自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[89]大都市福祉施設BCPの課題と考察~東京都障害福祉施設職員のアンケート結果から~(2)

地方自治

2024.04.10

※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2023年8月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

 厚生労働省は、2023年度末までに介護サービス事業所及び障害福祉事業所にBCPの作成を義務付けている。前々号に続いて、大都市において大規模災害が発生した場合の障害福祉施設BCPに必要な要素と対策を検討する研究について報告する。

モノの要素「トイレの備蓄状況」

 トイレの備蓄状況は、大都市部では小規模施設ほど乏しい状況にある。東京都は1週間以上の備蓄を求めているが、大都市部で達成している施設は1割に満たない。また、大都市部よりむしろ大都市部を除く都内施設の方が備蓄が乏しい結果となっている(図4〜図6)。

図4 トイレの備蓄状況(大都市部)
図5 トイレの備蓄状況(大都市部除く都内)
図6 トイレの備蓄状況(都外)

 トイレ備蓄のない施設は、勤務時間内であれば、利用者、職員ともにすぐにトイレに困る。そうなると、避難所に行かざるを得ないが、大都市では多数の住民が避難所に押し寄せることが想定され、また障害当事者が学校などの避難所でのトイレを使用できないことも考えられ、過酷な状況に陥る。また、1週間以上の備蓄がほとんどないので、停電・断水が長期に続いた場合は、ほぼすべての施設でトイレを求めて避難所等に行かざるを得なくなる。

 モノの備蓄は大変なようだが、一方で金銭的に解決できる部分が大きい。被害の厳しさを考えると、行政等による支援が求められる。

情報の要素「発災後の情報ツール」

 大都市部の小規模施設は電話のみが4割超、中規模施設は6割超に上る。一方で、大規模施設は多様な情報ツールを使っている割合が多くなる。大都市部を除く都内及び都外施設は、電話のみの割合が多い(図7〜図9)。

図7 発災後の情報ツール(大都市部)
図8 発災後の情報ツール(大都市部除く都内)
図9 発災後の情報ツール(都外)

 大災害になると、利用者・保護者の安否確認、ニーズ把握、さらに職員間の情報収集・共有が極めて重要だ。しかし、電話は輻輳し、インターネット、メールも通じないだろう。障害当事者は、行動が制限されることが多く、支援者と連絡が取れなくなると十分な支援を受けることが難しい。

 現在は、有料無料の様々な安否確認サービスや情報共有ツールが存在する。また、大都市部では小中学校など近隣の公共施設で防災無線が整備されているので緊急時には活用が可能だ。福祉施設職員は、経費を大きくかけなくても、多様なツールを知り、準備しておくことが重要だ。

場所の要素「避難場所」

 避難場所について、小規模施設は、同じ障害施設の割合が大都市部で1割弱、大都市部除く都内で2割弱と非常に低くなっている。全体として学校等の屋内が多くなっているが、屋外が指定されているのが都内大規模施設で2割ある(図10〜図12)。

図10 避難場所(大都市部)
図11 避難場所(大都市部除く都内)
図12 避難場所(都外)

 これまでの災害では、福祉施設利用者が緊急に避難するためには少なくとも屋内でなければならない。その後の避難生活を考慮すれば、同種類の障害施設に直接避難することが望ましい。小規模施設は、利用者数が少ないことから、本来は避難場所を見つけやすいと思われるが、実際は十分に考えられていない。

 中小の災害では大きく被災する施設は少数で、近隣施設でカバーできる場合が多い。事前に協定や連絡会などでつながりを持つことで、避難の段階から同種の障害福祉施設で安全を確保しやすいと思われる。また、大規模災害に備えて、全国的な団体と日常からつながりを作ることも必要になる。

まとめと今後の展望

 アンケート結果では、定量的には、概ね大都市部、かつ小規模施設ほど事業継続が困難な状況にあった。このアンケートは、災害対策部会というある程度、関心、ノウハウのある福祉施設を対象になされた点を考慮すれば、東京都全体ではさらに事業継続が困難な施設が多数に上ることが想定される。

 また、大都市部では人口が極めて多いこと、ライフラインの停止に伴う代替措置が困難なこと、外部からの支援が入りにくいことが想定され、一層、行政等の支援が遅れる可能性が高い。

 一方、個別要素に着目すれば、モノの備蓄に若干の経費がかかるものの、他の部分では防災に関する知識や行動力を高め、同種の施設、関係団体とつながりづくりを進めることで相当程度、カバーできる。さらには、障がい者施設が抱える災害時の困りごとは、一方で、地域住民とのつながりを深めるきっかけになる。

 BCP作成に取り組むことにより、何をどう備えればよいかわからない状態から、課題を特定し、やれるところから改善し、関係者と連携して徐々に課題を小さくすることができる。今後、関係機関と連携しながら、効果的な障害福祉施設のBCP作成、レベルアップを支援していきたい。

謝辞:本研究は、2022年度跡見学園女子大学特別研究「大都市における福祉事業所BCPの研究」の成果である。BCP作成研修に主体的に取り組まれた東京都手をつなぐ育成会の仁田坂和夫氏、牧野隆行氏、有吉孝之氏及びアンケート配布、回収に尽力いただいた東京都社会福祉協議会の髙橋和希氏、災害対策部会の相田哲也氏に心よりお礼申し上げる。

 

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。

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鍵屋 一

跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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