議会局「軍師」論のススメ
議会局「軍師」論のススメ 第47回 判断能力として求められるものは何か?
地方自治
2021.02.11
議会局「軍師」論のススメ
第47回 判断能力として求められるものは何か? 清水 克士
(月刊「ガバナンス」2020年2月号)
昨年末、本会議や委員会の傍聴者用資料における議案当時者の実名公表について、議論となった。
議員の手元に配布される議案書には、訴訟や損害賠償の相手方の実名が記載されている。一方、大津市議会では、傍聴者用資料についても基本的には議案書の複写が配布されるが、当時者のプライバシー保護の観点から、個人情報部分はマスキングして供されており、論点はその具体的妥当性である。
■援用された事例の概要
その方針決定に影響を与えたのは、2018年7月の京都地裁における裁判例である。訴訟の概要は、京都市から市営住宅の明け渡し請求訴訟を提起された住民が、市議会のインターネット中継で実名や住所を公表されたのはプライバシーの侵害にあたるとして、慰謝料を請求したものである。地裁判決では、原告の主張を認め、市側に慰謝料等の支払いを命じた。
この判決趣旨に準じて、大津市議会では傍聴者用資料の個人情報の取扱いを判断していた。
だが、私はこの判決に違和感を覚え、この考えを準用する必要はないと感じた。議案審議が全面公開とされる意義は、議会運営の公正さを担保するためである。それは公共の福祉と個人のプライバシー保護との比較衡量となるが、法廷では全面公開されており、個人の利益が公益性を上回るとは思えなかったからだ。
そこで、地裁判決時の議長だった寺田一博・京都市会議員に既知のよしみで尋ねたところ、案の定、京都市は控訴し2019年2月の高裁判決で逆転勝訴していた。そして、原告が最高裁に上告し、受理されるか否かの判断待ちだという。後日、11月29日付で上告棄却され、京都市勝訴が確定したとの連絡があった。
■判断の拠りどころは何か
今回の訴訟に関しては法的に確定したが、必ずしも傍聴者用資料の件についての絶対的な判断基準ともなり得ない。既に司法判断が確定している争点でも、類似裁判例では判断が分かれることは珍しくないからだ。
では、何を拠りどころに判断をすれば良いのか。仕事には知識や経験ももちろん必要であるが、誤解を恐れずに言えば、最も求められるのは時代の風を読み、リスクを直感できる「勘」を磨くことではないだろうか。時代や周辺環境の価値基準によって、判断基準も変動するからだ。
■適宜判断に資するもの
議事運営では、即断即決を求められる場面も少なくなく、他業務でも十分な時間と情報を得てから判断できることばかりではない。むしろ、何らかの不確定要素を残したまま、決断を強いられる場面の方が多いのではないだろうか。自治体現場では、仕事にますますスピード感が求められ、時機を逸した判断は内容に妥当性があろうとも、事実上役に立たないからである。
その観点からも「勘」を磨くことは重要である。一般的に仕事ができると評される人は、未知のケースに遭遇しても、思考停止することなく直感的に、大きく的を外すことのない判断をしている。もちろん、それは知識や経験に下支えされるものではあるが、漫然と知識を増やすことに注力し、場数を踏めば習得できるといった能力でもない。
優れた「勘」は、人の意見を鵜呑みにせず、常に自分の頭で考えようとする能動的な姿勢からのみ、醸成されるものではないだろうか。
*文中、意見にわたる部分は私見である。
Profile
大津市議会局長・早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員
清水 克士
しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。