自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[45]東日本豪雨災害と自治体業務(下)
地方自治
2020.12.23
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[45]東日本豪雨災害と自治体業務(下)
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2019年12月号)
台風19号による被害はさらに拡大し、全国で97人が死亡し、4人が行方不明である(消防庁調べ。11月15日現在)。また、全国で14都県390市区町村が災害救助法の適用を受ける広域大災害となった。災害対応に今なお忙殺される自治体職員の皆さま、長期戦になるので、どうか、ご無理のないようにお務めいただきたい。
前号に続いて、国が作成した「市町村のための水害対応の手引き」(以下、「手引き」という)の項目についてポイントを述べたい。
住民やマスコミへの情報発信(住民に安心感、支援の獲得)
〇報道機関への対応ルールの明確化
・災害対策本部に広報責任者を明確に位置づけ、広報・報道対応窓口を一元化する
・報道対応のルールを事前に決めておくとともに、報道機関の協力を得ながら、戦略的な広報を実施する
メディアへの情報発信は、災害対応の中核をなすといってよい。メディアとの協力関係により、住民に必要な情報を適時的確に届けることが可能になるからだ。反対に、メディア対応を誤り、批判的に報道されると、住民の行政への信頼感を損ね、応急対応、復興対応に住民協力を得にくくなる可能性さえある。
災害対策本部の広報・報道責任者として広報担当と防災担当のどちらがふさわしいであろうか。この場合、広報担当がよいと考える。それは、メディアの関心事を探り、適切に対応することに慣れているからだ。たとえば、情報のトリアージを行い、過不足なく伝えることが得意だ。もちろん、専門的な用語、状況を求められることもあるが、防災担当がフォローすることで補えばよい。
報道対応の重要ルールとして、災害対策本部の公開の可否がある。手引きでは、公開することにより、マスコミ関係者との信頼関係の醸成、災害対応の透明性を確保できたとするメリットがある一方、様々な情報が本部内で錯綜するため、マスコミの取材対応に負担がかかった、個人情報にかかわる協議は困難、というデメリットが挙げられている。
他にも、首長や自治体職員の経験もあるのではないか。首長がメディアに慣れていて災害対応経験がある場合は、災害対策本部をマスコミに公開して信頼感を得るとともに、重要情報はすべてそこにあるという安心感を与えることができる。
しかし、慣れていない場合は、無理に公開しなくてもよいのではないか。メディアがいて緊張して十分な議論ができないなら、本末転倒である。たとえば、災害対策本部会議の冒頭のみカメラ撮影を許可し、その後は非公開で議論し、結果をホワイトボードに貼ることで十分である。現地のメディアだけでなく、遠隔地のメディアに対しても、同じタイミングで情報提供できる。
〇住民からの問合せ窓口の一元化
・問合せ窓口を一元化して本来業務に集中できる環境を作り、窓口の連絡先等の情報を、広く迅速に公表することが重要である
手引きでは、総合窓口(ワンストップ窓口)を設け、住民からの電話を誘導する例が示されている。私も賛成だ。
一方で、ネット社会のメリットを生かすのも必要だ。ホームページやSNSで情報提供することにより、住民は繰り返し確認できたり、シェアや印刷で住民相互に共有できるし、自治体は問い合わせを減らす効果がある。
しかし、自治体はICTリテラシーが弱い懸念がある。2019年11月6日NHKのNEWS WEBは以下のように報じている。
「先月の台風19号で記録的な大雨となった際に各地の自治体ではホームページを通じて防災情報を伝えていましたが、NHKがSNSへの投稿を分析したところ、当時、関東から東北にかけての少なくとも11の都県の合わせて53市区町村でホームページがつながりにくい状況になっていたとみられることが分かりました。(中略)こうした地域の多くは、特別警報が出された地域に含まれていました。当時、多くの自治体で防災に関する情報をホームページから得るよう案内していたことから、アクセスが集中したことが原因とみられています。」
ホームページが閲覧できないことで、命に関わる重要情報が伝わらないのは極めて残念だ。多くの関係者の努力が、最後のところで住民に届かないことになる。
サーバーの分散化、災害用ホームページへの切り替えなど対策は明らかだ。さらには、予定稿を準備しておけば、数字の入れ替えなどで即時に伝達できる。災害広報の重要性を肝に銘じなければならない。
ボランティアとの連携(行政の手が届かない課題の解決)
〇ボランティア受入に関する役割の分担と平時からの連携
〇災害ボランティアセンターの開設・運営
・災害VCの設置に当たっては、ホームページ等により、ボランティアの受入に関する現状や、いつから被災地入りしてほしいかなどの見通しを示すとともに、求められる活動内容、持参すべき装備、宿泊所の状況等の情報を発信するなど
〇災害時におけるボランティア関係者との連携
・災害VCへの職員派遣、ボランティア側の災害対策本部への参加、情報共有会議開催など
手引きで紹介されている「災害時にトップがなすべきこと」11か条の4番目に「ボランティアセンターをすぐに立ち上げること。ボランティアは単なる労働力ではない。ボランティアが入ってくることで、被災者も勇気づけられる、町が明るくなる」とある。
全く同感だ。ボランティアは被災者への支援力を高め、ひいては自らや地域の防災力の強化にもつながる。被災地での資機材やニーズ紹介などボランティアが活動しやすい環境を整えることで、被災者支援は格段に進む。そのため、行政、企業、学校でのボランティア休暇や鉄道運賃の減免、旅館・ホテルのボランティア割引など、社会全体でボランティアを後押しすることが重要だ(11月8日、JR東日本は新幹線自由席の割引制度を発表した。大きな一歩だ!)。
生活環境の保全(公衆衛生の悪化の防止)
手引きでは「避難所運営体制の確立」「『避難所運営ガイドライン』を活用し、全庁体制で避難所運営業務を洗い出し、事前の備えを推進しておく」となっている。避難所については、多くの論点があるが、最も大事な点は高齢社会に対応できておらず、体育館で雑魚寝から始まる避難生活でよいのかという点だ。
さらに問題なのは、車中泊を含む在宅避難者が置き去りにされている点だ。私が長野市の避難所を訪問した際、70代と思われる女性に「胃薬が欲しい」と言われた。私が「福祉防災コミュニティ協会」の災害用ベストを着ていたためだろうか。ちょうどそこにあった胃薬を渡したが、その後で「男性に話すのは恥ずかしいけど、10日間ショーツを表裏を替えながら履いているの。ショーツがあったら欲しいんだけど」と言われ、呆然とした。10日間も同じ下着で過ごしていたのだ。おそらくは、自宅が水に浸かって下着が濡れ、洗濯機も使えない状況だったのだろう。
もちろん、避難所は地域全体の避難生活を支える拠点であり、在宅の避難者でも支援物資を受け取れる。しかし、住民には十分に伝わっていない。このため、女性は遠慮して10日間も避難所に支援物資を受け取りに来なかったのだ。
大災害後には、生活支援や再建に関する重要情報を在宅避難者らに伝え、見守り支援により災害関連死を防止する拠点が必要だ。そこで、仮設住宅の見守り支援を中心業務として東日本大震災以後の災害で設置されるようになった「地域支えあいセンター」を、応急期から立ち上げることを提案したい。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。