自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[24]大災害対応の学校 防災マネジメント(中)
地方自治
2020.08.19
自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[24]大災害対応の学校 防災マネジメント(中)
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
(月刊『ガバナンス』2018年3月号)
7回目の3月11日が巡ってきた。命を落とされた方々のご冥福と、被災者の心と生活の復興を心からお祈り申し上げたい。また、悲劇的な被災を受けてしまった学校もある。その教訓をしっかりと受け止め、大災害であろうと児童生徒と教職員を守り抜く学校防災マネジメントを実現しなければならない。
大災害対応の学校防災計画の全体像
防災マネジメントは、計画、実行、検証、改善のプロセスで進むが、まず計画について考察する。
学校での避難計画、避難訓練では、その実効性がまず課題だ。地震だろうが、火災だろうが、災害にかかわらず画一的に校庭に避難してはいないだろうか。そもそも避難とは「難を避ける」という意味であり、必ずしも屋外に逃げることを意味しない。余震が心配されるときに、教室の安全な場所から窓ガラスの多い廊下を通って逃げるとしたら、大きな問題だ。
次に、避難訓練の後は、教職員・児童生徒が学校に戻る。しかし、本当に学校が被災していれば教職員、児童生徒は学校に戻れないはずだ。代替避難施設はどこなのか、そこでどうやって児童生徒を安全に何日間か保護できるのかを検討しているだろうか。災害後に単なる一時的な避難だけでなく、ある程度長期間の代替施設での保護等まで考える計画を事業継続計画(BCP)というが、どこまでできているだろうか。
一方で、大災害時に学校施設が無事であれば、多くの避難者を受け入れる可能性がある。そのために、学校だけでなく地域住民らと協力して避難所運営組織を作り、避難所開設・運営マニュアルを整備し、必要な物資を備蓄し、訓練をしておかなければならない。
これらを踏まえると大災害対応の学校防災計画の全体像は図のようになる。
マニュアル作成プロセス
計画の全体像が明らかになったら、災害対応実務の基盤となるマニュアルの作成をする。
(1)原案作成者
文部科学省「学校防災マニュアル(地震・津波災害)作成のための手引き」では、見直しの原案作成の留意点として次の項目を挙げている。
○管理職、安全担当者などが中心となって作成する
*各学校の状況や地域の実情等を踏まえる。
*自治体が作成したマニュアル等を参考にする。
*全ての職員が関わるよう分担して作業をする。
「仏作って魂入れず」という言葉があるが、災害対応のマニュアルはまさにそうなりやすい。その原因は、まさに管理職、担当者が最初にマニュアル=「仏」を作ってしまうからだと考えている。つまり、管理職、担当者の仏であり、みんなの仏になっていない。そのため仏にみんなの「魂」が入らないのだ。
手引きでは、これを意識してか「全ての職員が関わるよう分担して作業をする」としている。しかし、これでも各職員が分担した部分には関わるが、マニュアル全体に関与しにくく、やはり「魂」が入りにくい。
(2)効果的なマニュアルづくりのプロセス
マニュアルは内容も大事だが教職員全員が理解し、災害時に効果的に活用できる「生けるマニュアル」でなければならない。マニュアルの文言は「形式知」なので、出来上がったマニュアルをいくら読んでも、その前提を超えた状況には対応しにくい。しかし、マニュアルの背景にある多様な「暗黙知」を持っていれば、マニュアル通りに対応してよいか、マニュアルを超える判断が必要かを考えることができる。
そして、災害時に教職員の誰もが重要な判断をする可能性があるならば、最初から教職員全員参加で共通の災害イメージを持ち、みんなの心を合わせ「魂を作る」ことが必要である。たとえば、被災した学校教職員の講演会を開催したり、災害記録の読み込みをする。次に、学校歩き等を通じて現状を確認し、後述するワールドカフェのようなワークショップでマニュアルのアイデア出しをする。
この段階を経て、ワークショップのアイデアを取り込みながら管理職、担当者が原案作成=粗削りの「仏」を作成する。その後、教職員みんなで原案を見直し、「仏」を完成させる。
すなわち、災害イメージの「共有」、マニュアル作成に向けての「共感」、全教職員の「共働」によるマニュアルのアイデア出し、管理職・担当者のとりまとめを経て「共創」によるマニュアル完成のプロセスを丁寧に踏むことが、災害時に教職員が活用できる「生けるマニュアル」化のために重要だ。
作った後もまた大事である。マニュアルが教職員に血肉化するまで訓練し、点検し、見直し、改善を繰り返すことで、マニュアルの質を上げるだけでなく、後述するように教職員の判断力も高められる。みんなの「仏」であるがゆえに、マニュアル作成後にも、このようなPDCAサイクルを回しやすくなる。これを筆者は「仏を磨く」と称している。
(3)肢体不自由特別支援学校の防災マニュアル留意点
千葉県教育庁が2012年8月に発行した「防災セルフチェック」は、特別支援学校が日頃の防災の取り組みを自ら評価し、予想される困難を再確認するとともに、課題と改善方法を見出すことを目的に作成された。チェックシート、解説、参考資料の3部構成となっていて、非常にわかりやすい。たとえば、肢体不自由児のスペシャルニーズに関連するチェックポイントとして次の留意点があげられている。
・肢体不自由者の避難・移動に役立つおんぶひもや固定用ロープ等を準備している。
・日常的に服用している薬等について、避難の時にすぐ持ち出せる工夫をしている。
・「中央階段」とか「2階図書室脇非常口…」といった職員にしかわからない名称ではなく、児童生徒にもわかりやすい名称と表示をしている。
・帰宅困難のため宿泊するような場合でも、見通しがもてるように、予定をわかりやすく書きこむための道具を用意している。
・落ち着ける環境(場所)を確保している。あるいはカーテンやダンボールで同様の環境が作れるようにしている。
・気持ちを落ち着かせるのに有効な学習アイテムを用意している。音楽CDとラジカセ、トランプ、編み物、機織り、ブロック……(基本的に、日頃取り組んでいた作業用具などがあるとよい)。
・揺れが収まってから急いで避難するとき、車椅子とともに人工呼吸器のバッテリーや吸入器具などを一式持ち運べるようにしている。
・流動食や栄養剤など、嚥下が難しい児童生徒用の非常食を数日分用意している。
・避難所を開設したとき、避難している住民や、ボランティアとして救援にあたっている人たちに、障害のある人たちの特性や困難性をわかりやすく伝える工夫(マニュアルの配付等の用意)をしている。
なんと障がい児への愛にあふれたチェックポイントだろうか。このような具体的な内容を考え抜いた担当者を、筆者は限りなく尊敬する。このように優れたチェックリストを活用して、毎年、みんなでマニュアルを見直して高めていくのが学校防災マネジメントの真髄だ。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。