自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[64]福祉防災元年(2)──福祉避難所
地方自治
2022.08.17
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2021年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
「福祉防災元年」で大きく見直されたのが福祉避難所の運用である。5月20日に福祉避難所ガイドラインが改定されたので、大きな変更となったものをその理由とともに述べたい。
福祉避難所の経緯とガイドライン
福祉避難所については、阪神・淡路大震災の取組みを総括した「災害救助研究会」(旧厚生省、1995(平成7)年)で「福祉避難所の指定」が初めて報告された。しかし、それ以降も、福祉避難所の取り組みは遅れ、2007(平成19)年能登半島地震で初めて設置された。
内閣府のガイドライン作成は2008(平成20)年6月、2016(平成28)年4月、そして今回で3回目となる。
わが国の75歳以上の高齢者人口は、阪神・淡路大震災時の1995年に約717万人だったが、2020年には約1870万人と2.6倍に急増した。熊本地震においては、直接死が50人であるのに対し、関連死が223人(2021年3月、熊本県)と4倍を超えている。関連死は、東日本大震災で約9割、熊本地震でも約8割が高齢者である。
福祉避難所は二次避難所か
熊本地震で、福祉避難所の開設が遅れる理由について、私が聞き取った限りでは、「二次避難所なので急いで開設する必要はないと思った」「施設職員ではなく市区町村職員が福祉避難所を運営することになっていたが、人手が足りなかった」「福祉避難所の運営方法がわからなかった」などがある。
以前の「福祉避難所の確保・運営ガイドライン」にはこう書いてある(29P)。
「市町村は、災害が発生し又は発生のおそれがある場合で、一般の避難所に避難してきた者で福祉避難所の対象となる者がおり、福祉避難所の開設が必要と判断する場合は、福祉避難所の施設管理者に開設を要請する。」
文字通りに解釈すれば、次のようになる。
・要配慮者は最初に一般避難所に行く
・市町村は、その要配慮者が福祉避難所の対象となる者と認定する
・福祉避難所の施設管理者に開設を要請する。
ここには書かれていないが、移送が必要になる。
・福祉避難所が開設されたら、何らかの手段でその要配慮者及び家族を移送する
このガイドラインは、福祉避難所を主に二次的な避難所として位置づけて記述している。市区町村にとっては、二次避難所の位置づけは様々なコストがかからず都合がよいと思われる。まず、災害後、すぐに開設しないのだから備蓄物資を事前に配布しておく必要はない。災害後にも、人員を福祉避難所にすぐに送らなくてよい。避難所開設・運営マニュアル作成も訓練実施も一般避難所が先で、福祉避難所は後でよい。事前にやっておくのは福祉避難所として指定したり、協定を結んでおくだけで、あとは、災害が起こってから考えればよい、となるからだ。
高齢者や障がい者の避難行動
しかし、二次避難所として運用された場合、高齢者や障がい者等から考えるとどうだろうか。「警戒レベル3・高齢者等避難」が出たときに行くべきは小中学校など一般の避難場所になる。認知症高齢者や、自閉症の障がい児、精神障がい者、乳幼児を連れた保護者などはその避難場所に行けるだろうか。当事者が不安定になって発作を起こしたり、夜泣きをして周囲に迷惑をかけるかもしれないのに。
実際、2019年10月12日の台風19号で障がいのある子どもがいて避難しなかった事例が報道されている(河北新報、2019年10月30日付)。「両親と長女、中学3年の長男(15)と自宅にいた。雨音が強まる。テレビのアナウンサーが『命を守る行動を』と繰り返す。そのたびに『無理』と思った。自閉症の長男は自室から出るのを拒み、長女は手足が不自由。2階への避難もできない。(中略)長男は人が多い避難所に行けばパニックになる。佐久間さんは父(80)と長男の3人で自宅にとどまった。
電灯が点滅する。午後11時ごろ、2度目の衝撃音が響く。長女の部屋に大量の土砂がなだれ込み、廊下側に水が漏れ出した。」
避難生活はどうなる
災害後の避難生活はどうだろうか。高齢者や障がい者は自宅に住めなくなってから、一度、一般避難所まで避難物資を持って移動し、福祉避難所が開設されるのを待って、そこから再度、移動することになる。
一般の避難所は、通常、福祉避難所よりも環境が整っていない。直接、福祉避難所に避難するのに比べ、体調が悪化する可能性がより高いのではないか。それでなくとも災害のショックを抱えている。できるだけ、体調が悪化しないように避難生活を送ることが大事なはずだ。
また、一言で「移送」というが、実は質量ともに大変な業務になる。私が熊本地震で移送支援したときは次のようであった。避難所を移るためには本人の希望、親族や支援者の考え、福祉避難所の受け入れ態勢の確認、受け入れ同意の確保、移送日時や方法の打ち合わせ、荷物を含めた移送業務と多くの調整作業が発生した。災害後の多忙な時期に、本人、家族はもとより、市区町村職員、避難所関係者にさらに大きな負荷を加えてしまう。
そこで、高齢者や障がい者等の体調悪化や関係者の業務量増大を避けるためにも、一般避難所での生活が難しい人は、最初から福祉避難所に向かい、利用したほうがいいはずだ。
コロナ禍でのワクチン接種が重症化しやすい高齢者から始まったように、避難所も体調が悪化しやすい高齢者等が優先して入れる福祉避難所の開設から始めてよいのではないか。
熊本地震での障がい児の避難実態と福祉子ども避難所
熊本地震において、熊本県特別支援学校知的障害教育校PTA連合会が「熊本地震に関する保護者アンケート調査」(ワーキンググループ代表・木村文彦氏)を行ったところ、65%の家族が避難し、避難先は車中泊が指定避難所の2倍以上(657家族、避難者全体の65%)であった。代表の木村氏は、特別支援学校を障がい児に特化した福祉避難所にするように要望し、実際に熊本市は福祉子ども避難所として直接避難を受け入れる体制を構築している。
一方で、全国の特別支援学校1135校(2017年6月)のうち、避難所に指定されているのは149校(11.9%)に過ぎない。小中高校が96.7%であるのに比べるとその違いは歴然としている。
新たな福祉避難所ガイドライン
今回のガイドラインでは、「指定福祉避難所の開設」の一番上に、以下のように明記された。
「市町村は、災害が発生し又は発生のおそれがある場合(災害時)で、高齢者等避難が発令された場合などには、指定福祉避難所を開設する。」
すなわち二次避難所ではなく、一般の避難所と同様に開設することを明らかにした。なお、高齢者や障がい者が安心して避難でき、かつ福祉避難所の負担を減らすために、できるだけ事前に避難予定者と福祉避難所をマッチングさせ、直接避難できるようにすることも明記された。また、高齢者施設に障がい者が避難しても十分な対応が難しいなどの福祉避難所の負担を軽減するため、たとえば特別養護老人ホームなら高齢者向け、特別支援学校なら障がい児向けなど、対象を特定できる制度を新たに設けた。
一般の避難所から高齢者や障がい者を追い出すのではないかという声も聞くがそうではない。一般の避難所に福祉避難スペースを設け、誰でも避難できる避難所体制を整えていくことも記載されている。
大事なのは、高齢者や障がい者が自ら避難したい場所を自分で決められることだ。行き慣れた施設や学校に避難したいという人のために、福祉避難所という選択肢を増やしたということだ。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。