政策課題への一考察 第90回 定年引上げによる人的資源管理上の課題と展望 ― 現状の見直しと将来予測の必要性
地方自治
2024.05.15
※2023年9月時点の内容です。
政策課題への一考察 第90回
定年引上げによる人的資源管理上の課題と展望
―現状の見直しと将来予測の必要性
株式会社日本政策総研主任研究員
竹田 圭助
(「地方財務」2023年10月号)
はじめに
(1)自治体の人的資源の歴史的経過
自治体経営の2大資源の1つといわれる人的資源(職員)は外部環境の変化に伴い大きく変動してきた。自治体における人的資源は、自治体の行政サービスを適切に提供するために、仕事の量に応じて必要な人員を配置する(武藤、2023(1))「定員管理」なる概念によってコントロールされてきた。
〔注〕
(1)武藤博己(2022)「定員管理の考え方」公益財団法人地方自治総合研究所。
高度経済成長期(1950年代から1970年代初頭まで)は行政需要の増大に伴い定員は増加傾向にあったが、1990年代半ば以降のバブル崩壊後、財政健全化のための人件費削減や行政改革の一環として、公務員の大幅な定員削減がはじまった。特に2005~2010年の総務省「集中改革プラン」により、コスト削減の手段としての人件費、つまり職員数の削減を図り、全国で約23万人が削減された。その後、2018年を底として現在は微増~横ばいの状況となっている。
各自治体による適正な定員管理の一助として、1979年の自治省「類似団体別職員数」、1983年の自治省「第1次定員管理モデル」、2008年からは「定員回帰指標」などあらゆる指標が提供され、各自治体はこれらを踏まえつつ定員を減らしてきた。ところが「定員管理の参考指標も、職務に必要な人数を厳密に試算したものではなく、現在の在職者数相場に近い(2)」と指摘されるように、必ずしも合理的な指標群とは言い難い。実際には、各種指標や類似団体の状況を鑑みつつ、集中改革プランに代表される国の大号令に基づき一定の削減を図りながら、歴々の部門・政策分野ごとに異なる行政需要の増減に応じて伸び縮みしながら、現在に至っているといえるだろう。
〔注〕
(2)西村美香(2022)「『定年引上げに伴う地方公共団体の定員管理のあり方に関する研究会』の検討を受けて」『地方公務員月報』2022年5月号、15―16頁。
(2)自治体における人的資源管理の転換期としての「定年引上げ」の概要
こうした自治体の人的資源管理は、国家公務員法改正に伴う地方公務員の定年引上げにより転換期に差し掛かっている。定年引上げとは、2023年から2031年まで2年ごとに一歳ずつ定年を引き上げ、65歳定年とすることである。定年引上げに伴い、以下の事項が大きく変更されることとなった。定年引上げの概要、定年引上げに伴う具体的な制度の変更・追加についての整理は図表2のとおりである。
1 人的資源管理の観点からみた定年引上げの影響と課題
これらの変更点は人的資源管理に与える影響や課題は多岐にわたり、また相互に連関しているが、総務省研究会(3)は「定年引上げに伴う定員管理に関する基本的な考え方」として以下3点に集約している。
〔注〕
(3)総務省(2021)「定年引上げに伴う地方公共団体の定員管理のあり方に関する研究会」。
1点目に、「定年引上げ期間中における新規採用者数の継続的な確保の必要性」である。定年引上げ期間中は、定年退職者が2年に1度しか生じないため、自治体の採用方針が退職者補充を基本としている以上、定員が一定であれば新規採用者数が年度によって大幅に変動する可能性がある。これは年齢構成の偏りを生じさせるため、例えば2年間で採用者数を平準化することが必要となる。
2点目に、「中長期的な観点からの定員管理の必要性」である。定年引上げの制度完成まで約10年を要するため、10年先を見据えた計画的な管理が求められる。
3点目に、「業務量に応じた適正な定員管理であることの説明の必要性」である。定員管理の原則は「事務事業を効果的・効率的に遂行するために要する人員を過不足なく適正に配置すること」にあり、この視点が移行期間中も求められるということである。この指摘の背景は、1点目の関係で定年引上げの影響で新規採用者数を調整する際に、退職者数や平準化の手法によっては平準化した場合に定年退職者が発生しない年度は一時的に定員が増加することにある。少なくとも一時的な増員に耐えられるロジックを用意する必要があると解釈できる。
筆者の課題認識は、上記のうち特に3点目について「一時的な凹凸」に関する説明の必要性もさることながら、むしろ人的資源の総量管理の視点からみて、現在の定員がどの程度業務量に応じた適正な状態なのかという点にある。
2 定年引上げにかかる今後の展望 ― 業務量に応じた適正な管理に向けて
それでは定年引上げが完了する2031年度にかけて、自治体はどのような考え方に基づいて何に取り組む必要があるのだろうか。ここでは人的資源の総量管理の視点から、総務省研究会の指摘の3点目「業務量に応じた適正な定員管理であることの説明の必要性」に絞り、以下の2点を述べたい。
(1)現状の見直し:全事業の棚卸しと分析を踏まえた定員・定数の適正化
まず前提として「在職者数相場」の色合いが強い自治体の定員管理の現状は問い直す必要がある。その手段として、まず自治体が所管する全ての事業・業務の棚卸し(業務量および業務プロセス分析)によって現状をデータ化し、可視化することにより客観的に認識する。次に、事業・業務棚卸し及びその分析結果に基づく抜本的変革や改善の実施、また事務事業評価に基づく事業見直しにより業務総量を縮減する必要がある。こうしたアナログ改革の取組の後、デジタル技術や外部資源を活用した業務執行体制の最適化を図る(4)。以上の取組は行財政改革や働き方改革、DXなど複数の観点が前提となる。
〔注〕
(4)なお本来的には、人的資源管理の目的は、総務省の2021年度研究会によれば「組織力の好循環」や「組織パフォーマンスの向上による行政の目的達成」にあるはずだ。そうであるならば、地方自治法に基づく定員管理制度の基本的な考え方は別にして、実務上は、人的資源管理は正規・非正規を問わないどころか外部委託や指定管理者制度等、人手の外部化を含める必要があるだろう。
これらは現状をより精緻に認識し業務総量を減らす取組といえるが、ここで留意したいのは「適正化」の観点である。仮に全庁の業務棚卸しを行った結果として実質的な工数削減の余地を観測した際、工数削減の後にこれを「余剰」とみて人員削減に舵を切るか、「将来に必要な余力」とみて人員削減を最小限にとどめるかが問われるのである。
(2)将来予測の精緻化
① 将来に渡る実質的な常時欠員の可能性を踏まえた冗長性の確保
その意味で、業務見直しによって生み出された余力は、働き方改革も含めた健全な組織体制保持の観点から、「将来に必要な余力」とみるべきと筆者は考える。全国的に「精神及び行動の障害」による長期病休者は2021年度時点で15年前の約2.0倍と増加の一途を辿っている(5)。また職員の年齢構成の若年化や育児休暇制度の浸透に伴い、育児休業取得者は増加傾向にある。これらの状況は今後も続くことが予想されるが、こうした実質的な欠員に対する職場への対応策は、追加人員がないなかで担当業務が振り直されさらに余裕のない職場となるか、正規職員と同様の権限を持たず同様の実務経験も期待する立場にない会計年度任用職員等の非正規職員が投入されるかであり、どのみち負担がかかる状況となっている。
〔注〕
(5)一般財団法人地方公務員安全衛生推進協会(2022)「令和3年度地方公務員健康状況等の現況」。
このことから、長期病休者や育児休業取得者等の人事データに基づき、各数年間の傾向を分析する必要がある。そして、仮に今後も休業者が一定数発生することを見込まざるを得ないという結果となった場合は、休業者の発生に伴う弾力的な配置が可能となるような、「将来に必要な余力」を見込んだ定員管理が望ましい。
② 将来の行政需要の見込み
(1)は現在への対応であり、それを繰り返す営み自体は経営資源の最適化といえる。これに加え、過去の経緯からして行政需要は時代の要請に基づき伸び縮みすることを踏まえれば、将来の行政需要を踏まえた業務総量の予測もある程度、必要となる。例えば防災分野や子育て分野のように将来にわたって行政需要の増大が見込まれる政策分野で、現在の体制では人繰りが難しい場合は、将来の行政運営に必要な人員の安定的確保を図るための修正は避けられないだろう。
ポイントは、このとき需要の増大をどのように認識すべきか、またその需要を自治体として引き受けるか等を含むサービス水準・基準の設定である。特に需要掘り起こし型の政策の場合、首長の意向や担当者の思い入れに基づく深掘りの程度次第でいかようにも膨らみ得る。まずは施策・事務事業がサービス対象者にもたらしたい行動変容の程度の定義およびそれを観測するための指標設定が重要である。それに加え、サービスの対象範囲、スケジュール、サービス水準(自治体として目指すべき最低水準、満足水準等)、費用、資源、関係者の意向等の観点を踏まえ「プロジェクト・マネジメント(6)」類似の経営管理手法をとることが重要となる。これらにより、新規事業の着手や既存事業の拡大にあたり経営資源をより適切に認識し、コントロールすることが可能となるだろう。
〔注〕
(6)プロジェクト・マネジメントの世界標準である米国非営利団体「PMI」が作成した「PMBOK(Project Management Body of Knowledge)(日本語訳:プロジェクト・マネジメント知識体系ガイド)」等が参考となる。
おわりに ― 冗長性の確保に向けて
冒頭に示したとおり、データ上はコロナ前の時点で既に「乾いた雑巾を絞る」ような状態(稲継・大谷、2021(7))と表現されるような一種の限界が到来するなかで、コロナ禍が行政における「余力」や「冗長性」の必要を明らかにしたのではないだろうか。勿論、手塚(2022)による「冗長性を『確保されるべきもの』としてみるだけでは、いかにも不十分(8)」であり、それは「行政学が対象とする『日常』とは、現に冗長性が(部分的にせよ)機能している場であると同時に、それがムダであるとして『合理化』の対象にされ続ける場でもあるからだ」との指摘にも留意が必要である。いずれにせよ冗長性の確保と合理化の狭間で将来にわたる人的資源管理をどのように認識するかが問われている。
〔注〕
(7)稲継裕昭・大谷基道(2021)『現場のリアルな悩みを解決する!職員減少時代の自治体人事戦略』ぎょうせい。
(8)手塚洋輔(2022)「行政における「日常」を問い直す―2020年代初頭における冗長性と行政学」『年報行政研究』57巻、2―3頁。
アフターコロナに差し掛かるなか、これからの自治体経営を認識するうえで、企画・政策担当部門が行う行政改革、総合計画策定・実施中のマネジメント・事後評価と改善といったPDCAサイクルと、人事担当部門が行う職員の採用、育成、適正な配置・処遇について、「定員管理」をキーとして結びつきを強める時期が到来していると筆者は認識している。地方自治法第2条にあるとおり「最少の経費で最大の効果を挙げるため」の定員管理は前提としつつも、歪な職員年齢構成の是正、種々の外部環境の変化に応じた行政需要に対する現状分析と効率化、また将来の行政需要増減の予測を踏まえ、働き方改革の観点にも留意しながら部門別・職種別で精緻な人的資源管理が急務となるだろう。
最後に、本論は定員管理・人的資源管理の単位が個別の自治体である前提で論じたが、総務省研究会(9)が指摘するように、「国の関心の範囲」「(国の)直接の関与の方法」「制度的・財政的な誘導等のあり方」について改めて議論することが必要であろう。筆者はそれに加え、「集権 ― 分権のあり方」「政策(およびそれに基づく各事業)の実施主体の見直し(国/広域自治体/基礎自治体)」を含めた抜本的な議論が必要と考える。
〔注〕
(9)総務省(2020)「地方公共団体の定員管理のあり方に関する研究会」。
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