自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[76]「首都直下地震等による東京の被害想定」を読み解く(1) ── 住宅耐震化

地方自治

2023.03.08

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2022年7月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 5月25日、東京都は「首都直下地震等による東京の被害想定」報告書を公表した。この内容について、3回に分けて深掘りをしたい。第1回目は人的被害を最も左右する木造住宅耐震化についてである。

住宅耐震化の意義

 大都市直下型地震の先例となるのは1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災である。多くの課題と辛い教訓を残した都市災害であるが、その最大の教訓は住宅耐震化の重要性に尽きる。

 地震直後に24万棟の建物が全半壊し、平成7年警察白書によれば直接死の約88%は建物等の下敷きになって亡くなり、約10%が火災によって命を落とした。火災によって亡くなった人のほとんどはやはり建物や家具の下敷きになって動けなかった人だ。これらを併せると直接死の98%が建物被害の犠牲と言える。

 今回の都の被害想定では、最も被害の大きい都心南部直下地震において、建物全壊棟数は10年前の想定と比較して約12万棟から8万棟に減少し、揺れによる死者数は5100人から3200人に減少した。

 住宅耐震化は、住んでいる人の命を守るだけでなく、道路閉塞を防ぎ、火災発生の確率を下げる。実際に、阪神・淡路大震災で建物全壊率が約25%に及んだ神戸市長田区、灘区では直後出火率(午前7時までの10万世帯あたり出火件数)は25件を超えているのに対し、建物全壊率が5%を切る西区、北区、垂水区、兵庫県尼崎市の直後出火率は著しく低い(図1参照)。

図1 阪神・淡路大震災における直後出火率

NPO法人東京いのちのポータルサイト作成。

 都の被害想定では、都心南部直下地震において出火件数・焼失棟数が最大となり、冬の夕方、風速8m/Sで出火が約900件、焼失が12万棟になる。これも、10年前の想定と比較して焼失棟数20万棟から12万棟に、火災による死者数4100人から2500人に減少した。この10年間に首都直下地震がなかったことに心から感謝したい。

 人的被害減少のほとんどが住宅耐震化(及びこれに伴う不燃化)の効果である。防災の目的は第1に人命を守ることにあり、地震防災においては住宅耐震化に全力を挙げなくてはならない。都心南部直下地震での全壊建物8万棟のうち7万棟が木造であり、また、全壊する建物の約8割は旧耐震基準である。その耐震化が最大の課題となる。

東京都耐震改修促進計画

 住宅の耐震化の現状、課題、対策については耐震改修促進計画が作成されている。東京都の計画の副題は「〜必ず来る大地震に対しても『倒れない』世界一安全・安心な都市・東京の実現を目指して〜」と心強いものとなっている。では、住宅についてどのようになっているかを見ていく。

(1)耐震化の課題
・前計画では、2020年度末までに耐震化率を95%以上とする目標を定めており、そのためには、2014年度末の耐震化率87.5%を6年間で7.5%上昇させる必要があった。しかし、2019年度末の耐震化率は92.0%と推計されており、5年間で4.5%の上昇にとどまっている。

・住宅の耐震化を進めるためには、所有者自らが主体的に取り組むべき問題であるという意識を持つことが不可欠である。このため、普及啓発に力を入れるとともに、相談体制や情報提供の充実を図り、耐震化率の向上につなげていく必要がある。

・とりわけ、住民に身近な区市町村の役割が極めて重要であり、老朽化が進んだ住宅に対する一層の支援強化や、所有者に対する個別訪問等の積極的な働きかけを図るよう促す必要がある。

(2)耐震化の目標
・マンションや主な公共住宅を含め、2025年度末までに耐震性が不足する住宅をおおむね解消することを目指す。

(3)耐震化に係る支援
 住宅の耐震化を進めていくためには、自助・共助・公助の原則を踏まえ、住宅の所有者自らが主体的に耐震化に取り組む必要がある。

・耐震診断や耐震改修等に向けた普及啓発や支援等の取組

・積極的な働きかけを行う区市町村を対象とした耐震診断や耐震改修等に対する助成

・様々な機会を捉えた耐震化の促進木造住宅の入居者が高齢者である場合は、今後、バリアフリー工事を実施することが見込まれる。そのため、バリアフリー工事の機会に合わせた耐震診断や耐震改修の実施を促す。

耐震改修の決め手は補助制度の充実

 耐震改修には民間の新築、建替え等による自然更新と工事費等の助成による耐震改修とがある。残念なことに、都の計画では耐震改修工事の補助実績が示されていない。実績が示されないと、その政策効果を判断しがたい。耐震化の実績だけを見ると7.5%の目標に対して4.5%の達成であり、達成率は6割となる。

 一方で、人口約68万人の高知県では、例年1500件ほどの耐震改修工事補助実績があり、特に2018年度は1911件に上り、目標以上の達成率となっている。

 実際に耐震改修工事補助を行っている市区町村について、データがそろっている2018年度の耐震改修工事補助実績、設計費や工事費の助成を比較したのが表1である。

表1 住宅耐震改修に係る補助等(2018年度)

出典: 各自治体の耐震改修促進計画、補助要綱等(鍵屋調べ)。なお、要件はそれぞれ違っている。

 これを見ると、耐震改修設計費及び工事費に自己負担を求めない黒潮町が圧倒的に多いことが明らかだ。黒潮町は、高知県の補助に町が上乗せ補助をして実質的に自己負担がないように制度設計をしている。

 都が「自助・共助・公助の原則を踏まえ、住宅の所有者自らが主体的に耐震化に取り組む必要がある」と自助を強調し、都内市区町村が耐震化への自己負担を求めているのが、耐震改修が進まない主な理由と思われる。すなわち、耐震改修件数を増やそうと思うなら、低所得者でも耐震改修ができるように自己負担をなくすことが必要だ。都が唱える自助・共助・公助の原則は、自助のできるものはできるだけ自助で、それが難しい場合に共助で、それも難しい場合に公助で支えるものだ。したがって、自助の難しい低所得者の耐震改修を公助で行うことは、自助・共助・公助の原則に適うのではないだろうか。

 仮に、人口規模で約1400倍の東京都が黒潮町と同様の取組みをすれば、計算上では年間21万件以上の耐震改修が進む。東京都には2020年時点で約69万棟の旧耐震の木造住宅があるが、3年ちょっとで耐震化できる。実際に、黒潮町はその努力を重ねているのだ。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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