議会局「軍師」論のススメ

清水 克士

議会局「軍師」論のススメ 第58回 地方と中央の思いがすれ違うのは何故か?

地方自治

2021.11.11

本記事は、月刊『ガバナンス』2021年1月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 

 前号で触れた地方議員のなり手不足対策を含む第32次地方制度調査会答申に基づく、地方自治法改正案の次期通常国会への提出が見送られるとの報道が11月中旬にあった。その理由は、行政のデジタル化推進関連法案の提出を優先するためだという。

 このことに端を発して、地方と中央の思いのすれ違いについて、感じたところを述べたい。

■北方領土問題におけるすれ違い

 デジャヴのような印象は、第38回北方領土視察団(北方領土返還要求運動滋賀県民会議主催)に参加し、根室市を訪問したときにもあった。

 周知のとおり、ロシアでは7月の憲法改正で「領土割譲の禁止」が明記されたこともあり、北方領土問題の早期解決は、より一層困難な状況となっている。

 一方、ソ連軍侵攻前には約1万7000人いた元島民も現在は約6000人となり、平均年齢も85歳を超えていることから、返還実現後に島に再移住することは現実的でなくなりつつある。そのような状況で、漁業を基幹産業とする現地では、領土問題は漁の安全操業や経済問題としての側面も大きい。

 それは現地で配布された冊子を比べても良くわかる。外務省発行の「われらの北方領土」では、政府の方針、これまでの交渉経緯が45ページにわたって詳細に記述される中で、漁船の拿捕、銃撃事件についての記載は1ページにも満たない。

 一方、根室市発行の「日本の領土・北方領土」では、本文215ページのうち27ページを拿捕事件の詳細や安全操業問題に割いていることからも、重視する論点の違いは明らかである。

 事実、現地では「択捉島や国後島が沖縄本島よりも大きく、広大な国土が奪われていることに驚く人が多いが、地元にとっては島周辺の更に広大な海を奪われているほうが切実な問題だ」との説明を受けた。

 また、街角で偶然出会った一人の一般市民の意見に過ぎないが「地元でも、本音では漁の安全操業がより早期に実現する2島先行返還を望む住民が大多数だろう」との率直な思いも耳にした。

 だが、政府の方針は一貫して4島一括返還である。領域、人民、主権という国家の三要素(注)の一つに関する問題だけに、国家としての原理原則が優先するということであろう。だが、領土交渉の方針が地元ニーズとは明らかに異なる現実を目の当たりにして、割り切れないものを感じたのも事実である。

注 ゲオルグ・イェリネックの唱える学説による。

■地方自治における優先順位

 立場の違いからの優先順位に相違が生じるのは当然である。しかし、日々の生活の中で課題に直面する現場に対して十分に説明が尽くされたかどうかで、結果に対する納得感が異なるのも必然である。

 冒頭の地制調答申に基づく地方自治法改正が先送りされた件についても、重なる印象を受けるのは、そのあたりである。確かに行政のデジタル化も重要課題であろうが、過疎地の地方議会にとっての議員のなり手不足は、議事機関の存亡に関わる根源的な課題であるとともに、次期選挙までに制度的対策を必要とする喫緊の課題でもあろう。

 地域の住民福祉向上を目的とする地方自治の現場においても、優先順位を見誤らないためには、課題を多面的に俯瞰し、現場ニーズを肌で感じる感性を備え、説明責任を果たすことが肝要ではないだろうか。

 

*文中、意見にわたる部分は私見である。

 

第59回「「根回し」とは「対話」なのか?」は2021年12月9日(木)公開予定です。

 

Profile
大津市議会局長・早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員
清水 克士 しみず・かつし
 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。

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大津市議会局長・早稲田大学マニフェスト研究所招聘研究員

しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。

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