自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[96]知床ウトロ地区での観光客の防災訓練

地方自治

2024.11.13

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2024年3月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 2月10日、北海道・知床半島の斜里町ウトロ地区で、観光客が暴風雪で帰れなくなったことを想定して防災訓練が行われた。ウトロ地区は、2018年から地区防災計画に取り組み、住民はもとより観光客の津波避難訓練を実施してきたが、今回は、冬季に頻度の高い暴風雪期の災害を想定した訓練を初めて実施した。訓練計画は前年から進められていたが、折しも能登半島地震で集落の孤立が多数発生したことから緊張感をもって行われた(写真1)

写真1
防災訓練で避難者の受付。右側が住民、左が避難者。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)
防災訓練で避難者の受付。右側が住民、左が避難者。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)

観光客の防災訓練

 「強用美」とは、ローマの建築家ウィトルウィウスの唱えた建築の三大要素である。「強なくして用なし、用なくして美なし」とされ、建築においては安全が最優先、機能性がその次、美しさはその後に来るものという意味である。

 これをまちづくりに当てはめると、強は「大災害でも人命は守る」、「中小の災害なら命、尊厳、財産を守る」。用は「機能的、便利、役立つ」。美は「感動、希少性、懐かしさ」、ということになろうか。観光客は、美しい景色、豊かな文化、美味しい食事、快適なホテルライフなど、観光を楽しみに来ているのであって、土地勘もなければ危機に備える意識もほとんどない。おそらく、観光地のハザードマップを下調べする人はほとんどいないのではないか。もちろん車中泊の準備などはしていない。

 そこでウトロ地区では、午前中は晴れていたが午後から暴風雪に変わり、道路が通行止めになって観光客が帰れなくなったという想定で防災訓練を行った。観光客は、通行止めになると、自然にウトロに1か所しかない「道の駅うとろ・シリエトク」に集まるだろうと事前に想定した(写真2)

写真2
道の駅 うとろ・シリエトクにて訓練後にメディアの取材を受ける筆者。(2024年2月10日)
道の駅 うとろ・シリエトクにて訓練後にメディアの取材を受ける筆者。(2024年2月10日)

 やがて、一般車の駐車場が満杯になる。この時、事業者用の駐車場を開放して、そこに住民が観光客の車を誘導した。さらに、住民の炊き出し隊が、温かい「すいとん」と「おにぎり」を支援物資として避難した観光客にふるまった。

車中泊の困りごと

 その後、アンケートに記入して、車中泊になったら何が必要かを答えることになった。

 一番の心配はトイレだ。停電や断水になると、道の駅のトイレは水を流せない。便座も恐ろしいほど冷たくなる。なにせ、極寒の冬季、知床である。残念ながら、ほとんどの車には携帯トイレを積んでいないだろう。そうなると仮設トイレやトイレカー、あるいは簡易トイレを備蓄しておく必要がありそうだ。次に、情報だ。家族や友人との連絡、働いている人なら会社への連絡、児童生徒なら学校への連絡が必要になる。私も今回の能登半島地震で能登の知人と1週間、連絡が取れなかった経験があり、安否がわからない大きな不安を感じた。

 この時、スマートフォンが頼りだが、基地局や中継器が止まれば通信できない。衛星を使った通信がバックアップ回線としてあれば心強い。また、スマートフォンのバッテリーが切れた場合は、充電しなければならない。昨年、紋別市を中心に暴風雪で停電が発生した。地元の人に聞くと、以前はこのくらいの雪で停電することはなかったが、近年は温暖化の影響か雪が湿気を帯びて重くなり、その重みで電線が切れたのだという。さらに2018年には、胆振東部地震でウトロ地区でも停電の経験があった。そして能登半島地震の被災地では、長期間の停電が続いた。そうなると、発電機や電動車からの電気の取り出し、蓄電池などが必要だ。

 さらに、車の暖房にガソリンや電気を使うので、ガソリンスタンドや充電スタンドが必要だ。ウトロ地区にはガソリンスタンドが1か所しかない。

 車中泊は2人までならばなんとかなるが、4人、5人となると相当に厳しい。特に高齢者、障がい者にとってはより苦痛が大きくなる。そこで、高齢者、障がい者が横になり、寒さをしのげるベッドと布団の備蓄が必要になる。また、若い人にも、手足を伸ばして休める休憩場所が必要だ。

 最後に、温かい飲み物や食事も貴重だ。この点、自動販売機が災害時には無料で提供される災害支援型のものであればありがたい。ほかにも、水とカセットコンロ、カセットガスがあれば売り物の食材を温めて調理できる。紙皿、紙コップがあればさらに良い。

 ウトロ地区住民は、このアンケート結果から自分たちでできる対策(道案内や炊き出しなど)を充実させるとともに、道の駅が観光客のための防災拠点となるために必要な情報を集めた。これをもとに、道の駅の設置者、管理者に防災対策の充実を求めていくという。道の駅を防災拠点に、という動きはいろいろあるが、住民が先導して、しかも自らの自治会費から負担して防災訓練まで行いながら真剣に考えているところは少ないのではないか。世界自然遺産を守るため、観光客をも含めた「強用美」の取組みである。

ガードレールの雪かきボランティア

 この訓練の前に、恒例のガードレールの雪かきが行われた。ウトロ地区は流氷が有名だ。今年は、海一面が水平線まで真っ白な流氷に覆われた。流氷が海岸近くで折り重なり、青白く光る姿は圧巻で、近隣のホテルのオーナーは「70年以上、毎年流氷を見ているが、今年ほど美しい流氷は見たことがない」と話されていた。

 ただ、海岸沿いの道路のガードレールに雪が付くと、車窓から流氷が見えなくなってしまう。そこでウトロ地区の人たちが、観光客が楽しめるようにと18年前から自主的にガードレールの雪かきを始めた(写真3)。1年だけ中止になったが、今回が18回目だそうだ。2022年度には国土交通省の手づくり郷土賞【大賞部門】を受賞している。

写真3
雪かきボランティア。流氷が美しい。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)
雪かきボランティア。流氷が美しい。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)

 国土交通省北海道開発局や地域の建設業の方が事前に歩道を除雪し、当日はスコップを用意して、観光客を含めたボランティアが参加しやすいように準備している。また、自治会や観光、環境団体が寄付をして、ボランティア参加者に飲食割引券を提供してくれた。今年は、国内だけでなく外国の方も参加されて、一緒に汗を流した。これで楽しくないはずがない(写真4)

写真4
雪かきボランティアの集合写真。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)
雪かきボランティアの集合写真。(2024年2月10日、ウトロ地区住民提供)

 さて、今回は原稿が遅れて、編集者にはご心配をおかけした。私の部屋からは自然美の極致とも言える美しい流氷が海を埋め尽くしている。美しい観光地でのワーケーションには、原稿書きのように集中力を要する仕事は不向きだと実感する。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

 

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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