【特集】新型コロナパンデミックと自治体―前例がない事態に自治体・自治体職員はどう向き合うべきか | 東京都立大学法学部教授 大杉 覚

NEW地方自治

2020.06.06

*ここに掲載するのは月刊『ガバナンス』2020年6月号(6月1日発行)の特集「新型コロナパンデミックと自治体」の巻頭論文です。現時点(6月上旬)において、全国の自治体及び自治体職員の喫緊の課題であることから筆者の承諾を受け、小社サイトに全文掲載いたします(編集部)。

月刊「ガバナンス」2020年6月号

 

「前例のない事態」が起きたとき、被害・苦難の負の連鎖に、自治体職員が巻き込まれがちなのは、これまでの災害時での経験からも明らかだ。自治体職員もコロナ禍に怯えながら業務に従事する点では一般住民と同じ立場にもかかわらずだ。「前例がない事態」に直面しているからこそ、自治体行政の原点、「身近さ」「現場性」「透明性」「先端性」に立ち返って考えてみたい。

負の連鎖を乗り越えるために

 コロナ禍を乗り越えた先とは一体いつになるのか、みきわめのつかない状況が依然続く。本稿執筆時点で、新規患者発生数は小康状態にあり、緊急事態宣言解除もささやかれ出した。重大局面を凌げたのかどうか。いずれにせよ、「前例がない」新型コロナウイルスの正体を捉え、把握した感染メカニズムから対処法を打ち出し、ワクチンを開発・普及させ、感染を終息させるという、疫学的アプローチによる解決は途上にある。油断はならない。

 引き続き、政府による政策的なアプローチと市民による行動変容という社会的アプローチの複合的な対処で時間を稼ぎ、あわよくば封じ込めを図るほかはないのだろう。すでに政府による緊急事態宣言、各知事による自粛要請、なかには自粛指示や事業者名公表にまで踏み込んだ「前例がない」措置がとられてきた。緊急経済対策として、特別定額給付金一人当たり10万円支給や持続化給付金をはじめとする事業者向け支援策など「前例がない」予算規模の財政出動である。さらには、専門家会議の提言を踏まえて「新しい生活様式」を示し、国民生活の介入まで試みる「前例がない事態」なのである。

 しかしながら、文字どおり「前例がない事態」を、誰もが理解し、納得できるストーリーに回収する目処が立ったわけではない。そして、こうした苦境が長らく続くことに社会全体が苛立ちはじめている。政治リーダーやメディアに関わる言論人からときに見受ける根拠の定かでない突出した言行からも、「自粛警察」などと呼ばれる市井の人々の振る舞いからも、危うさが滲み出る。予測不可能な事態とそれに対する不安・不満、さらにそれに対するリアクションといった負の連鎖からは、しばしば「ウイルスよりも人の方が怖い」といった声に象徴される、2次、3次、…、n次被害を拡大しかねない状況が認められる。

 「前例のない事態」が起きたとき、こうした被害・苦難の負の連鎖に、自治体職員が巻き込まれがちなのは、これまでの災害時での経験からも明らかだ。自治体職員もコロナ禍に怯えながら業務に従事する点では一般住民と同じ立場にもかかわらずだ。不当なクレームや暴言に苛まれ、ささくれ立った気持ちでいれば、今度は自治体職員の方が無意識のうちに住民に不当な対応をしてしまうかもしれない。自治体職員自身が、被害者であれ加害者であれ、n次被害の連鎖に巻き込まれないよう回避する、できれば負の連鎖を断ち切る、そして何よりも住民を負の連鎖から守りきる、そういった意識を自覚的に持つことが大切だろう。

「前例がない事態」に直面しているからこそ、自治体行政の原点、「身近さ」「現場性」「透明性」「先端性」に立ち返って考えてみたい(注1)。

新型コロナによる外出自粛要請が続く中、桜の開花期には各地に人並みが見られたが、その後、感染者は急増し、緊急事態宣言が発出された(3月28日、東京・中目黒)。

「共在」感覚をともなう「身近さ」へ

 感染防止策として、3密の回避とともに、社会的距離の確保、すなわち、ソーシャル・ディスタンシングが求められている。「身近さ」を身上とすべき自治体とすれば、コロナ禍は由々しき「前例がない事態」である。

 窓口業務をはじめ、住民の暮らしに必須の業務を滞りなく遂行できるように、疫学的に万全の防護を施すのは当然だろう。来庁者用の消毒液を用意したり、窓口に飛沫感染防止用の遮蔽ビニールシートを設置したりといった応急的な対処法は、コンビニやサービス業のオフィスでも取り組まれている。窓口業務は可能な限り郵送方式か、本来であれば先進国標準のオンライン対応がなされていなければならないはずだ。

 財源不足もあるが、デジタル格差を「口実」に先送りにされてきた対応は多い。なるほど、住民間、特に世代間でデジタル格差があるのは確かだ。もちろん、デジタルについていけない人々を置き去りにするのは論外だとしても、デジタル・ネイティブ世代を中心に、例えば、育児ワンオペ、フリーランスなど生活様式によっては、デジタルでなければ対応する余裕のない「非デジタル社会」弱者も少なくない状況を直視すべきだ。彼ら彼女らは、デジタル格差を「口実」に置き去りにされてきた人々なのである。

「身近さ」をリアルな対面的な関係と厳密な意味で捉えるならば、そもそも自治体規模では不可能である。「身近さ」は、現代社会ではあくまでもフィクション(擬制)でしかありえない。問われるのは、どのようなコンセプトでフィクションを構成するかだ。

 「身近さ」で求められるべきは、顔見知りの仲間づくりでもなければ、無理を承知で「一丸」となることでもないし、過度の同調を求めることでもないだろう。端的にいえば、「ともにある感覚」=「共在」感覚なのではないか(注2)。

 「共在」感覚には、「前例がない事態」を柔軟に受け止め、不安を和らげ、精神的余裕をもたらす効能も期待される。地域に「共在」感覚を涵養し、「共生」社会への道筋をつける方策に知恵を傾けることが身近な自治体に求められるのではないか。デジタル社会が到来しても、そして、現在のように一定の物理的距離をおくことが強いられたとしても、「共在」感覚に裏づけられた「身近さ」をいかに確保していくか、コロナ禍を機会にセットで考えるべき課題だ。

「現場性」本位の政策型思考

 「身近さ」のあり方とも関連して、問われるのが「現場性」である。現場ということばは文脈に応じて様々な意味で用いられるが、自治体行政にとって重要なことは、現に取り組まれている政策が住民や地域にとって本当に効果があるものなのかが明確になる場こそが現場だということである。そして、そうした判断を最も間近で見極められるのが、市区町村といった基礎的自治体であることを含意した概念である。

 最近ようやく定着しつつある、政策にまつわる概念に、「証拠に基づく政策立案」EBPMがある。EBPMとは、「政策形成にあたって、科学的に確立された適切な手続きや手法に従って提示された客観的な情報を根拠として活用すること」(注3)を意味するが、自治体にとっての最も大切な「証拠」は「現場」からの情報だろう。「証拠」となる現場からの情報をどのように読み解き、現場とのキャッチボール=対話を通じていかに政策形成のプロセスにフィードバックするかが問われる。

 今回のコロナ禍でいえば、特別定額給付金をはじめとする国の緊急経済対策への対応で「現場性」が問われるだろう。マスメディアやネットからではうかがい知れない声を、地域という現場からどれだけ着実に掬い上げられるかで、自治体の力量が如実に試される。

 例えば、東川町(北海道)は、事業開始前から、給付金を緊急必要とされる住民のために特別定額給付金同額を金融機関から先払い(無利子貸付)する制度をはじめており、機敏に政策創造に結びつけた好例だ。小規模自治体ということもあるが、日頃から「現場性」を大切にしてきた自治体だからこその対応だろう。

 国の政策だからといって、単なる下請け業務という漫然とした意識にとどめてしまうかどうかは自治体の姿勢如何である。過去の景気刺激策でとられたバラマキ的な定額給付金や地域振興券などの事業と今回とでは何がどう違うのかを見極め、今後追加的な措置を国が取ろうとしたときには、現場発ならではの判断を携えて、かくあるべしとの提言を建議するぐらいの気概が必要だろう。

緊急事態宣言解除後、東京都は「東京アラート」を設定。通常時はレインボーブリッジを虹色にライトアップしていたが、6月2日にはアラート発出で赤色の点灯になった。

オフィス改革の「透明性」

 コロナ禍は、官製「働き方改革」では思うように進められなかったテレワークやオンライン会議を一気に普及させ、自治体の職場によってはその風景を大きく変化させつつある。

 自治体の職場の多くは、大部屋主義の執務体制がとられている(注4)。欧米でよくみられるような、職員一人ずつに個室が割り当てられる個室主義とは異なり、一つの部屋に部長ないし課長以下一般職員が一つ所に机を並べ、全員が協力して所属組織の仕事を行う体制である。当然ながらメリットもデメリットもある。チーム力を発揮できれば大きな成果をあげられるかもしれないが、そのためには協調性が求められる。個人の職務内容が職責・給与とともに明確に定められる個室主義の職場と比べると、大部屋主義での職務分担のあり方は曖昧で、個人単位での仕事の実績を個別には評価しにくい仕組みだとされる。

 交代で在宅勤務になったからといって、大部屋主義そのものが解体されるわけではないが、一つ所で協力することよりは、個人のペースで仕事を進めるのが基本となる。従来に比べて仕事の分担を明確にしなければ、交代制の在宅勤務は成り立たないだろう。

 そして、それこそ密に煮詰まった職場の人間関係から離れられるわけで、「仕事」そのものをじっくり考えるチャンスでもある。また、日常生活のリズムで仕事に取り組むことで、「暮らし」の「現場」である家庭や地域と仕事=生業のあり方を疑似体験することは重要だ(注5)。歴史的には日の浅い、サラリーマン的な勤務のあり方を当然視する発想からまず離れることだ。

 職場から距離をとるのを好機に、協調関係をもって連携・交流する対象を、閉ざされがちな職場に対してだけではなく、当面はオンライン上になるかもしれないが、広く住民を含むステイクホルダー(利害関係者)に開いてみてはどうか。同じ仕事でも、それは受け身の「事仕え」ではなく、能動的な「事仕掛け」と捉えなおすきっかけとなるだろう。法制度上の手続き論にとどまらない、実質的な自治体行政の「透明性」を高める契機にもなるはずだ。

「先端性」とオープンイノベーション

 コロナ禍対策での自治体による「事仕掛け」の一例として、東京都が最新感染動向などのりやすく示した対策専用サイトの開設をあげてよいだろう(注6)。オープンソースで開発したことから、瞬く間に派生サイトが各地で開設された。そして、その後も、国を突き動かすように各地の自治体が決断を下すのに、データ活用が一役買ったことは間違いない。

 ただし、「前例がない事態」にあってチャレンジングなのは、事態の推移とともに関心の対象や度合いも変化することだ。実際、当初注意が向けられたのは感染者数や死亡者数、検査数であったが、感染が蔓延して医療崩壊が取り沙汰されれば、病床確保数、空き病床率などに向けられ、収束の兆しが見えはじめてからは、例えば、大阪府が独自の出口戦略として掲げた大阪モデル・モニタリング指標で示されたようなデータが注視される、といった具合だ。

 率直にいえば、総じて政策判断のインフラというべきデータ・情報を機敏(アジャイル)に活用できたとはいえないのではないか。もちろん、「前例がない事態」だから手探り、後追いになっても仕方ない面はある。しかし、「前例」はなくとも、「想定」や「計画」といった「前言」がまったくなかったわけではない。国・都道府県・市町村各段階で策定済みの新型インフルエンザ等対策行動計画を見ると、国・自治体の行動様式は同行動計画に即して実に忠実であることがその証左だ。逆にいえば、作り込まれた計画があるにもかかわらず、どのような局面でどのようなデータ・情報をどのような手法で活用するかが欠落していた。データ・情報活用が法令・計画など政策の運用と有機的に統合されていなかったことが主因だが、それは、法令・計画策定時においても、また、それらの運用時においても、「前例がない事態」だからこそ多様な最先端の技術や知恵を広く結集しようというオープンイノベーション(共創)の発想がそもそも欠けていたことに由来しよう。

 なお、国・自治体の行動計画には、対策実施上の留意点として、「基本的人権の尊重」などとともに、「対応を検証して教訓を得るため」(東京都)の「記録の作成・保存」が掲げられている。判で押した計画づくりの不明を恥じるとすれば、公表結果を手掛かりに、共創につながる公論の場づくりを視野に入れるべきことまでを、今後「教訓」とすべきだろう。

●脚 注

注1  大森彌・大杉覚『これからの地方自治の教科書』第一法規、2019年、61~62頁。
注2 「 共在」感覚については、井手英策『幸福の増税論』2018年、49~50頁参照。
注3  拙稿「自治体でEBPMを進めて行くために必要な考え方」『月刊J-LIS』2019年6月号、28~29頁。なお、拙稿「証拠に基づく政策立案EBPMと自治体経営のこれから」『Thinking』21号、2020年参照。
注4 大部屋主義については、大森・大杉前掲書137頁参照。
注5 月刊「ガバナンス」2020年6月号 連載:自治体のダウンスケーリング戦略 「第35回 地域自治の財政的基礎(3)」98~99頁参照。
注6  この点に関しては、拙稿「コロナ禍を乗り越えた先の地域づくりのために」『自治日報』2020年5月1日・8日、1面参照。

東京都立大学法学部教授 大杉 覚(おおすぎ・さとる)

1964年横浜市生まれ。東京大学大学院より博士(学術)取得。東京都立大学法学部助教授などを経て、2005年より現職。専門は行政学・都市行政論。著書に『人口減少時代の地域づくり読本』(共著)、『自治体組織と人事制度の改革』(編著)、『これからの地方自治の教科書』(共著)など。

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