自治体の防災マネジメント
自治体の防災マネジメント[91]災害福祉フォーラム発足 ~関東大震災100年の日に~
地方自治
2024.06.12
※写真はイメージであり、実際の土地とは関係ありません。
本記事は、月刊『ガバナンス』2023年10月号に掲載されたものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、現在の状況とは異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。
災害福祉フォーラム設立
「災害は弱い者いじめ」と言われる。これまでの災害で、乳幼児・妊産婦、高齢者、障がい児者、生活困窮者が災害時に一層の困難に陥っていたのを嫌というほど見てきた。脆弱な人々の困難さを何とか軽減できないだろうか。
災害福祉については、阪神・淡路大震災や東日本大震災のような大きな災害が発生するたびに、防災や福祉、社会学など様々な学会で研究会が開かれたり、論文発表などがされてきた。しかし、継続的、総合的、組織的な災害福祉の研究活動がなされているとはとても言えない。
そこで、災害時の福祉をしっかり考えたいという熱意ある福祉関係者、市民、行政職員、研究者など多様な人々が集う場として「災害福祉フォーラム」を設立することになった。このフォーラムで、災害福祉の愛を語り、哲学を論じ、具体策を試行し、政策制度につなげ、社会の隅々まで広げていきたい。
災害は風化しやすい。本フォーラムは、当面、研究会などでの闊達な議論を通じて、実践や研究の深化、政策制度改善への貢献を行う。この場から関東大震災で活躍した賀川豊彦のような人財を輩出したい。将来的には学会への移行を目指す。
2021年度 福祉防災元年
2021年度は、政府において要配慮者を守る大きな制度改正を5項目、実施している。
(1)警報避難
警戒レベル3の「避難準備・高齢者等避難情報」を「高齢者等避難」に改めた。私自身、過去の内閣府検討会において「『避難準備』の名称は、正常化の偏見がある人々にとって、まだ逃げなくて良いという逆のメッセージを与えかねない。準備の文言を削除すべきだ」と主張してきた。今回の改正は、高齢者等が早めに避難するタイミングを示すという目的と名称がぴったりと重なったものであり、高く評価している。
(2)市区町村へ個別避難計画作成の努力義務化
避難行動要支援者について、個別に災害時の避難計画を作成する「個別計画」の制度が始まったのは2005年。2020年10月1日現在、消防庁によると避難行動要支援者名簿に掲載されている者全員について個別計画の策定を完了している市区町村は12.1%と低かった。そこで、「個別避難計画」と名称を変更し、その作成が市区町村の努力義務と位置づけられた。
(3)福祉事業者へのBCP作成義務付け
厚生労働省は、今年度から全ての介護福祉事業所、障害福祉サービス等事業所を対象に、3年の経過措置期間を設けた上で、BCP(業務継続計画)等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等を義務付けた。
(4)福祉避難所ガイドライン改定
認知症高齢者、重度の障がい者等は、災害前の避難段階から福祉避難所に直接避難し、被災した場合にはそのまま避難生活をすることを原則にした。二次避難所ではなく、一般の避難所と同時期に開設すべきものとされた。
(5)流域治水関連法改正
特定都市河川流域においては、新たに浸水被害防止区域を創設した。これが洪水におけるレッドゾーンに該当することになる。それ以外の水災害リスクの高いところは、厚生労働省が補助を厳格化する。これで、全国の水災害リスクの高い立地をカバーし、できるだけ安全な立地に施設を誘導していく手段が整った。
当面の災害福祉の課題
上記の政策を着実に進展させることが、当面の仕事になる。しかし他にも大きな課題があり、3点ほど示したい。
(1)津波浸水区域の福祉施設
東日本大震災では、岩手、宮城、福島の3県で高齢福祉施設利用者が485人、職員173人が亡くなっている。福祉施設や病院は、大津波警報が出たからといって利用者をおいてスタッフだけ逃げることはできない。したがって、津波浸水区域に立地してはいけないはずだ。
しかし、NHKの調査によれば、全国の約3800もの高齢者施設が、津波で浸水のリスクがある場所に建てられ、しかも半数近くは東日本大震災のあとに開設されている(NHK高齢者施設の「津波リスク」全国MAP)。
これは個々の事業者の努力では解決が困難だ。立地規制したうえで、移転や新設の支援制度を作る必要がある。
(2)関連死防止
熊本地震では、直接死50人に対し、関連死が223人に上る(熊本県、2023年4月13日公表)。しかも亡くなられた場所は1位が自宅で、2位が自宅から搬送された病院、両者で関連死全体の6割を超える。したがって、在宅の被災者、特に高齢者を見守り、支援することが重要である。
しかし、在宅や車中泊など避難所外避難者の支援全体計画があるのは全国の市町村の8.2%であり、3日以内に見守り支援などを開始するのは0.2%にとどまっている(一般財団法人日本防火・危機管理促進協会、2022年3月)。
(3)災害ケースマネジメント
災害時には人々は一度に多様な困難に直面しやすい。高齢者が介護保険を使っている場合、デイサービスや訪問介護が止まると家族が疲弊する。
また、勤めている会社が廃業して生活困窮に陥り、児童虐待やDV事案が発生することもある。しかも、これらの課題が複合することは珍しいことではない。
すべてを包括的に解決しなければ、被災者の自立は困難だ。それが、災害ケースマネジメントなのだが、実際には、住宅は住宅課、介護は介護保険課、生活困窮は福祉事務所、虐待は児童相談所、DVは男女共同参画課など、縦割りの行政機関で対応し、しかも、その状況が役所内部で共有されにくい。
これらの課題は、しっかりしたデータの裏付けがあって明らかになった。このように、フォーラム会員が災害福祉の研究を進め、課題を明らかにすることで、政策制度の改善につなげていきたい。
会費無料のフォーラム
9月1日からフォーラムの会員募集を行っている(※)。
※災害福祉フォーラムHP https://saigaifukushi-forum.com/
なお、オンラインを活用することで、会費及び勉強会参加費は無料である。志のあるすべての人に参加頂きたいとの思いからだ。自己負担があるばかりに会員になれない、というのは私たちの目指す姿ではない。
その分、実務にあたる会員の献身的努力が必要だ。会員は、参加費は不要だが、相互にリスペクトしあい、可能な範囲でボランティアとして活動することを求められる。
関東大震災100年の9月1日午後1時から4時半まで「災害福祉フォーラムが目指すコト」をテーマに設立記念シンポジウムを開催した。とても素晴らしいシンポジウムだったので、期間限定で公開することにした。本号が発行される頃にはYouTubeで見られるはずだ。会員限定なので、ぜひ入会してご覧いただきたい。
Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。災害時要援護者の避難支援に関する検討会委員、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事なども務める。著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』(学陽書房、19年6月改訂)など。