自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[22]マンション防災の課題と展望(下)──熊本地震被災マンションアンケート調査を踏まえて

地方自治

2020.08.05

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[22]マンション防災の課題と展望(下)──熊本地震被災マンションアンケート調査を踏まえて

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2018年1月号) 

 前号に続き、マンション防災の重要ポイントを熊本地震の被災マンションアンケート調査から考察する。

本格復旧工事の実施と地震前の対策との関係

 マンションの本格復旧工事は、多大な経費がかかることなどから、住民の合意形成が難しい。そこで、本格復旧工事の早いマンションの特徴を抽出することで、有効な事前取組みの把握を試みた。

(1)ソフト対策

 地震前の自主的な取組み(ソフト対策)として、長期修繕計画、防災計画・マニュアルを作成しているマンションでは、本格復旧工事が実施済み、工事中、今後実施予定との回答が多い傾向が見られた(表1)。

(2)コミュニティ対策

 地震前の自主的な取組み(コミュニティ対策)として、理事会活動が活発、理事会等で活発に活動するキーパーソンが数名いる、マンション単独で自治会を結成した、と回答したマンションでは、本格復旧工事が実施済み、工事中、今後実施予定との回答が多い傾向が見られた(表2)。

マンション内の合意形成の要因

 平常時、災害時を問わず、マンション問題の解決については、多様なバックグラウンドを持つ多くの住民がいることから、合意形成が常に課題となってきた。特に、災害後に自己負担を伴うような本格復旧工事では、個々に利害得失が違うことから合意形成は一層、困難になりやすい。

 本アンケートでは、合意形成が円滑に進んだ要因について「管理会社の協力」が1~3位合わせて11件であるが、「理事会の積極的な行動」と「理事長などのリーダーシップ」を合わせると15件と多くなる。また、「理事長などのリーダーシップ」が1位件数で6件と最も多い。1位はないが2位~3位では「工事業者の協力」も重要な要因である。

 すなわち、災害後に住民の合意形成を進める要因は、理事長等を含めた「理事会」の活動が最重要であり、それを「管理会社」、次いで「工事業者」が協力したこと、と読み取れる。

マンション防災の肝

 本格復旧工事への取組みの早いマンションとは、事前にどのような活動をしていたのであろうか。アンケート結果から、ソフト対策は、長期修繕計画、防災計画・マニュアルを作成していることが重要な傾向と読み取れる。また、コミュニティ対策は、理事会活動が活発、理事会等で活発に活動するキーパーソンが数名いる、マンション単独で自治会を結成している、ことが傾向として読み取れる。すなわち、本格復旧工事への取組みの早いマンションは、計画がしっかりしていて、キーパーソンを含めた理事会活動が活発なところであった。

 アメリカの政治学者ロバート・D・パットナムは、その著書『孤独なボウリング─米国コミュニティの崩壊と再生─』(2006年4月)において、アメリカでは、人や地域のつながり=社会関係資本(Social Capital)が強い地域では、人々は賢く、健康で、安全で、豊かになり、公正で安定した民主主義が可能となることを論証した。そして近年、アメリカ全体で、社会関係資本が弱くなったため、公共的課題の解決が困難になったと指摘している。

 これをマンションに援用すれば、マンションのコミュニティはまさに社会関係資本そのものである。実際に、コミュニティの中核となる理事会活動とキーパーソンがいるマンションほど円滑な合意形成がしやすく、本格復旧工事への取組みが早い傾向がみられた。マンションの長期修繕計画や防災計画・マニュアルづくりも、災害に強いマンションづくりを進めるとともに、これを契機に多くのマンション住人が参加して良好なコミュニティ形成を進めていく有効なツールになった可能性がある。

 大都市におけるマンション防災の不備不全は、多数の住民や社会全体に甚大な被害をもたらしかねない。マンション防災は、社会経済全体の維持継続のかかった緊急政策課題であり、自治体、国、関係団体が総力を挙げて推進していかなければならない。

高層マンションの長周期地震動

 高層マンションの長周期地震動は、もう一つの大きな課題だ。熊本地震では、気象庁が長周期地震動観測情報の発表を13年に試行して以来、初めて最上階級の4が観測された。長周期地震動階級は、固有周期が1.5秒程度から8秒程度まで高層ビルを対象に、人の行動の困難さや、家具・什器の移動や転倒などの被害の程度を示す指標だ。揺れの大きさを階級1から4までの4段階に区分している。

 観測された階級4は、人の行動について「立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされる」としている。室内の状況については「キャスター付き什器が大きく動き、転倒するものがある。固定していない家具の大半が移動し、倒れるものもある」状態だ。建物には大きな歪みを生じ、窓枠やガラス、外壁が破損して落下したり、建物内部の立体駐車場やエレベータなどが破損し、屋内の壁の亀裂や破壊が生じる可能性がある。

 現在は超高層建物の揺れを抑える様々な技術が開発されつつあるが、ことは人命にかかわる。さらに安価で効果的な技術開発を急がなければならない。当面、高層マンションで在宅避難できるためには、制震ダンパーの取り付けなどの対策をすぐに実施することが大切である。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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