自治体の防災マネジメント

鍵屋 一

自治体の防災マネジメント[12]避難勧告等に関するガイドライン改訂

地方自治

2020.05.27

自治体の防災マネジメント―地域の魅力増進と防災力向上の両立をめざして
[12]避難勧告等に関するガイドライン改訂

鍵屋 一(かぎや・はじめ)
月刊『ガバナンス』2017年3月号) 

 内閣府は、本年1月31日に「避難勧告等に関するガイドライン」(以下、「ガイドライン」という)を改訂し公表した。これまでのガイドラインとの変更点を中心に紹介する。

避難情報の名称変更

 前号でも伝えたが、重要な変更なので再掲したい。

「避難準備情報」→「避難準備・高齢者等避難開始」
「避難勧告」→変更なし
「避難指示」→「避難指示(緊急)」

 私は「避難準備」の文言が、正常性バイアス(自分は災害に遭わないという思い込み)により避難行動を遅らせるのではないかと危惧している。市町村は「高齢者等避難開始」(「等」には避難に時間を要したり、躊躇しがちな障がい者、傷病者、乳幼児、外国人など要配慮者全体を意味する)に重きを置いて運用しなければならない。被害に遭いやすいのは、このような要配慮者だからだ。

避難勧告等を受け取る立場にたった情報提供の在り方

(1)避難勧告等に伴う情報提供の効果を高める
 市町村が避難勧告等を出すときは、その対象者を明確にするとともに、対象者ごとにとるべき避難行動がわかるように伝達する。一般的な情報提供にとどまらず、防災行政無線の文言を工夫したり、時系列で状況変化を伝えて切迫感を与えたり、電話を掛けたりするなどで実効性を高めることが重要だ。このような工夫は災害時に急にできることではない。あらかじめ災害種別に応じた伝達文を定めて、マニュアルに書き込み訓練しておく必要がある。危機的状況になったときは、市町村長が直接、要配慮者施設(以下、「施設」という)等に電話して避難を呼びかけることも検討する。

(2)平時からの災害リスクと避難行動の周知
 平時から住民に対して地域の災害リスク情報や、災害時の避難行動について十分な周知啓発をしておく。これまで市町村はハザードマップを作成し、住民や施設に配布していた。しかし、それがきちんと保管されず、避難行動にあまり役立っていない可能性が高い。ハザードマップは、専門用語が多かったり、字が細かかったりして読みにくいものが多いからだ。

 そこで住民・施設向けのパンフレットを配布したり、映像等のわかりやすい資料を作成し、児童を含めた防災教育をしっかりと進めておきたい。避難施設や防災情報など、あらかじめ把握しておくべき情報を記載する「災害・避難カード」を作成することも有効である。内閣府ホームページには、市町村や施設が自由に編集できるようにひな型となるパンフレットのパワーポイントがある(*)。
http://www.bousai.go.jp/oukyu/hinankankoku/kokyodantai/index.html

(3)過去に例のない気象事象にも対応できる情報提供
 ハザードマップを配布しても、正常性バイアスにより、浸水が予測されない地域が安全と判断されやすいので注意が必要だ。近年は、気象災害の規模、頻度が高まっている。被災実績に捉われず、これまでにない災害リスクにも対応できるよう、住民が可能な限りの安全確保行動をとれるような情報提供を行っていかなければならない。

(4)地域住民の声かけなど
 16年8月30日の東北豪雨では地域住民や消防団の声かけ、SNSによる川の映像を見たことで難を避けた施設もある。地域での声かけ、川の映像情報など、具体的に住民の避難行動を導く情報提供をすることも有効である。

要配慮者の避難の実効性を高める方法

(1)災害計画
 施設は、施設毎の規定(介護保険法等)や災害毎の規定(水防法等)により、災害計画を作成することとなっている。災害計画は火災だけでなく自然災害からの避難も対象であり、必ずそれを盛り込んだ計画とすることが求められる。

(2)施設への確実な情報伝達
 施設へ情報が確実に伝達されるように、市町村の福祉担当部局等と連携を図って、情報伝達体制を定める。日常から仕事のつながりがあり、顔が見える福祉担当部局が伝えることで、実効性がより高まると考えられるからだ。

(3)災害計画の実効性確保
 災害計画の実効性を確保し、避難訓練の確実な実施を徹底するとともに、それらの具体的な内容を自治体が定期的に確認する。認知症高齢者や知的障がい者は自ら危険性を判断するのが難しいので、施設職員による避難誘導が不可欠である。そこで、災害毎に利用者がとるべき避難行動、避難先、その他の避難に必要な情報をあらかじめ認識し、平時から具体的な災害計画を策定し、訓練を重ねる必要がある。

 また、近隣の地域住民、消防団、企業、施設等と合同で訓練することも効果的だ。岩手県岩泉町の認知症高齢者グループホーム楽ん楽ん(らんらん)では9人の高齢者が亡くなったが、隣地には大きな工場があった。仮に、平常時から合同で避難訓練をしていたならば、きっと高齢者の避難を支援してくれたのではないかと惜しまれる。

躊躇なく避難勧告等を発令するための市町村の体制構築

(1)災害時の優先業務、優先順位の明確化
 市町村は、災害時の応急対応に万全を期すため、災害時において優先させる業務を絞り込み、その業務の優先順位を明確にする。それだけでなく、事業継続計画(BCP)を作成したあとは、訓練し、検証する事業継続マネジメント(BCM)を実施する必要がある。事業継続計画(BCP)は、全庁を巻き込むため訓練が難しく、往々にして絵に描いた餅になりやすいからだ。

(2)全庁的な災害対応体制
 災害時には、消防・防災部局だけでなく全庁をあげて災害時の業務を役割分担したり、避難勧告等の発令に直結する重要情報を首長が確実に把握できる体制を構築することが重要である。特に災害時には電話が殺到するため、消防・防災部局以外の職員が電話番となり、その情報が必要な部署に確実に伝達する仕組みをつくるべきである。

(3)専門家の活用
 いざという時に、河川管理者や気象台の職員、その経験者、防災知識が豊富な専門家等の知見を活用できるような防災体制を平時から構築する。市町村長や担当幹部職員は、日常から、このような専門家と定期的に意見交換をし顔の見える関係を築き、切迫した状態になったときは積極的に助言を求めるほか、市町村災害対策本部に招聘することも有効だ。

(4)トラブルの想定
 予期せぬトラブル等があることも想定し、いざという時の伝達手段の充実を図る。機器を通じた情報伝達は、停電等によりトラブルが発生することがある。また、自治体ホームページはアクセス数の急激な増加によりシステムダウンする可能性がある。なお、ホームページによる情報伝達は災害時に急に立ち上げるのは難しい。災害時バージョンの軽いシステムに切り替えたり、予定稿を準備したりする平常時の実践や訓練が必要である。

 

Profile
跡見学園女子大学教授
鍵屋 一(かぎや・はじめ)
1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

 

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跡見学園女子大学教授

(かぎや・はじめ) 1956年秋田県男鹿市生まれ。早稲田大学法学部卒業後、東京・板橋区役所入区。法政大学大学院政治学専攻修士課程修了、京都大学博士(情報学)。防災課長、板橋福祉事務所長、福祉部長、危機管理担当部長、議会事務局長などを歴任し、2015年4月から現職。避難所役割検討委員会(座長)、(一社)福祉防災コミュニティ協会代表理事、(一社)防災教育普及協会理事 なども務める。 著書に『図解よくわかる自治体の地域防災・危機管理のしくみ』 (学陽書房、19年6月改訂)など。

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