『エスキモーが氷を買うとき―奇跡のマーケティング』(ジョン・スポールストラ/著)―常識は必ずしも正解ではない発想の転換で新たな道を
キャリア
2020.01.05
第15回 常識は必ずしも正解ではない発想の転換で新たな道を
どこの自治体でも、財政課職員は二言目には「お金がない」と言います。それは本当のことでしょうし、役所内に危機感を持ってもらう意味もあると思います。しかし、ずっとそう言い続けているだけに信憑性がなくなってきているのも事実でしょう。また、お金がないという時点で思考が止まってはいないでしょうか?もしそうなら、そのために新しい取組みに踏み出せなくなり、大きなチャンスを逃し続けているかもしれません。
事実は事実として踏まえる必要がありますし、冷徹に将来を見据えることも大切ですが、縮小均衡を図るだけでは先細っていくばかりです。「難しい」「できるわけがない」とつい考えがちですが、予算を預かる財政課がすべてに後ろ向きになってしまっては、役所全体が委縮してしまいかねません。「常識」に囚われない自由な発想を、財布を預かる財政課職員こそが常に持ち続けたいものです。
そこで今回お勧めするのは、ジョン・スポールストラさんの『エスキモーが氷を買うとき』です。ちょっと変わったタイトルですが、本著は『エスキモーに氷を売る』の続編であり、著者が実践したマーケティングに関するいろいろな事例が紹介されています。
著者は、アメリカのプロスポーツ、主にプロバスケットボールの世界で、数々のヒット企画を生み出した経歴を持ち、その手法は常に業界の常識を覆すものでした。
日本とアメリカ、役所とプロスポーツと、ジャンルはまるで違いますが、常識をひっくり返す考え方は、大いに刺激になります。
〇大きな考えを持つ
筆者が身を置いていたアメリカのプロスポーツは、いかにも華やかな世界で、誰もが自由な発想で働いているように思えますが、実際には保守的な考え方の人もそれなりにおられるようです。そして、「そんなことをできるわけがない」「うまくいくとは思えない」などと、自分の常識の枠から出ようとしない人や、「決められた予算は絶対に変えない」と融通が利かない人も珍しくないとのことです。意外にも、このあたりは、日本の役所と変わりません。
こうした状況について筆者は、「否定論者はどんなときにも周りに存在している」と表現しています。つまり、新たな取組みをしようとしたら、否定されるのがむしろ当たり前で、そこで腐っては仕方がないということになります。こうした場合、個別の項目について否定論者と議論してしまうと言い負かされてしまうことになりかねないので、そうはしないそうです。
否定論者が周りを取り囲む中、常識破りの仕掛けを実現するためには、「大きな考えを持つ」方向に議論を誘導すべきと筆者は言います。「どうせ無理」という流れになってしまう前に、実現したらどんなに素晴らしいかという最良の姿を描くように導きます。否定論者も、企業や団体を「何とかよくしたい」という思いは同じなので、目指すところを揃えられれば、大きな力を発揮することができるというのです。
予算編成において、財政課はここでいう「否定論者」になっていないでしょうか?所管の思いを十分に理解する前に、「今は無理」「予算がない」とはねつけてしまっては、前向きな変化は生まれません。大きな夢に乗ってみることが局面打開につながることも、きっとあるはずです。
〇効果を測る
筆者は、大きな風呂敷を広げ、常識破りの奇抜なマーケティング手法を展開します。最も有名なのは、年間指定席を持っているファン宛てに出したダイレクトメールを、「ゴム製のニワトリ」と一緒に送ったというものです。
「ゴム製のニワトリ」は何かのたとえではなく、本当に体長約90センチのゴムでできたニワトリで、かわいらしいジャージが着せられていたそうです。なぜこんなものを送ったのかと言うと、もちろん、同封したダイレクトメールを読んでもらうためです。目立たない封筒で送られてきたダイレクトメールは開かれない可能性がかなりありますが、ゴム製のニワトリとともに送られてくれば、多くの人が読まずにはいられないでしょう。このキャンペーンでは約5万ドルのコストがかかったということですが、獲られた売上は約250万ドルであり、十分過ぎる効果が上がったそうです。
筆者は、この場合だけではなく、常に費用対効果を確認すると言います。その覚悟は、「もし効果が測定できないなら、金を払って広告を打つ理由がどこにあるというのか」という言葉に、端的に表されています。常識破りの取組みだから結果が出なくても仕方がない、とは全く考えていないのです。必ず結果を確認し、効果が出続けている限りはその手法を続け、効果が薄れたら別のやり方に切り替えていく。その繰り返しです。
予算編成において財政課は、限られた予算を最大限有効に活用するために、意味のある経費にお金を使いたいと思っています。そして、有効かどうかは、その効果がどうかによって測ることができます。つまり、予算要求が認められるかどうかは、効果を提示できるかどうかにかかっていると言えます。新しい事業の場合、やってみないとわからない面はありますが、「効果は未知数」とだけ言われては、財政課も首を縦に振りにくくなります。要求課側には、他自治体や民間団体での実例、類似事例からの推察などで、できる限り効果を見える化することが求められます。財政課側も、要求を切ることばかりを考えるのではなく、効果を測るためにはどんな方法があるのか、どうしたら予算を付けられるのかということを、一緒に考えることも必要でしょう。
〇得意なことだけ考える
筆者は、「得意なことだけ考える、得意でないことをして時間の浪費はしない」と誓っているそうです。得意分野はマーケティングとセールスであり、ここに力を集中すると宣言しているのです。
予算を作る際に必要なことも、選択と集中です。やるべきこと、効果があることをしっかり選び、そこに資源を集中的に投下することが求められます。
そしてこの考え方は、予算編成作業そのものにも当てはまるのではないでしょうか。財政課職員が得意なのはどんなことでしょう?一方、予算を要求している事業所管課が得意なのはなんでしょうか。そこをうまく区分けして、互いが得意な領域に専念できる形で予算編成を進めるべきだと思います。
これまで「常識」とされてきたことが、どんどん覆される時代です。予算編成も、新しい考え方で進めてみてはいかがでしょう。
【今月の本】
『エスキモーが氷を買うとき―奇跡のマーケティング』(ジョン・スポールストラ/著、宮本 喜一/訳)
(きこ書房、2002年、定価:1,600円+税)