本から学ぶ 財政課心得帖
『ヤバい経済学』から学ぶ 「既成概念に囚われずに考える」こと
キャリア
2019.04.19
目次
第3回 財政の影響は意外なところに現れるかも?既成概念に囚われずに考える
今月の本『ヤバい経済学』スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー著
国の財政政策には、景気の変動を調整する役割があります。景気が悪い時には積極的に公共事業を行って需要を生み出し、景気の過熱が心配されるときには歳出を絞るのが一般的です。限定された商品への課税や一定の要件を満たす事業への補助金などにより、経済活動を誘導したりもします。
自治体の場合、法律を作れるわけではありませんし、財政規模もそれほど大きくないため、景気全体に与える影響は限定的でしょう。それでも、地域で最大の経済主体が役所であるというところも少なくないと思います。つまり、自治体の予算はかなりのインパクトを持つものになるのです。
場合によっては、特定の産業の成長が促されたり、一部の業界の衰退を招いたりすることもあるかもしれません。予算を作る側は、財政の影響力をしっかり認識し、どんな反応が起こり得るのか、しっかり考える必要があります。
11月と言えば、徐々に次年度予算の総枠が固まりつつある時期だと思います。財政担当者は、どの予算を残し、どの要求を削るのか、難しい選択を迫られているかもしれません。
あれかこれかを考えるときに注意したいのは、思い込みで判断しないということでしょう。「こうすればこうなるはず」と裏付けなしに決めつけて事業を始めてしまうと、あとで全く想定していなかった結果を招き、予算が無駄になってしまうといったことになりかねません。わかりやすい答えに飛びつかず、一度立ち止まって考えたいところです。
そこで、今回お勧めする本は、スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー共著の『ヤバい経済学』です。
著者の一人であるレヴィット教授は、アメリカの経済学者ですが、ちょっと変わった視点で経済学を使うため、「悪ガキ教授」と呼ばれています。ダブナーさんはジャーナリストで、レヴィット教授の仕事を、わかりやすい表現でまとめています。
この本で二人は、世の中の常識を経済学の手法を使って覆していきます。その視点は、予算編成を進める際にも参考になると思います。
例1 お金の効果をステレオタイプに見込むと裏目に出る
イスラエルの保育園が、定められた時間までに迎えに来ない保護者が多いことに業を煮やし、遅れてくる親から罰金を取ることにしたそうです。それまでは、遅れても無料だったのですから、罰金を取ることにすれば遅刻する保護者は減るに違いないと思われました。しかし、実際には予想に反して、お迎え時間に遅れる保護者が増えてしまったそうです。
また、別の例として、献血をしてくれた人に奨励金を出すことにしたところ、献血する人は逆に減ってしまったということもあったそうです。
こうした結果は、従来の経済学の考え方とは相反します。合理的に行動すれば、罰金を払わないように、あるいは奨励金をもらえるようにするのが当然だからです。
これらは、道徳的に行っていたことを、お金に置き換えてしまったことによる反動だと考えられています。人は、なかなか複雑なものです。
予算を作る側も、こうした人間の行動様式をよく考えておく必要があります。
何かを規制するための方法として、罰金制度は逆効果もしれません。また、事業の奨励策として補助金が得策ではないこともあるかもしれません。お金による誘導には限界があることを知っておくべきでしょう。
例2 ニューヨークの犯罪を減らしたのは、規制の強化ではなく、望まない出産の中絶を認めたこと
1990年代、ニューヨークの犯罪が劇的に減少しました。多くの人がこれは当時のジュリアーニ市長が、徹底した犯罪取り締まりを行った効果だと考えました。「壊れた窓を放置していると、誰も注意を払っていないことの象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」という発想から、軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする「割れ窓理論」に基づきます。
しかし筆者は、この時期にはニューヨークだけではなく他の都市でも犯罪の発生が減少していることなどから、これにはもっと「別の理由」、具体的には、望まない出産の中絶を法的に認めたことが犯罪の抑止につながったと主張します。これにより、犯罪者予備軍の数が減ったというのです。あまり気持ちのいい意見ではありませんが、データではそうなっているとしています。
自治体で起きていることについても、先入観なしでもっと「別の理由」を考えてみるべきかもしれません。古くからの商店街がシャッター通りになったのは郊外の大型店舗との競争に敗れたからではないのかもしれません。市外への人口流出が多いのは、働き場がないからではないのかもしれません。
例3 インセンティブによっては、日本の国技の相撲でも八百長が起きるし、学校の先生も成績を誤魔化す
筆者は、インセンティブの使い方によって、人の行動は大きく変わってしまうことを明らかにしています。
例えば、相撲界に八百長があることは、かなり昔から公然の秘密としてささやかれていましたが、なかなかそれを証明することはできませんでした。この疑惑について、筆者は経済学の観点から言い逃れのできない状況証拠をあぶりだしました。相撲においては、「勝ち越し」の意義が大き過ぎるために、星の貸し借りが発生してしまうのだ、と。
また、学校の先生が生徒の答案を書き換えているという疑惑についても、経済学の手法で突き止めていきます。特定の試験の点数によってのみ評価される傾向が強過ぎるために、不正に手を染めたのだ、と。
財政課は、各所管の予算要求について、「使うことばかりを考えている」「節約の意識がほとんどない」と嘆くことが多いのではないでしょうか。厳しい台所を預かっていると、そう思いたくなる気持ちもわかります。しかし、所管が頑張れるような正しいインセンティブを示しているでしょうか。何も示さずに、嘆いてばかりいても、事態がよくなるとは思えません。
筆者は、『ヤバい経済学』を日々に応用するために必要なのは、「新しい見方をする、新しい理解の仕方をする、新しい測り方をする、そんなことだ」としています。
財政課も、「これまでこうだったから今年もその方向」ではなく、新しい見方が必要でしょう。見方を変えると、風景も変わります。風景が変われば、これまでとは違った道が見えてくるかもしれません。
既成概念の罠から、まずは財政課が抜け出しましょう。
【今月の本】
『ヤバい経済学〔増補改訂版〕』スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー 著、望月衛 訳
(東洋経済新報社、2007年、定価:2,000円+税)