議会局「軍師」論のススメ
議会局「軍師」論のススメ 第9回 「逐条解説」はバイブルなのか?
地方自治
2020.05.28
議会局「軍師」論のススメ
第9回 「逐条解説」はバイブルなのか? 清水 克士
(月刊「ガバナンス」2016年12月号)
とある紳士からの質問
前号まで、法解釈の際に通説や行政実例に囚われず、自ら考えることの重要性について述べた。それは、通説とされる法解釈といえども絶対ではないと、私自身感じた経験があるからだ。
それは2015年3月の日本自治学会セミナーで、発表の機会を得たときのことである。その場では、政策立案機能の強化策として、大学とパートナーシップ協定を締結して、専門的知見の活用を図っている大津市議会の手法を中心に説明した。
セミナー終了後、一人の紳士から質問を受けた。その内容は、「大津市議会の専門的知見の活用は、地方自治法100条の2に基づくものなのか」ということであった。私は「『逐条地方自治法』(以下「逐条解説」という)において、調査対象、期間、調査を依頼する相手方氏名、結果の提出方法など、事細かに議決を要すると解釈されており、実務上の機動性が阻害されるため、法適用はしていない。法律は現場ニーズを反映していない」との主旨で答えた。すると紳士は微笑んで「そうか。じゃあ次の改訂では考えておくよ」と答えて立ち去られたが、その時は返答の意味がわからなかった。その紳士が逐条解説の著者である元自治事務次官の松本英昭氏だと知ったのは、不覚にも会場の立教大学を後にしてからのことであった。
現場ニーズに応えるバイブルたれ
その言葉どおり、同年夏に発刊された第8次改訂版逐条解説の当該条項の[解釈]では、議決を要するという解釈自体に変更はなかったが、議決内容を列挙した解説文の後に、「が、事例に応じて柔軟な内容にすることはできるであろう」との記述が追加された。
後日、人を介してではあるが、その部分の改訂は、先の日本自治学会でのやりとりがきっかけであったと聞いている。この件では、一介の議会局職員の意見を真摯に受け止めてくださった松本氏に畏敬の念を感じるとともに、一方で得た教訓もあった。
それは、必ずしも法改正がされずとも、法の運用は変わり得るということである。もとより法100条の2の条文自体に議決が要件とされているわけではなく、あくまで逐条解説の[解釈]に記載されていることである。その[解釈]の内容も、法を所管する総務省の公式見解として変更されたわけではなく、旧自治省OB個人の見解が変わったということに過ぎない。
だが、地方自治法の解釈では逐条解説における[解釈]はともすると絶対視され、あらためて自分なりの解釈をしなくなるのは、前号で述べた「行政実例」の扱いと同様である。
誤解がないよう強調しておくが、私は有識者の意見は大いに参考にすべきであると思っている。しかし、同時に、それを動かせない大前提として法解釈するのではなく、ゼロベースで自ら考えるべきだと主張しているだけである。
また、同時に得た教訓としては、現場ニーズと法令の規定に乖離を感じるときは、国や有識者にも、その事実を積極的に伝える努力も必要だということである。もちろん、今回のようなことはレアケースであり、具体的にどうやって中央に発信していくのかという課題はある。
しかし、それでも伝える努力が必要だと思うのは、やはり「バイブル」として認識されているものに書かれていることは、最初から現場ニーズに応える内容であるに越したことはないからである。
*文中、意見にわたる部分は私見である。
Profile
大津市議会局長
清水 克士
しみず・かつし 1963年生まれ。同志社大学法学部卒業後、85年大津市役所入庁。企業局総務課総務係長、産業政策課副参事、議会総務課長、次長などを経て2020年4月から現職。著書に『議会事務局のシゴト』(ぎょうせい)。