社会心理学者チャルディーニから「どうすれば伝わるか」を考える
キャリア
2019.04.19
目次
第2回 どうすれば伝わるか、どうすれば動いてもらえるか ヒアリングに備えて考える
今月の本 『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』ロバート・B・チャルディーニ 著
予算編成には、「ヒアリング」が付きものです。
どこの自治体でも、予算要求課と財政課が机を挟んで対峙し、「去年切られ過ぎたから今年は絶対に付けてほしい」「この事業についてはどんな見直しがなされたのか」といったことを言い合っているのではないでしょうか。
今時、高飛車な態度でヒアリングに臨む財政課職員はいないと思います。上から目線ではなく、数字を示して財政の実情を訴え、なんとか協力してもらえないかとお願いされていることでしょう。
しかし、なんだかんだ言っても、財政課の本音は「少しでも予算を削りたい」というところにあると思いますし、要求課は、言質を取られないように気を付けながら、「少しでも多くの予算を獲得したい」と頑張ることになります。この食い違いは、立場の違いから仕方がないことではありますが、本来両者が目指すべきは「住民福祉の向上」という同じところにあるはずです。
ヒアリングの場は、限られた時間になりますし、部下の手前もあって、互いが「言うべきことは言った」という体にしなければならないといった事情も働くため、噛み合わないままに終わってしまうということもしばしば起こります。もちろん予算編成にかかる調整は、ヒアリングの場がすべてではなく、むしろここが始まりのようなものですが、できれば財政課としての思いを伝え、その方向で動いてもらうきっかけとしたいものです。そのためには、「どうすれば伝わるか」「どうすれば人は動いてくれるか」をしっかり考えたいところです。
「こう言っておけばこうなるだろう」「こういう仕掛けをすればこう進むだろう」など、人を動かすことを、テクニックとしてのみとらえるのはどうかと思います。しかし、闇雲に財政課の論理を押し付け、議論が空回りするのも残念です。ですから、人が動く理由を、理論としてある程度知っておくことはプラスになるでしょう。
そこで、今回お勧めする本は、ロバート・B・チャルディーニ著の『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』です。
著者のチャルディーニさんは、アメリカの社会心理学者であり、マーケティングの専門家でもあります。この本では、人の態度や行動を変化させる心理的な力について、実例や実験、自らの経験などを通じてわかりやすく解説しています。
人が動く、または動いてしまう要因としていくつかのパターンが挙げられていますが、これらは財政課と予算要求課の間でも応用できるものではないかと思います。代表的な心理を挙げてみます。
学びポイントその1‥返報性
「返報性」というと何やら学術的な感じがしますが、要は、「人は他人から何かしてもらったら、そのお返しをしなければならないという感情を持つものだ」ということです。本書では、試供品の提供がこれを狙ったものだとされています。また、それほど欲しくないものでも、何かをもらってしまうと、そのお返しをしなければならないという感情が芽生えるとも指摘しています。
とはいうものの、見返りを前提とした行為は、おそらく相手から見透かされます。お返しは期待せず、相手のためになることをコツコツやることが大切でしょう。
財政課としては、予算編成時だけではなく、日頃から所管課のお願いについてしっかり対応しておきましょう。見返りを期待することなく。
学びポイントその2‥コミットメントと一貫性
これは、自分でやると決めたことについては、しっかりやり遂げたいと思う心理のことをいいます。自身で決めさせること、決めた内容を人目に触れさせることによって効果が大きくなるとされています。本では、「〇〇をする」といった積極的なコミットメントをした場合、実現する確率が増すことが紹介されています。
「予算編成は財政課の仕事」と思い込んでいる職員も少なくないかもしれませんが、実は財政課にできることは限られています。所管課にも自分ごととして参加してもらわないと、絶対にいい予算にはなりません。そのための仕組みとして、「コミットメントと一貫性」が活用できると思います。
例えば、所管課に予算編成での目標を設定してもらい、それを公表してもらう、といったことが考えられます。これによって本気度が大きく変わることが期待できます。
学びポイントその3‥社会的証明
社会的証明とは、人のしていることと自分のしていることが同じである場合、それを正しさの証明のようにとらえることをいいます。本の中では、テレビでよく使われる録音笑いがこの例として挙げられています。作り物とわかっていても、笑いが入っていると安心して楽しめるようです。行列ができているお店の品物を手に入れたいと思うのも、同じような心理といえるでしょう。
予算編成のヒアリングでも、自分の部署だけが予算削減に取り組んでも、「正直者が馬鹿を見る」という状況にならないか、懸念を示す課長がいると思います。逆に、どこの所属でもなんらかの工夫をしているとなれば、それに乗らないとマズイ、となるはずです。
少しずつでも、財政状況を鑑みて、自主的に予算を見直してくれる部署が増えていけば、そうするのが「当たり前のこと」になってくるでしょう。理解者を増やすことが、回り道のようで、最も効果的な手法なのかもしれません。
学びポイントその4‥好意
これは、ズバリ「人は自分が好意を感じている人の意見を聞き入れやすい傾向がある」というものです。CMに好感度の高い有名人が起用されるのは、この心理を狙ったものでしょう。
では、どうしたら人から好意を持ってもらえるでしょう。本書では、世界一といわれる自動車セールスマンが紹介されています。彼は自分の顧客に、「あなたが好きです」と書いた挨拶状を定期的に送っているそうです。相手からの好意を引き出すためには、まずこちらから相手を好きにならなければならない、ということかもしれません。
妙なことを言うようですが、財政課は他部署を好きになるべきだと思います。そして、それを伝えましょう。そうすれば、財政課への目線も変わってくるのではないでしょうか。
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いろいろな心理を紹介しましたが、財政課と所管課は一回限りの関係ではないのですから、心理学を表面的になぞった小手先の対応は避けるべきでしょう。一方、言ってはいけないことや、効果的な伝え方などについては、理屈として知っておいた方がいいようにも思います。お互いが気持ちよく予算編成に向き合うために、参考にしてみてください。
【今月の本】
『影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか』ロバート・B・チャルディーニ 著
(誠信書房、2014年、定価:2,700円+税)