(庁内サービスの場合、利用者側は職員等になることもある)。
2 サービスデザインの取り組み方
サービスデザインを進める上では、前述のように「正しい問題を設定し、それを正しく解く」ということが重要となるが、そのためには組織としての体制・プロセスづくりと、サービス開発のステップ別での取り組みが必要となる。
まず、サービス開発のステップについては、①サービス提供者側として何を実現したいのか、という目的を仮置きでも設定すること、②その目的に対して、仮説検証を行い、解くべき問題を設定すること、③問題解決につながる取り組み内容を検証し、実際のサービスに反映すること、という大きく3つがある(図2)。なお、図2で示すように、このステップは必ずしも順序だてて進んで終わり、というものではなく、検証結果を踏まえて立ち返って修正されることもある。
サービスデザインを進める中では、利用者視点で取り組む必要性から、多様な検証ステップが重要となる。例えば、利用者への検証という観点では、本稿では詳細説明は割愛するが、利用者のニーズを把握するユーザーリサーチ、サービスとして落とし込む(開発)ステップでのプロトタイピング、ユーザビリティテスト、といった取り組みがある。
3 行政によるサービスデザインの具体的な事例紹介
サービスデザインについては概念だけでは理解しづらく、具体例に触れ、取り組んでみることで初めて実感できる側面がある。行政によるサービスデザインの取り組み事例として、筆者がサービスデザイン担当のアドバイザーとして関与している、栃木県宇都宮市での公式LINEリニューアルについて紹介したい。
宇都宮市では「スーパースマートシティ」の実現に向け、その原動力となる「デジタル」を効果的に活用し、地域社会全体のデジタル化を推進していくため「宇都宮市デジタル共創未来都市ビジョン」と、このビジョンに基づき、行政として取り組んでいくデジタル施策をまとめた「宇都宮市DX実現タスク」を策定している。DX実現タスクは毎年度ローリングにより取り組み内容をアップデートしているが、ベースとなる考えとして、市民向けサービスにおいては、市民視点で利用しやすく利便性の高いサービスを提供することを意識している。
こうした前提に基づき行ったLINEリニューアルでも、より市民目線で利便性の高いサービスとすることを意識して、開発プロセス自体を見直しつつ取り組んだ。この取り組みで重要なプロセスを図3に示す。まず、そもそも中心的な利用者やその利用シーンはどのようなものなのか、どのようなことを期待してLINEを用いているのか、等についてアンケートによるユーザーリサーチを行い、リニューアルの軸となるコンセプトを定めた。その上で、プロトタイプを用意し、アンケートにより見出した中心的な利用者像に合致する市民に実際に触ってもらい、そのフィードバックを踏まえた改善を行った。
市民に実際に触ってもらったことで、提供側としては見過ごしていたポイントに気づくことができただけでなく、利便性を高める上で具体的な示唆を得ることができた。その前段階で中心となる仮説を整理して言語化していたことにより、市民の声とのギャップを意識しやすくなり、より効果的に取り組みを進めることができた。
4 自治体でのサービスデザインの可能性と限界とは
サービスデザインは、自治体が提供する公共的なサービスをより利便性が高いものとしていく上で大きな可能性を秘めている。ただし、その限界や意識しておくべきことについても指摘しておきたい。
行政としてのサービス提供において、単に「より市民にとって利便性が高いサービスを提供すること」を目指そうとすると、ともすると、住民全てが満足するような過大な投資につながりかねない。また、サービス提供側の持っている視点は限定的であり、「利用者はこうであるはず」という思い込み(無意識のバイアス)には注意が必要である。
筆者が考えるサービスデザインを用いる価値は、今後行政としてのリソースがより減少し、より効果的・効率的なサービス提供・運営が必要となる中で、対象となる住民の問題解決につながり、かつ、過大ではなく持続性のあるサービス提供を目指す上で有効なアプローチとなりうる、という点にあると考えている。つまり、場合によってはプロセスを進める中で「やることを絞り、やらないことを決める」ということも重要になる。
また、より効果的・効率的なサービス実現のためには、宇都宮市の例で示したような取り組みプロセスの見直しだけでなく、組織としてのあり方・体制の見直しも必要となる。国内では、先述のデジタル庁が、省庁としては初となる行政サービスのプロダクト開発やアクセシビリティ確保などに関わるデザイン専門職員による「サービスデザインチーム」を組織している。自治体では、東京都デジタルサービス局が「サービスデザインガイドライン」を公開するなど、全庁的な顧客視点・利用者視点でのサービスづくりに向けた取り組みを進めている。基礎自治体単位で可能なこととしては、知見のある外部人材の採用やデザインリテラシーの高い事業者の調達・育成などが考えられる。
最後に、ここまで触れてきた内容ではサービスデザインはデジタルサービスに特化したもののようにも感じられるかもしれないが、実際にはそこに限らない。利用者である住民の目線に立った、利便性の高いサービスを生み出す取り組みでいえば、例えば通知物や窓口の対面業務のあり方なども、広くサービスデザインに含まれる。
〔参考文献〕
・砂金信一郎、座間敏如、伊藤豪一、佐藤将輝、鈴木章太郎、東宏一、長谷川敦士「行政機関におけるサービスデザインの利活用と優良事例」
https://cio.go.jp/sites/default/files/uploads/documents/dp2021_01.pdf
・英国デザインカウンシルHP「ダブルダイヤモンドとは」
https://www.designcouncil.org.uk/our-resources/the-double-diamond/
・宇都宮市HP「宇都宮市DX実現タスク」
https://www.city.utsunomiya.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/031/070/task11.pdf
・宇都宮市HP「宇都宮市DX実現に向けた取組事例集」
https://www.city.utsunomiya.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/035/835/jireisyu.pdf
・一般社団法人行政情報システム研究所「2022年6月号特集デジタル庁における行政サービスデザインの始動」
https://www.iais.or.jp/articles/articlesa/20220610/202206_01/
*政策コンテンツ交流フォーラムは、株式会社日本政策総研、神戸シティ法律事務所が連携ハブとなり、国・地方自治体・民間企業のメンバーを架橋し、政策的課題を多面的に検討するネットワークです。本コラムを通じて、フォーラムにおける課題認識、政策創造の視点等をご紹介します。
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