政策課題への一考察 第86回 自治体業務改革の要諦 ― 中野区構造改革推進アドバイザー会議の発表事例を題材に

地方自治

2024.05.07

※2023年5月時点の内容です。

政策課題への一考察 第86回
自治体業務改革の要諦
―中野区構造改革推進アドバイザー会議の発表事例を題材に

株式会社日本政策総研理事長・取締役(兼)東京大学先端科学技術研究センター客員上級研究員
若生 幸也


「地方財務」2023年6月号

 

はじめに

 筆者は令和5年3月まで中野区構造改革推進アドバイザー会議座長(令和3年度)・委員(令和4年度)を拝命していた。中野区における構造改革とは「社会経済状況の変化に伴い、行財政の構造的な改革を集中的に進め、持続可能な区政運営を目指す」ものであり、構造改革推進アドバイザー会議を設置し、有識者の助言を受けるとされた。当初の問題意識は新型コロナウイルス拡大を受けた経済低迷とそれに伴う大幅な税収減予測への対応策検討にあった。一方、令和4年度は税収面よりは自治体経営の足腰を鍛えるための職員の意識改革に焦点を当てて議論した。

 特に令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議では3事例の業務改革が発表された。筆者はこれまで数多くの自治体業務改革を手がけてきたこともあり、この発表事例の概要を整理した上で、事例を事例にとどめず他部門や各自治体でも活用可能な業務改革の観点を析出したい。

1 中野区発表3事例の概要(1)

〔注〕
(1)令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議資料をもとに整理した。
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/dept/101500/d030921.html

資料1 中野区における構造改革の概要

出典:令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議資料より作成

 

(1)LINEの運用支援ツールを活用したオンライン手続の拡充
〇現状と課題
 住民目線では、電話や窓口で対応しなければならない行政手続が未だに多い。また各サービスの予約状況も役所に直接問い合わせないとわからない。住民からも子ども関連をはじめ、手続簡略化とオンライン化の要望が寄せられている状況にある。

 職員目線では、一時保育などの事務が煩雑で特に利用料支払を受ける業務が各現場の負担となっている。手続オンライン化など効率化を実施しようにも、日々の業務に追われ企画・調整時間や機会を創出できない。

〇目指す姿
 住民が使い慣れたツール(LINE)によるオンライン申請や利用料支払が可能となり、各サービスが利用しやすく住民利便性が向上する。またオンラインでの申請や利用料支払実現で事務効率化し職員事務負担が軽減する。

〇新たな取組
 公式LINE(の運用支援ツール)を活用したオンライン手続・支払を実施する。令和5年度導入予定のサービスは以下のとおりである。

・公立保育園等の一時保育予約と利用料金の支払
・すこやか福祉センター(域内4か所)で実施している各種講座・講習会予約など

〇導入プロセス
 最も特徴的なのは導入プロセスで、LINEの運用支援ツール導入に向けて、広聴・広報課が各現場のニーズや課題を把握し、行政全体の各サービスの導入対象やプロセスを明らかにしたことにある。また導入するサービスの各所管課を広聴・広報課が全面的に支援することも特徴的である。

 加えて、令和4年度中に短期間の試行を実施し、その結果を踏まえて令和5年度に本格的に導入するのも業務改革の要諦を押さえている。令和5年度の導入結果を踏まえ、新区役所移転後の令和6年7月以降に導入するサービスを決定する予定である。

(2)重層的支援体制の構築検討

資料2 重層的支援体制構築のための取組

出典:令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議資料より作成


〇現状と課題
 住民の生活課題が多様化・複合化し、支援を必要とする方の早期把握と適切な支援が求められている。なお、中野区内では子が働いていない8050世帯が約1500世帯、65歳以上で認知症かつ一人暮らし世帯は約4000世帯、20歳未満の子がいる一人親世帯は約1100世帯と推計されている。

〇目指す姿
 住民に寄り添った伴走型支援・問題解決型支援の提供、地域での見守り・支え合いによって住民が安心して暮らすことができる。

〇新たな取組
 アウトリーチ型による「個人支援」「団体支援」の強化に向けた役割整理と体制整備を行う一方、組織内に重複する企画・調整機能を集約し、組織を整理するとともに職員のスキル向上(政策立案・組織管理)に取り組んだ。

(3)債権管理体制の強化
〇現状と課題
 特別区民税・国民健康保険料などの滞納により区の歳入が減少している。区の収入未済額は約46億円(令和3年度決算)である。

〇目指す姿
 未収金を減少させることにより区民サービスの財源を安定的に確保する。

〇新たな取組
 ウェブ上での口座振替申込を実現するとともに、納付勧奨におけるデジタルツール(SMSを使った+メッセージ)の活用により納付忘れや滞納の長期化を未然に防止する。

2 自治体業務改革の要諦(2)

〔注〕
(2)筆者以外の委員の観点も参考になろう。議事要旨を参照されたい。
中野区「令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議議事要旨」
https://www.city.tokyo-nakano.lg.jp/kusei/kousou/seido/gyousei/kozokaikakushishin.files/38.pdf

 (1)LINEを活用したオンライン手続の事例は、デジタル化推進のお助け隊として、各部門の負担を肩代わりする専門家を派遣して対応する取組であり、どの自治体でも成功している手法といえる。また小さな試行を繰り返す点も重要で、「クイックウイン」というが、小さな施策でもすぐに成功する取組を早く行うことで、成功体験が横展開として広がることが重要である。はじめに実施する取組の成否は極めて重要で、成功すれば良い噂が展開される一方、失敗すれば悪い噂がより素早く展開される。

 (2)重層的支援体制の事例は、自治体の中に多くある重複業務を一度再整理する必要があることを示唆している。組織の縦割り構図の中で類似した重複業務を庁内で実施していないか改めて確認したい。また自治体業務は部門単位でも特性や意識すべき人材の要素が異なるため、部単位の人材育成計画策定は生産性を高める上でも意義ある取組であろう。「自治体の異動は転職するレベルで仕事が変わる」とよくいわれるのはこの必要性の証左である(なお、必ずしも希望していないのに転職レベルで仕事が変わる点で自治体の異動の方が転職よりもハードであるといえる)。

 (3)債権管理体制の事例における口座振替申込の電子化は、職員・住民双方とも手間の縮減が最優先であり、債権回収をする前にウェブ上での口座振替推進で納付率を上げることが重要である。また、「+メッセージ」を使ったメッセージ配信も、新しいスマートフォンには初期状態から入るアプリを活用しており、自然体でできる仕組みを使っている。

資料3 債権管理体制の強化のための取組

出典:令和4年度第3回中野区構造改革推進アドバイザー会議資料より作成

 これらを取組内容・プロセス・ツールという観点から再整理すると、資料4のように自治体業務改革の要諦が整理できる。

資料4 3事例からみる自治体業務改革の要諦

出典:筆者作成

おわりに

 本稿では中野区構造改革推進アドバイザー会議の発表事例を整理した上で、事例を事例にとどめず他部門や各自治体でも活用可能な自治体業務改革の要諦を析出した。析出するためのポイントは各事例の「要素分解と抽象化」にある。この「要素分解と抽象化」はクイックウインを他部門へ展開するときにも役立つ。業務改革に取り組む方々は常に意識してほしい。

 

 

〔参考文献〕
・若生幸也「第5章情報化を基盤としたと事務事業の進化」宮脇淳・佐々木央・東宣行・若生幸也『自治体経営リスクと政策再生』2017年、東洋経済新報社。

 

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