知っておきたい危機管理術/木村 栄宏
危機管理術 自動運転―求められる社会環境整備
キャリア
2020.08.05
知っておきたい危機管理術 第48回 自動運転―求められる社会環境整備
千葉科学大学危機管理学部 木村 栄宏
自動運転に期待すること
「自動運転の時代」がいよいよ近づいてきたことを思わせる構想が、トヨタ自動車によって2019年末に発表された。2020年末に閉鎖予定の東富士工場の跡地にスマートシティーを建設(2021年に着工)するもので、自動運転車や住宅設備、ロボットなどをインターネットでつなげる実証実験が行われる。そこでの実証が進めば、多くの自治体にとっての課題である、「高齢者の移動手段確保」「交通弱者対策」の解決に繋がる。人口減少と人出不足で、地域の足であるバスが減れば、ますます人口減少になる。また高齢者が生きる手段として自分で運転せざるをえないとしても、近年大きく社会問題化している、高齢者による深刻な交通事故の増加(高齢者の危険運転)により、免許返上も進むだろう。
高齢者の移動手段確保ができない自治体は今後生き残れない。自動運転バスが実用化され、更に完全自動運転技術が確立すれば、自動車が人類の生活に登場して以来の悲願である「交通事故ゼロ、交通事故完全撲滅」も叶うことになろう。
自動運転技術の実用化に向けて
日本政府も2020年までの限定地域で無人自動運転移動サービスの実現を目標に掲げて実証を進めており、日本の民間企業も開発にしのぎを削っている。ソニーは、センサー約30個搭載により、安全運転を支援するEV(電気自動車)の2020年度での公道走行実験を目指している。日産自動車も、2020年までに交差点を含む一般道での自動運転技術を実現、2022年までに完全自動運転を実用化する計画だ。トヨタ自動車は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで、自動運転レベル4の自動運転車を披露予定で、2020年代前半には一般道での自動運転技術を実用化すると発表した。本田技研工業も、2025年頃をめどにレベル4の技術的な確立を目指す、といった具合である。世界でも大手自動車メーカーとIT企業をはじめとする連合体での開発が進む。
しかし、注意すべきは、自動運転の実用化が進んでいるようにみえても、「完全自動運転」となると全く違うことだ。「2020年代初頭の早い時期に完全自動運転実用化が始まる」という予測もあったが、そう簡単ではない。
現在、開発が進んでいるのは、自動運転レベル2(部分運転自動化)と自動運転レベル3(条件付自動運転)、自動運転レベル4(高度運転自動化)が少しであり、自動運転レベル5(完全自動運転)になるとまだまだ道は遠い。ちなみに、レベル2までは運転主体は運転手(人間)、レベル3、4、5は「システム」が運転主体となる(なお、自動運転レベル・ゼロは、自動運転機能非搭載、レベル1は、自動ブレーキなど運転手を補助するシステム搭載のレベルを指す)。一般道と高速道路でのレベル2は2020年中に実現され、更に高速道路において緊急時のみ運転手が運転操作を行なうレベル3を2020年代前半に達成し、2025年頃に高速道路での完全な自動運転が可能(レベル4)となっても、市街地での自家用車の自動運転が許されるようになるには、大きな壁が立ちはだかる。それは「社会環境整備」である。
今後の懸念
リスクマネジメントの考え方のひとつに、ある施策や政策を検討する際、①有効性②実現可能性③経済性(コスト)、を比較考量して行わなければならない、というものがある。完全自動運転は、有効性や社会的意義には問題がなく、また、技術の進歩や法制度(自動運転車の事故の際の賠償責任や、運転者の関与を前提とした道路交通法の改正等)の整備拡充により、②と③もクリアされていくだろう。しかし、レベル5に至るまでの、自動運転車とそうでない運転車、更には自転車や歩行者等との混在状況への対応(つまり社会環境整備)が問題となる。
自動運転でない車とその運転者や歩行者等は、自由意志を持ちランダムに動き判断する一方、自動運転車があるがゆえに、非自動運転車(者)は、「先方が判断してくれるので当方が危険になっても避けてくれるだろう」と考えて荒い運転を行い、結局事故になることもありうる。まさに危機管理でもよく言われるモラルハザードが生じる(全額補填する預金保険があれば、逆に金融機関は健全経営をしなくなる、とか、政府が地震での倒壊家屋に対し無条件に全額補填するようになると、人々は地震保険にはいらなくて良いと考える、といった事例)。レベル5の自動運転車と自転車や歩行者等を完全に隔離した上で、日本全国のすべての道路で自動運転車が問題なく走れるようにするためには膨大な時間とコストがかかる。一方、社会的要請としてレベル5は必要だ。とすれば、「ミスをするのが人間」という我々自身の認識と更なる人間自体の研究、及び道路の安全性確保への投資を主眼において、国を超えて行っていくことが必要だろう。